第四話「古竜からの贈り物」
「……飲む?」
俺が急須を差し出すと、古竜は巨大な首をゆっくりと下げた。
「頼む」
「いや、頼むって言われてもな……。カップ、これしかないぞ」
俺は手のひらに乗るほどの小さなカップを見せた。
古竜はしばらくそれを眺めていたが、やがて前足の爪先を器のように丸めた。
「ここに注いでくれ」
「……爪で?」
「問題ない」
問題しかない気がする。
俺は恐る恐る、古竜の爪の中にお茶を注いだ。
黄金色の液体が、巨大な爪のくぼみに広がる。
古竜は鼻先を近づけた。
そして、一口。
ごくり。
沈黙。
「……どうだ?」
古竜は目を閉じたまま動かない。
エルフが剣を握り直す。
「茶神様、何か異変が……」
そのときだった。
ぽたり。
古竜の目から、一滴の水が落ちた。
「え?」
ぽたり、ぽたり。
次々と涙がこぼれ落ちる。
「お、おい! どうした!?」
古竜は震える声で言った。
「……止まった」
「何が?」
「炎が」
俺は首をかしげた。
古竜は胸元に前足を当てる。
「我は生まれてから数千年、一度も炎を止めたことがない」
「へえ……」
「眠るときも、食事をするときも、怒るときも。腹の底で炎が燃え続けていた」
「それは大変だな」
「だが今……初めて静かになった」
古竜は、もう一度爪の中のお茶を見つめた。
「もう一杯」
「お、おう」
俺が急須を傾けた。
その瞬間、古竜の身体がびくりと震えた。
「……そうか」
「ん? どうした?」
古竜はゆっくりと顔を上げた。
「礼をせねばならぬな」
「礼?」
「ああ。お前には、我が最も大切にしてきたものを授けよう」
そう言うと、古竜は身体を横たえた。
巨大な翼が広がり、その下から何かを押し出す。
ゴトン。
地面が揺れた。
そこにあったのは、俺の頭ほどもある卵だった。
黒とも緑ともつかない、不思議な色の殻。
表面には金色の模様が走っている。
「……卵?」
「ああ」
「これ、何の卵だ?」
古竜は少しだけ胸を張った。
「我の卵だ」
「えっ」
「我が子である」
「ええっ!?」
エルフが口元を押さえた。
「まさか……古竜の卵……!」
「そんなに珍しいのか?」
「珍しいどころではありません! 古竜は何百年、何千年に一度しか卵を産まないと言われています!」
俺は卵を見た。
そして古竜を見た。
「いや、そんな大事なものをもらっていいのか?」
古竜は静かにうなずいた。
「構わぬ」
「でも、子どもなんだろ?」
「この卵は、もう長いこと孵っておらぬ」
「長いこと?」
「我が炎で温め続けてきた。だが、何をしても殻に変化はなかった」
古竜は少し寂しそうに卵を見つめた。
「お前の茶を飲んだ今、我は初めて気づいた。もしかすると、温め続けることだけが正解ではなかったのかもしれぬ」
……なるほど。
よく分からないが、そういうこともあるのか。
「それで、俺に?」
「お前ならば、この子に何かを与えられるかもしれぬ」
「何かって?」
「それは我にも分からぬ」
……分からないのか。
「まあ、預かるだけなら」
俺は卵を抱えた。
ずしり。
「お、おもっ……!」
「頼んだぞ、茶神よ」
古竜は深々と頭を下げた。
エルフが俺の顔を覗き込む。
「茶神様、本当にお受けになるのですか?」
「だって、もう抱えちゃったし」
「そ、そういう問題では……」
俺は卵を抱え直した。
「ところで、これどうやって運ぶんだ……」
そのとき。
コツン。
「ん?」
コツン、コツン。
卵の中から音がした。
俺は卵を見つめる。
エルフが息を呑んだ。
古竜も目を見開いている。
「そんな、まさか……」
「おい、何なんだ?」
古竜はしばらく卵を見つめていた。
そして、ぽつりと言った。
「……我にも分からぬ」
いや、親だろ。




