第十八話「乱れた魔力」
「冗談を言っている場合かあああ!」
兵士の叫び声が響いた。
巨大なロックホーンが、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
その額には、黒い魔力が渦巻いていた。
「茶神様、下がってください!」
エルフが弓を構える。
「でも、あれは……」
主人公は巨大な魔物を見つめた。
周囲の魔物たちは、先ほどまでの勢いを失っている。
それなのに、あの一体だけは違った。
「魔力がひどく乱れています……」
エルフが呟いた。
「乱れている?」
「はい。まるで、魔力そのものが暴走しているようです」
巨大なロックホーンが咆哮した。
黒い魔力が広がり、周囲の地面が震える。
兵士たちが後ずさった。
「おい! あれは何だ!」
「分かりません! ですが、まともに受ければ危険です!」
エルフが矢を放つ。
矢は魔物の額に届く前に、黒い魔力に弾かれた。
「効いていない……!」
主人公は手元の器を見た。
先ほど淹れたお茶が、まだ少し残っている。
「……あれも、乱れているのか」
「茶神様?」
「いや、何でもない」
主人公は器を置き、残った茶葉を確認した。
まだ少しだけ使える。
「もう一杯、淹れてみるか」
「茶神様!?」
「今度は少し変えてみよう」
「何を変えるのですか!」
「さっきの茶は少し渋かった。湯の温度か、抽出時間か……」
「今は味の調整をしている場合ではありません!」
「分かってる。だから、今度は慎重にやる」
「慎重に!?」
兵士が駆け寄ってきた。
「おい! 何をするつもりだ!」
「お茶を淹れます」
「まだやるのか!」
「はい」
「さっきの一杯で何か起きたのか!?」
「まだ、よく分かりません」
「分からないことを戦場で試すな!」
主人公は少し考えた。
「でも、他にできることもないしな」
兵士は言葉を失った。
「……くそっ。俺たちが時間を稼ぐ!」
「ありがとうございます」
「礼はいい! 早くしてくれ!」
主人公は鍋に水を入れ、火にかけた。
今度は湯の温度を少し下げる。
茶葉の量も調整する。
抽出時間も、先ほどより少し長くしてみる。
「茶神様、魔物が来ます!」
「分かってる!」
主人公は鍋を見つめた。
焦ってはいけない。
せっかく作った茶葉だ。
少しでも良い一杯にしたい。
「……よし」
茶を器に注ぐ。
香りが広がった。
主人公は一口飲み、味を確かめる。
「うん。さっきより渋みが少ない」
「茶神様! 完成したのですね!?」
「一応ね」
「では、早く!」
主人公は器を持ち、巨大なロックホーンを見た。
「これを飲ませればいいのかな……」
「どうやって飲ませるんですか!?」
「さあ」
「さあ、ではありません!」
そのとき、巨大なロックホーンが兵士たちを押しのけて突進してきた。
「来るぞ!」
主人公は器を抱えて飛び退いた。
エルフが魔法を放つ。
炎が魔物の側面にぶつかるが、黒い魔力に弾かれてしまう。
「くっ……!」
魔物の角が地面をえぐる。
主人公は器を握りしめた。
「……飲んでくれないかな」
「茶神様! 願望を口にしている場合ではありません!」
主人公は器を見つめた。
そして、魔物の額に渦巻く黒い魔力を見た。
あれは、ただ強い魔力なのだろうか。
それとも、何かがおかしくなっているのだろうか。
古竜の言葉を思い出す。
何千年も燃え続けていた内なる炎が、茶を飲んだことで静まった。
あのときも、炎を消したわけではなかった。
ただ、乱れていたものが落ち着いた。
「……もしかして」
主人公は小さく呟いた。
「茶神様?」
「お茶は、何かを治すわけじゃない」
「はい?」
「乱れたものを、本来の状態に近づける……」
主人公は器を持ち直した。
「なら、あれにも……」
巨大なロックホーンが再び咆哮する。
黒い魔力が、さらに激しく渦巻いた。
兵士が叫ぶ。
「何でもいい! 早く何とかしてくれ!」
主人公は器を見つめた。
「……飲んでくれるといいんだけどな」
エルフは弓を構えたまま、主人公の前に立った。
「茶神様。私が近づけます」
「危ないぞ」
「分かっています。でも、あなたのお茶を届けるくらいはできます」
「……頼む」
エルフが走り出した。
主人公は器を差し出す準備をした。
今度の一杯は、ただ味を確かめるためのものではない。
けれど、どうなるかはまだ分からない。
ただ一つ、主人公には確かめたいことがあった。
この魔物の中で、何が乱れているのか。
そして、お茶はそこに届くのか。




