第十七話「一杯のお茶」
「今度は、淹れ方だな」
主人公は鍋に水を入れた。
「茶神様! まだ続けるのですか!?」
「もちろん。ここからが大事なんだ」
「大事なのは、あちらの魔物です!」
エルフが弓を構えた。
その横を、兵士が慌ただしく駆け抜けていく。
「おい! そこの二人! まだそんなことをしているのか!」
「お茶を淹れています」
「それはもう聞いた! いつになったら終わるんだ!」
「もう少しです」
「さっきも聞いたぞ!」
兵士は頭を抱えて走り去った。
主人公は鍋を火にかける。
「まずは水だな」
「水ならあります!」
「うん。でも、水が違えば味も変わるからな」
「今は水の味を気にしている場合ではありません!」
「まあ、今は選べないから、この水でいこう」
主人公は湯気の立ち方を観察した。
温度計はない。
だからこそ、目で見て、様子を確かめるしかない。
「このくらいかな……」
鍋を火から下ろす。
「次は茶葉の量だ」
主人公は自分で作った茶葉を手に取った。
摘み取った葉。
蒸した葉。
揉んだ葉。
乾燥させた葉。
さっきまで戦場で必死に作っていたものだ。
「……これだけ使おう」
茶葉を鍋に入れようとして、手を止めた。
「いや、待てよ」
「今度は何ですか!」
「せっかく作った茶葉だからな。適当に入れたくない」
「その気持ちは分かりますが、今は適当にでも入れてください!」
「いや、量も大事なんだ。少なすぎても薄くなるし、多すぎても濃くなる」
「では、ちょうどいい量を早く決めてください!」
主人公は茶葉を少し戻し、量を調整した。
そこへ先ほどの兵士が戻ってきた。
「おい! まだか!」
「もうすぐです」
「何をそんなに慎重にやっているんだ!」
「茶葉の量を調整しています」
「葉っぱの量くらい適当に決めろ!」
「それが味に影響するんですよ」
「俺たちの命も影響を受けているんだが!?」
エルフが兵士に向かって頷いた。
「お気持ちはよく分かります」
「分かるなら、あなたからも何とか言ってくれ!」
「茶神様、もう少し早くお願いします!」
「うん。できるだけ急ぐよ」
「茶神様にお願いしているのに、なぜ私まで怒られているのでしょう……」
主人公は鍋の中を見つめた。
茶葉がゆっくりと開いていく。
色が少しずつ広がる。
香りが立ち始めた。
「……まだだな」
「まだですか!?」
「もう少し待とう」
「茶神様! 魔物がこちらに来ています!」
「分かった。あと少し!」
「あと少しって、さっきから何回目なんですか!」
主人公は鍋をじっと見つめていた。
急がなければならない。
でも、急いで雑に淹れたら、ここまで作った茶葉が台無しになる。
「……急ぎたいんだけどな」
「なら急いでください!」
「急いじゃ駄目なんだよ」
「どっちなんですか!」
エルフのツッコミが飛ぶ。
主人公はようやく鍋を火から下ろした。
「よし。これでいこう」
茶を器に注ぐ。
すぐには口をつけず、まず香りを確かめた。
色を見る。
器を少し傾ける。
「……どうですか?」
エルフが尋ねる。
「まだ分からない」
「まだ分からないんですか!?」
主人公は一口飲んだ。
「…………」
しばらく黙る。
「どうなのですか、茶神様!」
「うん。思ったよりいい」
「おお!」
エルフが少しだけ表情を明るくした。
「でも、まだ改善できそうだな」
「ええっ!?」
兵士が横から叫んだ。
「まだ改善するのかよ!」
「蒸し方かな。揉み方かもしれない。乾燥も、もう少し工夫できそうだ」
「今から作り直す気か!?」
「いや、今日はこれでいいよ」
「今日はって何だ! 明日もあると思うなよ!」
エルフが兵士をなだめる。
「落ち着いてください。茶神様にもお考えが……」
「あなたもさっきから何も止めていないだろう!」
「それは……」
エルフは主人公を見た。
主人公は器の中を覗き込んでいる。
「……茶神様。そろそろ周りを見ていただけませんか?」
「そうだった」
主人公は顔を上げた。
兵士たちはまだ戦っている。
建物は壊れ、街には煙が立ち上っていた。
「……急がないといけないんだったな」
「ようやく思い出しましたか!」
主人公は器を見つめた。
せっかく作った茶葉だ。
本当は、もっと落ち着いた場所で淹れたかった。
もっと丁寧に、何度も試しながら。
「次は、もっといい一杯にしよう」
エルフが首を傾げた。
「茶神様は、本当にお茶がお好きなのですね」
主人公は少し考えた。
「いや。今までは、別にそこまで好きだったわけじゃないんだけどな」
「えっ。そうなのですか?」
「でも、これは自分で作ったから。なんだか、もう少し知りたくなった」
「……それは、良いことだと思います」
「おい! いい話みたいにまとめるな!」
兵士のツッコミが入った。
そのとき、地面が大きく揺れた。
魔物たちの後方から、ひときわ巨大なロックホーンが姿を現す。
額には黒い魔力が渦巻いていた。
エルフの表情が変わる。
「……あれはまずいです!」
主人公は器を持ったまま、巨大な魔物を見上げた。
「……あれも、お茶を飲むのかな」
「茶神様!」
「冗談だよ」
兵士が叫んだ。
「冗談を言っている場合かあああ!」
主人公は器を置いた。
どうやら、まだゆっくりお茶を楽しめる状況ではなさそうだった。




