第十六話「戦場の茶づくり」
「魔物が来たぞおおおお!」
街に警鐘が鳴り響いた。
門の向こうから、ロックホーンの群れが押し寄せてくる。
兵士たちが武器を構え、街の人々は建物の中へと逃げ込んでいった。
「数が多い……!」
エルフが弓を構える。
「俺たちも逃げよう!」
主人公がそう言った、そのときだった。
道端に生えている一本の木が目に入った。
「……あれ?」
緑色の葉。
先端には、柔らかそうな新芽が伸びている。
主人公は近づいて、葉を一枚摘んだ。
「これ、茶葉じゃないか?」
「今、それどころではありません!」
「いや、ちょっと待って。これだけ摘んでおきたい」
「待ちません!」
エルフに腕を引っ張られた。
しかし主人公は、どうしても気になった。
せっかく茶葉がある。
しかも、先日買った道具もある。
「……やってみるか」
「何をですか?」
「お茶作り」
「今ですか!?」
主人公は返事をせず、手早く新芽を摘み始めた。
「葉っぱを摘んで、まずは蒸すんだよな」
「魔物が来ています!」
「分かってる。だから急ぐ」
「急ぐところが違います!」
そのとき、兵士の一人が駆け寄ってきた。
「おい! そこの二人! 何をしている!」
「お茶を作ろうと思いまして」
「……お茶?」
兵士は主人公の手元を見た。
「何だそれは。薬草か?」
「いえ、お茶です」
「だから、そのお茶というのは何なんだ!」
「葉っぱを加工して飲み物にするんです」
「そんなことをしている場合か!」
兵士は怒鳴ると、戦場へと走っていった。
主人公は摘んだ葉を鍋に入れた。
鍋に水を張り、火にかける。
湯気が立ち始めたところで、網を鍋の上に置いた。
「よし。蒸してみよう」
「本当にやるんですね……」
エルフは呆れながらも、周囲を警戒している。
主人公は葉の様子を確認した。
「これくらいかな」
葉を取り出し、少し冷ます。
次は揉む工程だ。
手のひらで葉を転がし、少しずつ力を加えていく。
「葉を傷つけることで、中の成分が出やすくなるんだ」
「傷つける……?」
「細胞が壊れると、葉の中の酵素と成分が触れやすくなる。だから、揉み方も大事なんだよ」
「なるほど……」
エルフは興味深そうに葉を見た。
「でも、あまり強く揉みすぎると……」
「茶神様!」
「はい?」
「後ろです!」
振り返ると、ロックホーンがこちらへ突進してきていた。
「うわっ!」
エルフの矢が飛ぶ。
ロックホーンの頭に矢が突き刺さり、進路がわずかに逸れた。
巨体が主人公のすぐ横を通り過ぎ、建物の壁に激突する。
「危なっ!」
「だから言ったでしょう!」
「ありがとう!」
主人公は揉みかけの葉を確認した。
「……よし。続けよう」
「続けるんですか!?」
葉を揉み終え、次は乾燥だ。
主人公は網に葉を広げ、近くの火のそばに置いた。
「乾燥は大事なんだよな」
「そうなのですか?」
「水分が残りすぎると保存できないし、熱をかけすぎると焦げたり、香りが損なわれたりする」
主人公は葉を指先で触った。
「温度と時間を見ながら、少しずつ水分を抜いていく」
「……ずいぶん慎重ですね」
「せっかくここまでやったんだからな」
そのとき、近くで爆発音が響いた。
魔物の攻撃で建物の一部が崩れ、火の粉が飛び散る。
「うわっ!」
主人公は網を抱えて飛び退いた。
「茶葉は無事か!?」
「建物より茶葉を心配するんですか!」
「いや、両方大事だろ!」
エルフが魔法で瓦礫を弾き飛ばす。
主人公は網を持ち直し、火との距離を調整した。
「近すぎると焦げる……もう少し離すか」
「茶神様!」
「はい?」
「こちらに魔物が来ています!」
「分かった! 乾燥が終わったら行く!」
「今すぐ来てください!」
兵士たちが魔物を押し返している。
その間も主人公は葉の状態を確認していた。
少しずつ水分が抜けていく。
葉の色が変わり、香りも変化してきた。
「……いい感じだ」
指で軽く揉む。
まだ少し湿っている。
「もう少し」
「まだですか!」
「もう少しです」
「もう少しって何分ですか!」
「分からない。葉の状態次第だから」
「そんなことを言っている場合ですか!」
さらに数分。
主人公は何度も葉に触れ、香りを確かめた。
ようやく、納得できる状態になった。
「よし。これでいける」
「終わりましたか!?」
「ひとまず茶葉は完成だ」
主人公は網を持ち上げた。
乾いた茶葉から、穏やかな香りが漂う。
その瞬間、兵士たちがこちらを振り返った。
「おい! 何をしている!」
先ほどの兵士が駆け寄ってくる。
「お茶を作っていました」
「だから、そのお茶というのは何なんだ!」
「葉っぱから作る飲み物ですよ」
「そんなことは後にしろ! その火は何だ! 店の設備を勝手に動かしただろう!」
「すみません」
「壁も壊れているぞ!」
「それもすみません」
「全然反省していないだろ!」
主人公は茶葉を大切そうに包んだ。
「でも、茶葉はできました」
兵士は頭を抱えた。
「……もう好きにしろ」
エルフが深いため息をつく。
「茶神様。次は何をするつもりですか?」
主人公は鍋を手に取った。
「もちろん、お茶を淹れる」
「まだ続くんですか!?」
主人公は茶葉を見つめた。
ようやく、自分で作った茶葉だ。
どんな味になるのか。
少しだけ、楽しみだった。
「さて……」
主人公は鍋に水を入れた。
「今度は、淹れ方だな」
その背後では、まだ魔物たちが暴れていた。
兵士の怒号と剣戟が響く。
エルフは弓を構え直した。
「……お願いですから、今度こそ手短にお願いします」
「善処する」
「信用できません!」




