第十五話「お茶で染められる?」
道具屋を出た主人公たちは、隣の店から聞こえてきた怒鳴り声に足を止めた。
「だから、俺のせいじゃありません!」
「じゃあ誰のせいだというんだ!」
店先には、色鮮やかな布が何枚も広げられていた。
どうやら染物屋らしい。
店主らしき男が、若い職人を睨みつけている。
「納品前の布が、こんな色になってしまったんだぞ!」
「昨日まではちゃんと染まっていたんです!」
「言い訳をするな!」
主人公は布を覗き込んだ。
鮮やかだったはずの赤や青が、ところどころくすんでいる。
「何かあったんですか?」
思わず尋ねると、店主が振り返った。
「見ての通りだ! 染めた布の色が変わってしまった!」
「へえ……」
主人公は布に近づき、少しだけ触れてみる。
「染料は?」
「いつも使っているものだ!」
「水は?」
「水?」
若い職人が答えた。
「昨日から、工房で使っている水の様子が少し変なんです。いつもより濁っていて……」
「それを先に言わんか!」
また怒鳴り声が響いた。
主人公は二人の顔を交互に見た。
どうやら、なかなか面倒なことになっているらしい。
「その水、少しもらえますか?」
「水を?」
「ええ。ちょっと試したいことがあって」
若い職人が桶から水を汲んできた。
主人公はそれを受け取ると、先ほど買った道具を取り出した。
「せっかくだし、試してみるか」
「何をするのです?」
エルフが尋ねる。
「お茶」
主人公は鍋に水を入れ、火にかけた。
周囲の人々が不思議そうに見守る。
「お茶って何だ?」
「薬草か?」
「いや、葉っぱを煮ているようだが……」
湯が温まると、主人公は茶葉を入れた。
しばらくして、湯の色が変わっていく。
緑がかった色と、立ち上る香り。
主人公はカップに注いだ。
「はい。どうぞ」
最初に差し出されたのは、染物屋の店主だった。
「俺に?」
「ええ。飲んでみてください」
店主は恐る恐る口をつけた。
「……苦いな」
「まあ、そういう感想もありますね」
「なんだそれは!」
主人公は苦笑した。
「これは茶葉から作る飲み物です。葉っぱをお湯に浸して、成分や香りを取り出すんですよ」
「葉っぱの汁を飲むのか?」
「簡単に言えばそうです」
「変わったものを飲むんだな……」
主人公は茶葉の袋を見せた。
「面白いのは、同じ茶の木の葉っぱでも、作り方によって違うお茶になることです」
「同じ葉っぱで?」
「緑茶、烏龍茶、紅茶。基本的には同じ植物から作れます」
周囲がざわついた。
「全部同じ植物だと?」
「はい。葉っぱを摘んだあと、酸化をどこまで進めるかで変わってくるんです」
主人公は簡単に説明した。
「緑茶は、摘んだ葉っぱを早い段階で加熱して、酸化を進みにくくします。紅茶は逆に、葉っぱをしおらせたり揉んだりして、酸化を進めてから乾燥させる。烏龍茶はその中間ですね」
「酸化……?」
「葉っぱの中の成分が、酵素の働きで変化するんです。色や香り、味も変わります」
「へえ……」
若い職人が身を乗り出した。
「では、葉っぱの扱い方で、そんなに変わるんですか?」
「そう。揉む強さや、加熱する時間でも変わります」
「面白いですね……!」
主人公は少し嬉しくなった。
こういう話を聞いてくれる人がいると、つい説明したくなる。
「それに、水でも味が変わります。同じ茶葉、同じ温度、同じ時間で淹れても、水に含まれる成分によって味わいが違ってくるんです」
「水で?」
「ええ。だから、お茶は意外と奥が深いんですよ」
店主も、いつの間にか話を聞いていた。
「……それで?」
「はい?」
「それで、布の色は戻るのか?」
主人公は少し考えた。
「いや、戻らないですけど」
「戻らないのか!」
「お茶ですから」
「お茶だから何だというんだ!」
エルフが静かに口を開いた。
「この方は、お茶を淹れておられたのです」
「それは見れば分かる!」
主人公はカップを置いた。
……まあ、そうなるよな。
結局、染物屋の問題は何も解決していない。
店主と若い職人は、再び水の原因を調べるために工房へ戻っていった。
その背中を見送りながら、主人公は広げられた布をもう一度眺めた。
赤、青、黄色。
ふと、茶葉のことが頭をよぎる。
「……なあ」
「はい?」
「お茶の葉っぱって、染料にも使えるんじゃないか?」
エルフは首を傾げた。
「染料、ですか?」
「うん。お茶って色が出るだろ。布を染められたりしないかな」
若い職人が振り返った。
「茶葉で布を染める……?」
主人公は少し考え込んだ。
「面白そうだな」
「また何か始めるのですか?」
「いや、まだ分からないけど」
主人公は茶葉の袋を見た。
お茶を淹れるだけでも、知らないことが次々に出てくる。
どうやら、茶葉にはまだまだ知らない使い道がありそうだった。
「……帰ったら試してみるか」
エルフは小さく頷いた。
「はい。楽しみですね」
その後ろで、染物屋の店主が叫んだ。
「だから、誰か水の原因を調べてくれー!」
主人公は聞こえないふりをした。




