第十一話「水を選ぶ」
「おい! ちょっと待て!」
門番が俺たちを呼び止めた。
「今度こそ街に入るんだろうな?」
「いえ、ちょっと泉に行こうかと」
「……は?」
エルフが答えた。
「近くに、お茶を淹れるのに適した泉があるのです」
「いや、街はどうするんだ!」
「また今度でいいかな」
「よくないだろ!」
門番は頭を抱えた。
「身分証もない、正体も分からない、魔物から魔石をもらっている……。それなのに街には入らず泉に行くだと?」
「はい」
「なぜそんなに落ち着いているんだ……」
俺は荷車を引くエルフを見た。
「じゃあ、行こうか」
「はい、茶神様」
「待て待て待て! せめて名前くらい教えていけ!」
「俺は……」
そういえば、この世界でまだ名乗っていなかった。
「まあ、また来たときに」
「また来るのか!?」
俺たちは門番の叫びを背に、泉へ向かった。
*
「ここです」
森の中をしばらく歩くと、小さな泉があった。
「きれいな水だな」
「この泉の水は、昔からエルフたちがお茶に使ってきました」
「へえ。じゃあ、ちょうどいい」
俺は水袋に残っていた水と、泉の水を見比べた。
「飲み比べてみよう」
「水を、ですか?」
「いや、お茶を」
俺は二つの水を用意した。
同じ茶葉、同じ量。
湯温も抽出時間も揃える。
「茶葉鑑定……」
「湯温調整……」
「抽出時間操作……」
二つのカップが並んだ。
まずは水袋の水で淹れたお茶。
次に、泉の水で淹れたお茶。
「……違うな」
「分かりますか?」
「うん。こっちの方が香りが立っている気がする」
エルフが驚いた。
「私には、そこまで違いが分かりませんでした」
「水が違うだけで、こんなに変わるんだな」
俺は二つのカップを交互に口に運んだ。
同じ茶葉なのに、味わいが違う。
今まで水なんて、沸かせば同じだと思っていた。
「水にも個性があるんだな」
「はい。この泉の水は、茶葉の味をよく引き出すと言われています」
「なるほど……」
俺は泉を眺めた。
茶葉だけじゃない。
水も、お湯も、時間も。
一杯のお茶には、思った以上にいろんなものが関わっている。
「面白いな」
「茶神様?」
「もっといろんな水で試してみたい」
エルフが微笑んだ。
「でしたら、ほかにも泉を知っていますよ」
「本当か?」
「はい。少し遠いですが」
「よし、行ってみよう」
そのとき、荷車から声がした。
コツン。
「……お前も行きたいのか?」
コツン。
「そうか。じゃあ一緒に行こう」
エルフが荷車を引き始めた。
こうして俺たちは、街を目の前にしながら、別の泉を目指すことになった。




