第8話:12歳の予言
二段ベッドの上段。
部屋の明かりを消したあと、ぼくはスマートフォンのバックライトだけを頼りに、一冊の古いノートを開いていた。お気に入りの、何の変哲もない紙のノートだ。
デジタル端末にキーボードや音声で文字を打ち込めば、教育AIが勝手に綺麗な文章へ整形してくれる時代。だけどぼくは、このノートにだけは、自分の鉛筆を使って、自分の不格好な文字のまま、誰にも言えない「妄想」を書き残すことに決めている。
修学旅行から帰ってきて以来、頭から離れない景色があった。
誰もいない無人バスの運転席。その横で、流暢な英語のプロンプトを操ってシステムを再起動させた三雲さん。ただの移動空間を、完璧な英語の音声命令だけで一瞬にして大迫力の3Dホログラム空間に変えてみせた恵美さん。そして、AIには真似できない人間の空気を読みながら教壇に立つ高橋健二先生。
みんな、プロフェッショナルで、最高に格好よかった。
だけど、ぼくはノートに鉛筆を走らせながら、その先にある恐ろしいほどの未来を想像してしまう。
『二一〇〇年、世界から労働が消える』
ぼくはノートの真ん中に、大きくそう書いた。
お父さんは「これからはヨーロッパみたいに、人間にしかできない高付加価値な仕事をする時代だ」と言っていた。放課後、クラスの女子の夏帆や歩夢奈も「人間らしいセンスが必要な仕事がしたい」と誇らしげに語っていた。
でも、本当にそうだろうか。
人間がどれだけ賢く、どれだけ高い付加価値を考えたって、二十四時間寝ないで、文庫本を一瞬で全部記憶して、絶対にミスをしない超高性能AIロボットの「生産性」には、いつか絶対に勝てなくなる日がくる。
そうなったら、人間が自分の手で働くこと自体が、かえって非効率で、社会の足を引っ張るお荷物(足手まとい)になっちゃうはずだ。
だけど、ぼくはノートに鉛筆を走らせながら、その先にある恐ろしいほどの未来を想像してしまう。
『二一〇〇年、世界から労働が消える』
ぼくはノートの真ん中に、大きくそう書いた。
だっておかしいじゃないか。
人間がどれだけ頭を良くして、どれだけすごい仕事を考えたって、二十四時間寝ないで、文庫本を一瞬で全部記憶して、絶対にミスをしない超高性能AIロボットの「生産性」には、いつか絶対に勝てなくなる日がくる。
そうなったら、人間が自分の手で働くこと自体が、かえって効率が悪くて、社会の足を引っ張るお荷物(足手まとい)になっちゃうはずだ。
一〇〇年後の未来の教科書には、きっとこんな風に書かれるんだ。
『二一世紀の前半まで、昔の人間は生きるために「労働」という過酷なことをしていました。それによって心が病んでしまったり、働きすぎて命を落としてしまう人がたくさんいました。これは、大昔の人間たちが奴隷を使って戦争をしていたのと同じくらい、愚かで野蛮な歴史の失敗です』
もし本当にそんな世界が来たら、人間はどうやって生活の質(クオリティ・オブ・ライフ=QOL)を保つんだろう。美味しいものを食べたり、良い場所に旅行したりするためには、やっぱりお金が必要だ。
でも、人間は働いちゃいけない。
――だったら、自分の代わりに「AI」を就職させればいいんだ。
ぼくの鉛筆が、どんどん加速していく。
未来の世界では、人間は自分で働かない。すべての人が生まれながらに、自分専用の労働AIを所有して、育てる。
ぼくが家でゴロゴロして遊んでいる間も、ぼくの身代わりAIが会社のリモート会議に出席し、デザインをこなし、ガリガリと本物のお金を稼いでぼくの口座に振り込んでくれる。社会のために優秀なロボットやAIをどれだけ働かせているか。それが未来の豊かさのスタンダードになる。
じゃあ、汗をかくのがすべて機械になったとき、ぼくたち人間の役割って何だろう。
それは、ロボットには絶対に真似できない『次は何をして遊ぶ?』『どんな面白い未来にする?』という、最初のアイデア――つまり「妄想」を思いつくことだけだ。
そして、その妄想を自分の身代わりAIに正確に伝えて動かすためには、やっぱり「英語」が最強の武器になる。
三雲さんや恵美さんが使っていたあの流暢なプロンプト。世界共通の言語である英語でAIに完璧な命令を下せる人だけが、世界中の優秀なロボットを手下にして、思い通りの富を作り出すことができるんだ。
「航太、まだ起きてるの? 早く寝なさい」
下の階からお母さんの声がして、ぼくは慌ててノートを閉じ、スマートフォンの明かりを消した。
暗闇の中、ベッドに潜り込みながら、ぼくの胸はバクバクと激しく高鳴っていた。
みんなはまだ、いい会社に入ってコスパよく稼ぐことしか考えていない。だけど、ぼくはもう知っている。
英語は、受験のために覚えるんじゃない。自分の代わりに未来を動かしてくれる、最強の相棒(AI)にぼくの作戦を伝えるための通信網だ。
このノートに書いた大妄想を、いつか本物の未来にするために。
ぼくは静かに目を閉じ、明日からの誰も知らない自分の戦いに向けて、深く息を吸い込んだ。




