第6話:教室の異変
二日間の修学旅行はあっという間に終わり、ぼくたちはまた、いつもの二〇五〇年の日常へと引き戻された。
千葉県碧浜市。テーマパークリゾートのすぐ近くにあるぼくたちの小学校からは、今日も無人のリニアトラムや自動配達のロボットが忙しそうに行き交う景色が見える。
だけど、学校に戻ったぼくの「目」は、行く前とは完全に変わってしまっていた。
「はい、じゃあ今日の算数の授業を始めるぞ。教科書の42ページを開いて」
教壇に立つ高橋健二先生。いつもなら「あー、また算数かよ」と聞き流していた先生の声が、今は妙にクリアに耳に届く。
先生のチョークを動かす手の動き、クラスの男子が居眠りしていないかをさりげなくチェックする視線、分かりにくい数式をなんとか噛み砕いて説明しようとする言葉の選び方。
(先生も、三雲さんたちと同じだ……)
今の時代、勉強を教えるだけなら、個人のタブレットに入っている超優秀な教育AIの方が、よっぽど分かりやすくて生徒のレベルに合わせた授業ができる。
なのに、どうしてわざわざ「人間の先生」が教壇に立っているのか。
それは、先生がぼくたちの「表情」を見ているからだ。誰がどこでつまずいているか、誰が今日元気がないか。そんな、AIのカメラには映らない「人間の空気」を読み取って、授業のテンポを変えている。それが、高橋先生という人間にしかできない『付加価値』なんだ。
「おい、航太。次の問題、お前の番だぞ」
肘を突いてぼそっと教えてくれたのは、隣の席の知也だった。
「あ、えっと……」
慌てて立ち上がるぼくに、高橋先生がニヤリと笑って「おいおい、日光に心を置いてきたか?」と冗談を飛ばす。クラス中にドッと笑いが起きた。
いつも通りの、賑やかな教室。
だけどぼくは、笑いながらも、喉の奥に小さな焦りが居座り続けているのを感じていた。
みんなは気づいていない。この「人間の仕事」が、どれだけ贅沢で、どれだけギリギリのバランスで成り立っているかということに。
授業が終わりのチャイムを鳴らしても、ぼくの胸のざわつきは収まらなかった。




