第5話:華麗なる演出
翌朝、ぼくたちは昨日三雲さんたちが話していた通り、予定より十分早く宿を出発した。
眠そうな目をこする明や雄一は「なんでこんなに早いの?」とブツブツ文句を言っているけれど、ぼくの心臓は小さな期待でトクトクと跳ねていた。
バスは朝の光に染まった『いろは坂』の急カーブをスムーズに登り詰めていく。目的地である滝の観賞スポットへ近づいたそのとき、ガイド席の倉科恵美さんがマイクを握って悪戯っぽく微笑んだ。
「さあみんな、ちょっと早い出発で眠いかもしれないけど、ただ外を眺めるだけじゃつまらないよね? 特別な予習を始めちゃいましょう!」
恵美さんはそう言うと、胸元につけたスマートインカムのスイッチをポン、と叩いた。彼女の優しい笑顔が、一瞬だけプロのそれへと切り替わる。三雲さんのときと同じ、どこか凛とした空気が車内に走った。
「"Initiate tour-mode entertainment overlay. Deploy 3D volumetric hologram of Kegon Falls in the cabin grid. Sync educational quiz module to all student terminals. Convert device interfaces to buzzer-master mode now."」
恵美さんの口から滑り出したのは、歌うように滑らかで、それでいてシステムに一文字の狂いも許さない、完璧な響きの英語プロンプトだった。
「うおっ!?」「な、なにこれ!?」
明と雄一がひっくり返りそうな声を上げ、紗季や夏帆も思わず立ち上がる。
通路の天井から無数の光のラインが照射され、バスの車内いっぱいに、凄まじい臨場感を持った『滝の3Dホログラム』が浮かび上がったのだ。激しく水飛沫を上げて落ちる滝の全景が、手の届きそうな距離で、ゴーゴーという立体音響とともに回転している。同時に、ぼくたちのスマートフォンが震え、画面が光るデジタルボタン付きの『早押しクイズ機』に切り替わった。
「第一問! この滝の落差は、ビル何階分に相当するでしょうか? ……ロックオン、どうぞ!」
「はいっ!!」
知也と健人がゲームのコントローラーを叩くような勢いで画面を押し、車内にピンポーン!と派手な電子音が鳴り響く。さっきまで退屈そうにしていた男子も女子も、全員の目がまたたく間にハンターのように輝き出した。
ぼくはホログラムを自在に操りながらクイズを盛り上げる恵美さんの姿を見つめていた。
(……あ、あの夜の準備は、このためだったんだ)
三雲さんのプロンプトが『システムを直すための冷たい呪文』だとしたら、恵美さんのプロンプトは『みんなを笑顔にするための温かい魔法』だ。英語を使ってAIに完璧な命令を下せる大人は、ただの移動空間を、たちまち最高のアトラクションに変えることだってできるんだ。
自分の言葉で、誰かをあんな風にワクワクさせられる人間に、ぼくもなれるんだろうか。
バスは速度を上げ、興奮に包まれるぼくたちを乗せて、光り輝く滝の待つ場所へと滑り出していった。




