第4話:日光の問いかけ
バスを降りたあとの日光東照宮の景色は、正直に言うと、あまり頭に入ってこなかった。
国宝の『陽明門』のきらびやかな金箔も、有名な『見ざる、言わざる、聞かざる』の三猿の彫刻も、恵美さんがどれだけ面白く解説してくれても、ぼくの頭の中では三雲さんのあの英語のプロンプトがずっとリフレインしていた。
「ほら航太、ちゃんと見ろよ! これ、昔の人が全部手で彫ったんだってよ。ありえなくね?」
雄一が隣で騒いでいる。
「うん、そうだね……」
ぼくは生返事をしながら、彼らの荷物を預かったり、次の見学場所へのルートをテキパキと誘導している三雲さんの姿を、どうしても目で追ってしまう。
夜、旅館の大部屋。
お風呂上がりの男子たちは、すでにテンションが限界を突破していた。明と雄一は布団の上でプロレスごっこを始め、健人と知也は今日買ったお土産のキーホルダーを見せ合っている。
「なあ航太、お前も来いよ!」
明がぼくを呼ぶ。
「ぼく、ちょっと自販機行ってくる」
ぼくはそう言って、騒がしい部屋から逃げ出すように廊下へ出た。
静かな旅館の廊下の窓から、十月の日光の冷たい夜空が見える。
冷たいジュースを買って一息ついていると、ロビーの奥にある小部屋から、大人の話し声が聞こえてきた。開いたドアの隙間から、高橋健二先生と、三雲さん、恵美さんの姿が見える。
「高橋先生、明日のいろは坂周辺の渋滞予測データが出ました。出発をあと十分早めれば、予定通り滝を見学できますが、いかがなさいますか?」
三雲さんが、端末のデータを指し示しながら冷静に言った。
「そうですか……。子供たちの朝食の時間を考えると少しタイトですが、せっかくの旅行ですから滝は見せてあげたいですね。恵美さん、車内でのアナウンスの順序を少し調整できますか?」
高橋先生の声が続く。
「お任せください、先生! 移動時間が短くなる分、車内で退屈させないようなクイズを新しく用意しておきますね」
恵美さんが頼もしく微笑んだ。
ぼくは壁の陰で、じっとその声を聞いていた。
大部屋では、ぼくたちのクラスメイトが何も知らずに大騒ぎしている。だけど、その裏で、大人たちはこうやって頭をフル回転させて、ぼくたちのために「明日」を作ってくれているんだ。
冷たいジュースの缶が、手のひらでじわりと汗をかいていた。
大人って、なんでこんなに一生懸命働くんだろう? お金のため? それだけじゃない気がした。胸の奥で、小さな、だけど消えない火が灯ったような気がした。




