第2話:倉科さんの魔法
バスは首都高速道路へと滑り込んでいた。
車内は相変わらず、明や雄一を中心としたポテトチップス争奪戦と、紗季たち女子グループからの「本当にうるさい」というお小言の応酬でワチャワチャしている。知也と健人はシートの陰で完全に携帯ゲーム機の世界に没入していた。
ぼくはさっき戻したポテトチップスの袋の端を意味もなく指先でいじりながら、隣の明の騒ぎっぷりを眺めていた。いつもなら、ぼくが真っ先にくだらない冗談を言って明を笑わせる役回りだったはずだ。なのに、今はどうしてか言葉が喉の奥で引っかかって出てこない。
「ねえみんな、ちょっと右側の窓を見てみて?」
スピーカーから、倉科恵美さんのよく通る、だけど耳に心地よい声が流れた。
「今見えているあの大きな鉄塔、ただの電波塔に見えるでしょ? でも実は、二〇三十年代の『大自動化計画』のときに、東京中の無人ドローンを誘導するために作られた、世界に数個しかない特別な管制アンテナなの。あのテッペンにある青いランプが消えると、街中の宅配ドローンが全部迷子になっちゃうんだよ」
「えっ、マジで!?」
ゲームに夢中だった健人が、急に窓に張り付いた。
「すごーい、ただの古いタワーかと思ってた」
夏帆と歩夢奈もスマホの手を止めて外を見上げる。
恵美さんのガイドは、教科書に載っているような退屈な歴史の年号じゃない。ぼくたちが今生きているこの二〇五〇年の世界が、どんな大人たちの手によって作られ、どうして便利に動いているのかという「仕組み」の物語だった。
ただの灰色で退屈なはずの景色が、彼女が言葉を乗せるだけで、まるで一本の映画の舞台みたいにキラキラと輝き始める。
ぼくは、前方のガイド席でマイクを握る恵美さんの横顔を見た。
彼女の目線は、ただ景色を見ているんじゃない。バックミラー越しに、ぼくたち生徒の一人ひとりが「どこで驚き」「どこで退屈そうにしているか」を細かく観察している。そして、ちょっと退屈そうな男子がいれば、すかさず次の話題を男子好みのテクノロジーの話に切り替えていた。
(これがお父さんの言っていた、ヨーロッパ型の仕事ってやつか……)
二〇五〇年の今、安い給料で誰でもできる仕事は、全部ロボットがタダ同然でこなす。だから、人間が働くのは「その人にしか生み出せない、特別な付加価値があるとき」だけだ。
恵美さんがやっているのは、まさにそれだった。ただの無人バスの移動を、彼女の言葉だけで、ぼくたちの心に残る「エンターテインメント」に引き上げている。
高橋健二先生が、そんな恵美さんの姿を見ながら、手元の資料に熱心にメモを取っているのが見えた。先生もまた、プロとして恵美さんの仕事をリスペクトし、この修学旅行を成功させようと必死に自分の役割をこなしている。
「航太、お前さっきから何フリーズしてんだよ。ほら、トランプ配るぞ!」
明がぼくの肩を小突いた。
「あ、うん。ごめん」
ぼくは無理に笑ってみせた。だけど、胸の奥にあるチクリとした感覚は、バスが日光に近づくにつれて、少しずつ大きくなっていった。




