第8話 贈りもの
――数日後
なんやかんやあったものの、街の被害は全体の五分の一程度で済んだ。
賊達は全員捕まり、囚われていた領主様も無事に復帰した。
「君達には本当に感謝しているよ、ありがとう。盗賊に脅されて悪事に加担していた住民達も、皆事情を話してくれたおかげで、色々と情報を得ることができた」
「いえいえ!僕達は……というか、悠陽は街を壊しただけですから!」
凪は隣に立つ悠陽を見る。
「なんだよ!盗賊捕まえた数は俺の方が多かっただろ!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「まぁまぁ!でも、本当にありがとうございました!お二人とも!」
美稀は言い争う二人を見て、楽しそうに笑った。
「ふふっ、君達はお互いに良い仲間を持ったね。またいつでも遊びに来なさい。君達なら大歓迎だよ」
「やったー!」
「ありがとうございます」
悠陽が嬉しそうに両手を上げる隣で、凪は丁寧に頭を下げた。
「あっ、そうだ!これやる!」
悠陽は何かを思い出したように声を上げ、アイテムボックスからキングイノシシを五頭取り出した。
「な、なんじゃこれは!?」
「キングイノシシ五頭!建物壊したお詫び!」
「そ、そうか……ありがとう。一週間くらいは領内の皆が食べ物に困らずに済みそうだな……」
領主様は目の前に積み上げられた巨大な魔獣を見つめ、驚きながらも礼を言った。
賊に盗まれていた金も領主に返しておいた。
領主達と写真を撮って街を出た。
領主様は部屋にみんなで撮った写真を飾っている。
リアナの母親が盗賊達に脅されて、夜、悠陽達の部屋でお金を探していたが、悠陽達はアイテムボックスに収納していた為見つけられなかったらしい。リアナの家を出る時、母親に凄く謝られた。
悠陽は宿代として少しだが使った部屋に、お金と手紙を置いて来ていた。
部屋を掃除する時にでも気付くだろう。
面と向かって渡そうとしても、受け取らないだろうし。
街を出てしばらくすると、小さな集落に着いた。
集落にはダンジョンがあり、その周りに宿屋や店が建てられ形成された集落のようだった。
そこで優佑と紫苑が向かった街で内乱が起きて、大量の死傷者が出ていると言う噂を聞いて、急いでアゼルの街へ向かった。
悠陽達が駆けつけた時には、街は火の海になっていた。
悠陽達はまだ息のある住民が居るかもしれないと、街の中へ入り救助活動をした。
至るところに人が倒れ、辺りには炎が燃え盛る音と、苦しげな呻き声だけが響いていた。
そんな中、瓦礫のそばに一人、座り込んでいる人影があった。
その人は、既に息絶えた誰かを大切そうに抱きかかえ、身を震わせながら泣いていた。
よく見ると、その人自身も酷い怪我を負っている。
身体は血に染まり、今にも命の灯火が消えてしまいそうだった。
悠陽が、一歩踏み出した時だった。
ふと、抱きかかえられていた人の顔が見えた。
「…………え?」
悠陽の足が、思わず止まった。
血塗れでぐったりしているのは、悠陽の兄、優佑だった。
「……兄ちゃん?」
急いで駆け寄ると、亡くなった優佑を抱きかかえ、泣き崩れていた人の顔がはっきりと見えた。
優佑といつも一緒にいた友人の紫苑だ。
紫苑も全身に深い傷を負い、今にも息絶えてしまいそうなほど衰弱していた。
「兄ちゃん……?紫苑兄?」
悠陽に気付くと紫苑は顔を上げた。
「悠陽?悠陽か……?ごめん、ごめん俺。助けられなかった、ごめん。悠陽……」
少し言葉を発しただけで、咳き込み、吐血する紫苑。
目も潰され、肺にも穴が開いているのか、呼吸のたびにゴロゴロと音が鳴っていた。
もう……長くないだろう。
悠陽の後を追いながら人を避難させていた、凪と美稀が駆けつけてきた。
「何してるの、悠陽!!危ないでしょ!!」
凪は怒りながら悠陽の腕を掴んだが、悠陽の表情を見て座っている紫苑を見つけると察したように手を離した。
「……美稀、治癒してくれ」
「もちろんです!!」
美稀は、その場で紫苑の治癒を始めた。
「まだ綺麗に治ってはいませんが、血は止めました。あの、一度移動しましょう。煙が凄くて、このままじゃ私達も……」
優佑の遺体と紫苑を連れて、火の手の届かない街の外へ出た。
敷物を敷いて、二人を寝かせると美稀は再び治癒を始めた。
紫苑の傷は綺麗に塞がり、ゆっくりと目を閉じて眠りについた。
悠陽は美稀の手を握った。
「兄ちゃんなんだ……治らないか?美稀は蘇生も出来たよな、頼む。助けてくれ……」
悠陽の目からは静かに涙が流れた。
美稀は手を握られて少し驚きながらも、悠陽の頼みに静かに頷いた。
美稀は蘇生を試みたが、亡くなってから時間が経ち過ぎていたため、蘇生は不可能だった。
「やっと、会えたのに……兄ちゃん」
紫苑は目を覚まして、何があったのかを少しずつ語り始めた。
なぜ、この街がこんな惨状になっているのか。
なぜ、争いとは何の関係もなかった二人が巻き込まれ、これほどの重傷を負うことになったのか。
そして、なぜ優佑が命を落とさなければならなかったのか……
紫苑は静かに、事の顛末を語ってくれた。
怪我をした老婆とその孫を守ったらしい。その際に深手を負って……
敵だと思われた優佑と紫苑は、関係無いにも関わらず無意味に斬り付けられたそうだ。
紫苑と凪はまだ街の中に人が居ると聞いて、兵士達と共に救助に向かった。
街の火は、悠陽が街に目も向けず水の塊を街に落とし、一瞬で鎮火させた。
美稀は街の外で怪我人の手当てを続けた。
悠陽は何も言わず、優佑の傍らに座り、ただぼんやりと眺めていた。
悠陽の元へ、優佑に助けられたという人達が次々と訪れた。
老婆は泣きながら悠陽に謝罪した。
―謝ってくれたって、兄ちゃんは帰ってこないのに……
「貴方のお兄さんが居たから、孫は少しの怪我で済みました。本当にありがとう。でもね、私が孫を守らなければならなかった……本当にごめんなさい」
と、老婆は縋るように泣き続けて、孫は老婆に釣られるようにわんわんと泣き出した。
―うるさい。うるさい……煩い煩い煩い。泣くな、生きてるんだからそれで良いだろ。
その後も、お爺さんや身籠った女性、小さな子供が謝罪と感謝を伝えに来た。
―どいつもこいつも、泣いてごめんって……
悠陽はずっと俯いて震えながら、ずっと兄の側を離れなかった。
紫苑と凪が戻って来て、悠陽がみんなの言葉をただ聞き流して一言を発さないのを見ると、二人は悠陽の前に出て、お礼を言いに来る人達の相手をした。
美稀は魔力がなくなるまで、怪我人達の治癒や応急処置の手伝いを続けた。
日が暮れ始め、辺りが夕焼けで赤く染まる頃。
ずっと俯いていた悠陽の目の前に、一輪の花が差し出された。
―は……?何、この花。
―いらない、こんな花……いらない。
けれど、花はいつまで経っても目の前から離れなかった。
悠陽は苛立ちを抑えきれず、花を握る小さな手を掴んだ。
「花なんかいらない!!」
思わず怒鳴ってしまった。
その瞬間、悠陽はようやく顔を上げ、花を差し出していた相手を見た。
そこに居たのは、小さな女の子だった。
女の子は悠陽を見つめたまま、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その表情を見た途端、悠陽の胸がぎゅっと締め付けられた。
―何やってんだ、俺。この子は、ただ花をくれようとしただけなのに。
気づけば、悠陽の目から涙がぼろぼろと溢れていた。
「……ごめん。怒鳴るつもりはなかったんだ。花……ありがとう」
そう言って手を離すと、女の子はほっとしたように笑った。
「お兄ちゃん、泣かないで」
その言葉に、再び涙が溢れそうになった。
すると、女の子の隣にいた、姉らしき少女が静かに口を開いた。
「おばあちゃんが、よく話してくれたんです」
悠陽は涙を拭いながら、少女の方を見た。
「人のために命を捧げた人は、天から追い返されるんだよって」
「……追い返される?」
「はい。でも、悪い意味じゃないんです」
少女は優しく微笑んだ。
「『あなたは人を守るために命を落としてしまった。だから、まだここへ来なくてもいいのよ』って、天が送り返してくれるんだそうです」
そして、少女は少しだけ空を見上げた。
「地上に、その人の死を悲しみ、帰ってきてほしいと願う人がたくさんいれば、その願いが魂を引き戻してくれるんですって」
「…………」
「だから、お兄さんも……きっと」
少女はそこまで言うと、妹の手をそっと取った。
二人は悠陽達に向かってぺこりと頭を下げ、その場を去っていった。
悠陽は、女の子から受け取った花を見つめた。
「……ごめん。急にでかい声出して」
「いや、大丈夫だよ」
凪は静かにそう答えた。
紫苑は何も言わず、悠陽の傍に座った。
「なぁ、凪」
「どうしたの?悠陽」
「俺って、能力凄いよな」
「そうだね」
「でもさ、兄ちゃん一人助けらんないなら、こんなにすごい能力あっても無駄だよな」
「…………そんな事ないよ」
「俺、兄ちゃんは死なないって思ってたんだ」
凪は悠陽の話を静かに聞いた。
「……また会えると思ってたんだ。どうせ、うざいくらい俺にべったりな兄ちゃんに」
「……うん、そうだね」
「こっちの世界に来て、お前と二人になった時もさ。どっかで兄ちゃんは絶対生きてる、いつかまた会えるって、そう思ってた」
「……うん」
「今日、この街に着くまでは……こっちの世界も結構楽しいなって思ってたんだ。凪と美稀との三人旅も悪くないなって」
悠陽は俯いたまま、ぽつぽつと言葉を続けた。
「それで、いつか兄ちゃん達と合流して、みんなでいろんな街や国を旅して回るんだって……そうなるのが当たり前みたいに思ってた」
「……そうだね」
「でも、今日兄ちゃんを見つけて……何も考えられなくなった。
これから三人で旅することも、兄ちゃん達と合流して、みんなで街を回ることも……王都に行こうって約束したのに、王都にいる俺達の姿さえ、もう想像できないんだ」
「悠陽……」
「俺は……俺は、自分が許せない。情けないんだ……!」
悠陽は震えながら、血が出るほど強く拳を握った。
「こんな未来、一度だって考えなかった。
兄ちゃんはもう、この世界のどこにも居ないかもしれなかったのに……俺はそんなこと、考えもしなかったんだ!」
悠陽の声が次第に大きくなっていく。
「舐めてたんだよ、この世界を。魔法があって、魔獣も魔族もいて、武器を持った兵士だっている!そんな世界なのに、兄ちゃんは絶対生きてるって、呑気に信じてたんだ……」
「兄ちゃんだって、誰かに襲われているかもしれない。争いに巻き込まれているかもしれない。
……そんな当たり前のことさえ、考えなかった」
「……俺、今さ。兄ちゃんにも怒ってるんだ」
「…………」
「なんで他人なんか守ったんだよ……なんで自分の命を一番大事にしてくれなかったんだよ……!」
悠陽は、優佑が助けた人達に罪はない事は理解している。
―そんなこと、分かってる。
兄ちゃんが自分の意思で助けたことも、分かってる。それでも、どうしても納得できなかった……
「……兄ちゃんを殺した奴らが憎い。殺してやりたいって思ってる」
悠陽は唇を噛み締める。
「こんな争いを引き起こした貴族も……ぶん殴ってやりたい。俺の手で、ぶっ殺してやりたいんだ……」
「悠陽っ!」
凪は悠陽の胸ぐらを掴んだ。
凪に掴まれたまま、悠陽はボロボロと涙を流した。
―分かってるよ、今異様なほどに冷静なんだ。ダメなものはだめで、そんな事したら兄ちゃんに怒られる。だけど、俺はそう思ってしまうほどに怒ってる……
それ以上に、俺自身が憎い。もっと早く着いていれば、兄ちゃんは死ななかったかもしれないのに!
「元居た世界が、平和過ぎて……こっちに来てからも運良く助かって来たから、忘れてたっ。死がすぐ側にある世界だったんだって、忘れてたんだ……」
その時、美稀が静かに帰って来た。
何か怒っているようだ。
「悠陽君。今回の騒動は、最初から仕組まれていたみたいです」
「……仕組まれていた?」
「はい。この街を治める領主は、深刻な食糧難と財政難に頭を抱えていたそうです。そこで、領民の数を減らすため、盗賊達に金を払い、街を襲撃させたようなんです」
「…………」
「さらに、街の復興に必要な職人達は生かし、それ以外の住民は可能な限り殺害するよう指示していたそうです。盗賊による襲撃に見せかけて、口減らしをするつもりだったのでしょう……」
「な、なんだよそれ!」
紫苑は勢いよく立ち上がって、珍しく怒りを露わにした。
「そんな事、本当にあるのかな?」
「王国騎士団の方が到着されて、捕らえていた盗賊を尋問したところ、そのように述べたそうです」
「そんな奴らのせいで……兄ちゃんが…………」
悠陽から魔力が漏れて、空気が揺らいだ。
空は暗くなって、皆が寝静まり、見張りの騎士達だけが起きて歩き回っている。
悠陽は空を見上げた。
「異世界の空も綺麗だよ、兄ちゃん……」
空気が澄んでいて、地上は真っ暗で星が良く見える。
月明かりだけが悠陽達を照らしていた。
「兄ちゃん。俺、兄ちゃんにプレゼント、買ったんだよ。誕生日プレゼントにと思って……もっと早く街に着いていれば……兄ちゃん、俺…………」
「兄ちゃんに話したいこと、沢山あったんだ……」




