第6話 宴の香り
悠陽と凪が宿の外へ出ると、人々は悲鳴を上げ、逃げ惑っていた。
街からは火の手が上がり、数時間前までお祭り騒ぎをしていた街だとは思えないほど、混沌としていた。
「な、何が起こっているんだ……」
「ギルマスー!ギルマスっ、何処にいらっしゃるんですか!!」
声を枯らして叫ぶ、ギルドの受付嬢。
逃げ惑う人々の中を、キョロキョロと人を探しながら歩いている。
「あ、ギルドの受付のお姉さんだ!」
受付嬢は悠陽と凪に気付くと、急いで駆け寄って来る。
「御二方、ギルマス見ませんでしたか!?」
「見てないですね」
「そ、そうですか……」
「何かあったんですか??」
「それが……皆さんに回収して頂いたお香ですが、街の中にも置かれていたようなんです」
「でも、何でこんな事に」
「この街の周辺には、元々夜行性の魔獣が多く普段は陽が落ちると門を閉めるのですが……
今日は祭りで人の出入りがあったので正門側だけは開けたままになっていたのです。そしておそらくですが、正門の外に置かれていたお香の残り香に集まっていた魔獣達が、街の中に残っていたお香や、屋台の食べ物の匂いに釣られて入って来てしまったようです。
そんな魔獣達に兵士達が下手に攻撃をしてしまって、興奮した魔獣達が暴れ出してしまいました……」
「そうだったんですか」
「でも、おかしいんです!普段この街の周辺に、あのように大きな魔獣は居ません!!ギルマスに報告と確認をしようと探しているのですが、見つからなくて……」
「ギルマス探して来ようか??」
「そうだね。お姉さんも探し回るのは危険だし、美稀さんと一緒に安全な所で街の人達の避難誘導をお願い出来ませんか?」
「もちろんです!任せてください!!」
凪の影から美稀がひょこっと顔を出した。宿から出て来ていたことに気付いていなかった悠陽は、ビクッと肩を跳ねさせた。
「おぉ、いつの間に出て来てたんだ?」
「最初から居ました!!」
「あの、でも2人では危険です……いくらAランク冒険者になったとはいえ、まだ子供ではありませんか……」
そう、今回の依頼で成果を上げた悠陽達、Bランクだった凪と美稀はAランク冒険者になった。
貰っていた2通の紹介状に、悠陽達が商人と共に行動した旨が書かれており、昇格任務は特別に免除された。
ラッキーだね⭐︎
「大丈夫大丈夫!美稀、街の人達よろしく!」
「はいっ!お任せ下さい!全力でお守りします!!」
悠陽と凪は、美稀に受付嬢と街の人々の避難誘導を頼み、被害の大きい場所へ向かった。
「悠陽、僕お屋敷の方見て来てもいいかな??気になる事があるんだ」
「気になること?」
「うん。外壁の外にも沢山お香置かれていたけど、街の中にまで魔獣が入って来るほど置くって事は、本気で誰かを狙っているんじゃ無いかと思うんだ。
屋敷周辺にお香が置かれていないかだけでも確認してくる」
「分かった、俺はあの暴れてる魔獣の所行くわ。気を付けろよ」
「悠陽もね」
悠陽と凪は二手に分かれ、悠陽は魔獣が数匹暴れている方へ、凪は街の領主の屋敷へ向かった。
悠陽は瓦礫を飛び越えながら、魔獣を追っていた。
「人は結構逃げてそうだな」
「だ、れか、助けてくれ……」
「おぉ、誰かいるのかぁー!」
悠陽は瓦礫から聞こえる微かな声を頼りに、助けを求める声の主を探した。
「助け、」
「おっ!ギルマスじゃんっ!!」
魔獣のすぐ側の家の瓦礫に押し潰されていた。
「大丈夫か?」
「すまない、手を貸してくれ。足が抜けないんだ」
「おう!もちろん!」
ギルドマスターを瓦礫から出すと、足は潰れていて歩けそうにはなかった。
右足は潰れて、左腕は骨が折れているようだ。
「す、すぐ美稀の所連れてく!!」
「だ、ダメだ。この魔獣達を野放しにはしておけない」
「で、でも。ギルマス怪我が……」
「私の怪我などは良いんだ!放っておいたら街の人達の犠牲者が増えてしまう!!」
「はぁ、分かったよ。魔獣を先に片付ければ良いんだろ」
「やめなさい、危険だ。あれは子供が1人で勝てるような魔獣じゃない」
「うーん、何だよぉ。魔獣ほっとけないつったり、俺に戦うなっつったり、どうしたいんだよ」
「すまない……私が不甲斐無いばかりに……私はこの街を守りたい。この街を愛しているから……」
「まっ、俺もこの街好きだし。良いおっちゃんもいたし、助けてあげるよギルマス。Aランク冒険者のこの俺が!Aランク冒険者の!!」
「……わ、分かった。子供扱いしてすまなかった。頼む、この街を助けてくれ」
「任せとけ!」
悠陽は満面の笑みで応えた。
ギルドマスターをその場に残して、悠陽は勢い良くジャンプをした。
建物よりも大きな魔獣の頭上まで飛び上がる。魔獣は悠陽に気付きブレスをはいた。
「ハルヒ君!!」
悠陽は魔獣に向かって魔法を撃つと、魔獣を貫通した魔法が、その背後の建物まで破壊した。
「……す、すごい」
悠陽は次々と巨体の魔獣を倒していき、ギルドマスターの元へ戻った。
ギルドマスターの目の前に着地すると、悠陽は「えっへん!」とドヤ顔をした。
「……あ、あぁ。ありがとう、街を救ってくれて感謝する」
「じゃ、ギルマス。美稀んとこ行こうぜ!怪我治してくれるはずだからさ!!」
「あぁ、頼む」
「なぁ、この魔獣って食えるか??」
「食べられるよ。またこの前のように解体に回すかい?」
「うん!素材は一頭分だけ貰っとくー、後は要らなーい」
「要らない分は買い取らせて貰うよ。今回の討伐も含めてお礼をしよう」
悠陽は倒した魔獣を仕舞い、ギルドマスターを運ぼうとおんぶしようとしゃがみ込んだ。
「うぐぐ……」
「すまんね」
「うっ……」
「……」
必死に立ち上がろうとしても、ギルドマスターの体は大きく、悠陽の力では持ち上がらない。
「もう!魔法で軽くすればいいでしょ!?」
領主邸の様子を見に行っていた凪が戻って来て、悠陽の様子を見て呆れながら駆け寄って来た。
「ハッ!!盲点!!」
「はぁ……」
「君は本当に面白いね……イテテ……」
ギルドマスターは悠陽達を見て笑う。傷に響いたのか顔を顰めた。
「すみません、ご迷惑お掛けしませんでしたか?」
「あぁ、大丈夫。助けられたよ」
「凪、そっちはどうだった?」
「うん、やっぱり大量に置かれてたよ。屋敷を囲う様にね」
凪が背負っていた布袋を開けると、お香が数十個、パッと数えられない程の量が入っていた。
「こんなに」
「うん」
「と、どういう事だい?」
「はい、僕は悠陽と別れたあと――」
凪は悠陽と別行動を取った所から話し始めた。
「魔獣結構な数居たけど、悠陽大丈夫かな。まぁ、悠陽なら大丈夫かな」
凪は倒壊した建物の上を素早く移動しながら、街の中心にある領主邸から半径数キロの地点を起点に、円を描くように順に確認して回った。
領主邸を囲むように、一定の間隔で置かれたお香。
その中でも領主邸から正門側にかけて、多くのお香が設置されていた。
凪は見つけたお香を全て回収し、領主邸へ向かった。
屋敷へ着くと、優しそうな執事が凪を出迎えてくれ、事情を話すとすぐ領主様に会わせてくれた。
「お待たせしてすまないね。君だね、こんな夜更けに尋ねて来たという少年は」
「はい、今街で起こっている事はご存知ですか?」
凪は領主邸内の異様な静けさが気になっていた。
屋敷の敷地に入る前までは、人々の悲鳴や魔獣が建物を破壊する轟音、炎が燃え盛る音が絶え間なく響いていた。
屋敷の中は不自然なほど静まり返っている。
街ではあれほどの騒ぎが起こっているというのに、まるで何事も起きていないかのようだ。
「魔獣が街に入っていることなら知っているよ。けれど、こんなに静かなんだ。わざわざ冒険者の君が伝えに来なくとも、騎士や兵士達が対応してくれているのではないか?」
「今、街では建物より大きな魔獣が暴れています」
「な、なんだって!?何故そんなことが……街の者達は避難出来ているのか!?すぐ出せる兵士全てを向かわせろ!!」
「落ち着いて下さい。僕の仲間が魔獣を倒しているはずです。それに街の人達も安全な所へ避難誘導をしています」
「そうか、すまなかった。我々がいち早く気づきやるべき事を君たちがやってくれたのだな。ありがとう、本当にありがとう」
「ですが、被害は結構出ています。夜でしたし、逃げ遅れた方も居るかと……」
「そうだな、すぐ兵士を集め被害の確認と救助に当たれ。屋敷の守りは良い、人命優先だ」
領主は強そうな騎士に指示を出した。
「お待ちください。屋敷の警備は固めるべきかと」
「何故だ、人々を救うのが最善だろう」
「はい、僕もそう思います。けれど屋敷が手薄になる事を見越しての作戦かもしれません」
「どういうことだ」
「街の中にも大量にお香が置かれていました」
「先日、冒険者達が回収した、あれだな」
「はい、街の中に入った魔獣は僕の仲間が向かった事で想像より遥かに早く討伐されたはずです。
本来なら、もっと被害が出て兵士や騎士の方々も出払ってしまったでしょう。領主邸には、王族と領主と数名の兵士のみ、その時屋敷を襲うつもりだったのではないでしょうか。
魔獣が屋敷へ向かえばなお良しくらいの作戦です。領主邸の周辺にもお香が多く置かれていましたので」
「ほう、あり得ない話では無いな」
「はい。ですので街へ送り出す兵士は、新兵や一般兵で腕の立つ兵士は屋敷に残すべきかと」
「だが、また魔獣が現れたらどうする。おそらく新兵や一般兵では対処出来無いだろう」
「えぇ、そこは大丈夫です。仲間と僕とで落ち着くまでは見張りを請け負います」
「そうは言うが、冒険者とはいえ君はまだ子供じゃないか……」
「はい、僕は13才で仲間は12才です」
「危険だ、許可出来ない」
「でも、僕達騎士団の人達より強いです」
「バカを言うな!信じられん危険だ」
凪は頬を膨らまして領主を見た。
領主様は子供に弱いのか、少し迷った後ため息を吐いた。
「……わかった、では頼む。だ、が、腕の立つ騎士を数人連れていく事が条件だ」
「はい!もちろんです!」
騎士5名が凪と行動する事になった。
屋敷を出る前に凪は領主様に手紙を渡して、領主邸を急いで出た。
「それは、おかしいな」
話を静かに聞いていたギルドマスターが、ふと呟いた。
「そうなんです」
「凪、何がおかしんだ??」
「領主邸がここから結構距離があると言っても、あの大きな轟音が聞こえないのも、見張りの兵士達が魔獣に気づかないのも変だと思いませんか??」
「ほう??」
難しい話に、悠陽は首を傾げた。
「だって悠陽、僕達の泊まっていた宿の方が魔獣の居た位置から屋敷までより遠いんだよ?」
「そっかぁ、それはおかしいな!うん!」
「あの、どういう事ですか?」
凪の後を追って来ていた騎士達が息を切らせながら、首を傾げた。
「何か結界みたいなもので屋敷を包み、異常に気付かせず魔獣に襲わせるつもりだったのではないかと……そのどさくさに紛れて何かしようとしていた、とか」
「そんな……」
「そこまで分かって居たのであれば、何故屋敷にいる時そのお話をされなかったのですか!?」
「これは、僕の予想でしか無いからです。屋敷の周りにお香が大量にあったので、屋敷に居る誰かを何者かが狙っている可能性は高いでしょう。でも、その他は僕の推測です。そんな不確かな話で不安にさせるわけにはいかなかったんです」
「不安って、領主様には予測だとしても伝えた方が良かったのではありませんか?」
「気付かなかったんですか?扉の陰にスフィア王女殿下が話を聞いていました。子供にこんな話を聞かせて、無駄に不安にさせるわけにはいけません。それに領主様にはメモを渡しましたし」
「そ、そうだったのか。すまない、気付いていなかった……って、君も子供だろう」
「そんな事より、ギルマス早く美稀んとこ連れていこうぜ」
「そうだね、悠陽」
「そんな事よりって……」
「ギルマスで勝てない魔獣なら、この街だと団長くらいしか相手出来ないんじゃないか?」
騎士がギルドマスターの様子を見て、心配そうに呟いた。
「そうだな」
「団長さんってそんなにお強いんですか?」
「えぇ、王国騎士団に推薦されるほどの方です!ですが、団長は領主様に恩があるとかで、この街に残っているそうです」
「へぇ」
「興味なさそー」
悠陽の反応に、騎士達は少し肩を落とした。
住民が避難している場所に着くと、美稀が悠陽達の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「悠陽君!凪君!!」
「か、可愛い……あの子が言っていた子なのか?」
「あぁ、そうだけど」
騎士達は美稀を見ると、顔を赤くしてソワソワしている。
「美稀さん、ギルマスをお願い出来る?」
「はい!勿論です、凪君!!ギルマスさんすごい怪我、早く手当しないと!」
「美稀ー、ここで良いか?」
「はい!そっとですよ。少しの刺激でも相当痛いはずです」
「そうなのか?」
「……あぁ、まぁそうだな……」
「へぇーそっか」
「……」
ギルドマスターは、悠陽の反応を見て気まずそうに目を逸らす。
美稀にギルドマスターを預けて、悠陽と凪は騎士達と正門へ向かった。




