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第22話 奇跡の代償




ズキンッ――


不意に、悠陽(はるひ)の背中に鈍い痛みが走った。

これが、蘇生の代償というやつだろうか。


「うっ……」


思わず小さく呻き声が漏れる。


背中だけではない……全身がギシギシと軋むように痛み、少し身体を動かすだけでも、あちこちに痛みが走った。


「悠陽(はる)?大丈夫?」


隣にいた凪(なぎさ)が、心配そうに顔を覗き込む。


「あぁ、ちょっと。疲れただけだ」


悠陽は何でもないように答えた。

しかし、身体の痛みは一向に引かなかった。

悠陽達は、冒険者ギルドの一室で身体を休めていた。

周囲では凪達が会話を続けていたが、その声も次第に遠くなっていく。


まるで水の中に居るかのように……周りの音がぼやけて聞こえた。


「そうだね」


「ふふふ、仲良いですね」


「あぁ。こいつらはほんと、ずっと一緒だったからな」


紫苑(しおん)の言葉に美稀(みずき)が微笑み、優佑(ゆうすけ)も笑いながら頷いた。

そんな会話を聞きながら、悠陽は何とか平静を装っていた。


その時だった。


廊下の向こうから、バタバタと慌ただしい足音が近づいてくる。


「皆!!本当に無事で良かった!!」


駆け寄ってきたのは杏(あんず)だった。

その後ろには勇雄(いさお)と大桑(おおぎ)寿三(じゅうぞう)の姿もあった。

大桑寿三は紫苑の祖父であり、悠陽達の通っていた中高一貫校、××学園の校長をやっていた。


「無事で良かったぞ」


勇雄が美稀へ声をかける。


「先生……」


「本当によかったです」


杏は安堵した様子で、悠陽達の顔を見渡した。

しかし寿三だけは、どこか沈んだ表情を浮かべていた。


「子供達が大変な時に、私は……」


「校長先生!」


優佑が声をかける。


「校長先生、そんな気を落とさないでください」


杏も励ますように言ったが、校長は俯いたまま、小さく首を振った。


「すまなかったね。何も役に立てなかった」


その声には、深い後悔が滲んでいた。

そんな中、少し離れた場所から大きな声が響いた。


「おーい!お前ら、ちょっと来てくれるか!」


ギルドマスターだった。

悠陽達は先生達に一度別れを告げると、ギルドマスターの後について奥の部屋へと向かった。




部屋に入ると、ギルドマスターは皆を振り返った。


「急に呼び出してすまんな」


「いえ、大丈夫ですよ」


優佑が答えると、ギルドマスターは安堵したように笑った。


「それに君たち、本当によかった」


「ギルマスにも沢山ご迷惑おかけしたみたいで……」


凪が申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや、お前達には借りしかないからな!」


ギルドマスターは豪快に笑った。

そして、何かを思い出したように話を切り替える。


「それと、報酬だが……」


ドサッ!


机の上に、大きな袋が置かれた。

袋の口から覗いているのは、大量の金貨だった。


「国からもたんまりと謝礼が出ている」


「こんなにもらえませんよ」


優佑が驚いた様子で言う。


「正式な報酬だ。受け取ってもらえないと、こちらも困る」


「では……」


優佑は戸惑いながらも頷いた。

悠陽は机の上に置かれた金貨の袋を眺め、首を傾げる。


「兄ちゃん、これいくらくらいあるんだ?」


「領地持とうとすれば余裕で作れるくらいだな!お前達、この国で街でも作ってみるか?」


ギルドマスターが冗談めかして笑う。


「街かー、でも旅したいしなぁ」


「そうか!気が向いたらそん時は俺にも声かけてくれよな!」


その言葉に、悠陽達も笑った。

しかし、悠陽はふと考え込むように金貨の袋を見つめた。


優佑と紫苑に顔を寄せ、小声で話しかける。


「なぁ。街、結構被害出てたじゃん」


「あぁ、そうだね」


「この報酬、支援に回せねぇかな」


「そうだね」


優佑頷いた。

その会話を聞いていた美稀と凪は、二人に視線を向ける。


「僕達は今回何もしていないので、その報酬の使い道は三人で決めて下さい」


凪の言葉に、美稀も頷いた。


「じゃぁ……」


悠陽は袋から金貨を数枚だけ取り出した。

そして、残った金貨がぎっしりと詰まった袋を持ち上げる。


ドサッ!


再び、ギルドマスターの前に袋が置かれた。


「なぁ、ギルマス」


「なんだぁ?報酬少ねぇとか言うなよー!?」


「報酬は受け取った」


「おう!?」


「で……これ、この国の復興に使ってくれ」


ギルドマスターは目を丸くした。


「は?何を言ってる」


「これは僕たちの資産から出しているので、ちゃんと報酬は受け取ってますよ」


優佑が穏やかに説明する。


「うんうん」


紫苑も隣で頷いた。


「いや、待て待て。お前達、本気で言ってるのか?」


「冗談でこんなんしねーよ」


悠陽は当然のように答えた。

ギルドマスターは袋と悠陽達の顔を交互に見つめる。


「これはお前達が命を張ってこの国や民、冒険者を守ってくれた、それへの対価だ。ちゃんと受け取れ」


しかし、悠陽は珍しく真面目な表情を浮かべて、ギルドマスターの目を見た。


「金は必要だよ。でも今、この街だって金必要だろ。

ボロボロじゃん。俺たち、この街気に入ってんだ!だからこの金で街直してくれ!俺たちは、また稼げば良いし!」


悠陽は迷いなく笑った。

その言葉を聞いたギルドマスターは、しばらく黙っていた。


「お前達ならこんな金額すぐ稼げるだろうが……本当にいいのか?」


「あぁ」


「お前らみたいなやつ、ほんとそうそういねぇよ。ありがとう……大事に使わせてもらう。本当にありがとう」


ギルドマスターは、金貨の詰まった袋を大切そうに引き寄せた。




話を終えて、悠陽は凪達より一足先に、一人で部屋を出た。廊下には多くの人々が集まっていた。


その中には、涙で顔をぐちゃぐちゃにした者達もいた。


悠陽の姿を見るなり、何人もの人々が駆け寄ってくる。


「救ってくれてありがとう」

「家族を助けてくれてありがとう」

「お兄ちゃん、約束守ってくれた。パパを助けてくれて、ありがとう」


そんな感謝の言葉が、次々と向けられた。

しかし、その人々の後ろには、悠陽を鋭く睨みつける者達が居た。


「何が英雄よ!どこが英雄よ!!私の夫を見殺しにしたくせに!!」


突然、女性の怒鳴り声が響いた。


「そうだ!俺の息子も見殺しにされた!」


女性につられるように、別の男性も声を荒らげる。


「私の子供もよ!なんであいつらだけ生き返らせたの!」


感謝の声が、一瞬にして静まり返った。

悠陽は、ただ立ち尽くしていた。


「い、石が足りなかったんだ。だから後から運ばれた人たちの分が足りな……かった……ごめん」


言葉が上手く出てこなかった。

女性の甲高い怒鳴り声が頭に響き、痛みが増した悠陽は、わずかに顔を顰めた。


「そんな事で!なんで私の子供に使わなかったの!なんであいつらなんかに使ったのよ!!なんで私の子じゃないのよ!!!」


「……」


悠陽は何も言えず、女性を見つめた。


「足りなかったじゃないわよ!!もっと用意しておけば良かったでしょ!?」


「手に、入らなかったんだ……」


悠陽の言葉に、女性は奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめた。

怒りで顔を真っ赤に染め、わなわなと唇を震わせる。




次の瞬間


ドサッ――


女性が悠陽に掴みかかった。

突然の衝撃に耐えきれず、悠陽はそのまま床へ倒れ込む。


全身に鋭い痛みが走った。


もともとぼやけていた視界が、さらに揺らぐ。

悠陽に覆い被さっているはずの女性の顔すら、はっきりと見ることができない。


それでも、女性の目から溢れる大粒の涙が、悠陽の頬に滴る。


「なんでよ!!なんで私の子供なのよ!!」


悲痛な叫びが、廊下に響き渡る。




ダンッ!


突然、強く床を踏み鳴らす音がした。


「っ!」


女性がびくりと身体を震わせる。


「おやめなさい」


凛とした声が響いた。

その場にいた人々が、一斉に声のした方へ振り返る。


「だ、第三王子……」

「エリアス様だ……」

「エリアス殿下よ……」


人々の間にざわめきが広がった。

そこに立っていたのは、この国の第三王子、エリアス・アルヴェリアだった。

悠陽が美稀だと思い、一番初めに蘇生させた金髪の青年。



ギィッ。


その時、奥の部屋の扉が開き、凪と美稀が姿を現した。


「悠陽……」


凪は床に倒れている悠陽を見て、息を呑んだ。


「悠陽!!」


優佑は悠陽の姿を見るなり、すぐさま駆け寄り、覆い被さっていた女性から悠陽を引き離した。


エリアスは女性へ静かに語りかけた。


「私もこの子に助けられた。君の言うあいつらの一人だ」


「……」


女性は何も答えなかった。


「不運だったね……私達は運が良かった。そして私達皆、力不足だった」


「不運って……そんな言葉で、私の……」


女性は声を震わせながら顔を上げた。

しかし、王子の顔を見た瞬間、言葉を失った。


「私は悔しいよ。騙され、痛ぶられ、民まで傷つけられ……何もできなかった。悔しい、不甲斐ない!」


エリアスの頬を、大粒の涙が伝った。

王子は涙を隠そうともせず、その場にいる人々へ語り続けた。


「私は原形もわからないほど、バラバラにされていたと聞いた。そんな私も見捨てず、この者は救ってくれた。私を蘇生した後も、より多くの者を救おうとしていた」


エリアスは、優佑に抱き寄せられている悠陽へ視線を向けた。


「この国の者ではない旅人が、見ず知らずの者達を……多くの者を救う為、致死率の高いダンジョンへ素材を取りにも行ってくれたそうだ」


その声には、深い悔しさが滲んでいた。


「この子がいなければ、ここに居るほとんどの者が死んでいた。そんな話を聞いても君は、その握り締めた拳をこの子に振り下ろすかい?」


「……」


女性は俯いた。


「その拳は私に向けなさい。亡くなった者達は私が殺したようなものだ。私が今回の作戦を立てたのだから」


エリアスは涙を流しながらも、真っ直ぐに女性を見つめていた。

女性は瞳を揺らし、握り締めた拳を解いた。


亡くなった者達の遺族は、一人、また一人とその場を離れていった。

誰もが重い足取りで、ギルドを後にしていく。


エリアスは悠陽の前に歩み寄った。


「大丈夫かい?迷惑をかけた」


「いや。ありがとう」


悠陽が答えると、エリアスは静かに手を差し伸べた。

悠陽はその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。




悠陽達はギルドを後にし、滞在している公爵家へと帰った。


――その日の夜


静まり返った部屋の中で、悠陽は一人、身体を丸めていた。


「っ……!」


口元を押さえた手の隙間から、赤い血が溢れた。

耐えきれず、悠陽は血を吐いた。


鼻血も止まらない。


頭の奥では、絶え間なく痛みが続いていた。


ズキン、ズキンと脈打つたびに、意識が揺らぐ。


蘇生の代償。


それは、悠陽が想像していたよりも、ずっと、ずっと大きなものだった。

やがて、悠陽は痛みに耐えながら、気を失うように目を閉じた。




そして、夢を見た……


暗い、暗い。真っ暗な場所だった。


そこに、一人の悪魔がいた。

悪魔は背中を丸め、ただ一人、泣いていた。


その背中には、何度も掻きむしったような傷跡が残っていた。


頬にも、長い間涙を流し続けてきたような跡があった。


暗闇の向こうには、わずかな光が見える。

その光の先には、人々の姿があった。

悪魔は、その光へ向かって手を伸ばした。


けれど……届かない。


どれだけ手を伸ばしても、その先にいる人々には触れられなかった。


寂しい。


寂しい。


寂しい。


悲しい。


こんなことなら……他人なんて助けるんじゃなかった……

悪魔は涙を流したまま、光の向こうにいる人間達を睨みつけた。



……人間が嫉ましい。




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