第21話 元の世界への鍵
「み、みんな」
突然、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
その場にいた全員が一斉に振り返る。
そこには、身体のあちこちから血を流した凪と、そんな凪に支えられた美稀の姿があった。
「凪!!」
悠陽は二人の姿を確認するなり、勢いよく駆け出した。
そのまま凪に飛びつき、力いっぱい抱きしめる。
「いっ!痛い痛い痛い痛いっ!!ギブギブッギブ!!」
「はっ!ごめん」
慌てて腕を緩めると、凪は痛む身体を庇いながら、申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、心配かけちゃった。それより美稀さんを!」
凪に支えられている美稀は、ひどい怪我を負っていた。
意識はほとんどなく、身体にはいくつもの傷が刻まれている。
それでも、かすかに呼吸をしていた。まだ生きている。
この状態なら、最高級のポーションで回復できるはずだった。
「っ……わ、わたし……」
美稀がか細い声を漏らす。
優佑は美稀の側へ歩み寄り、優しく声をかけた。
「ごめんね、美稀ちゃん。今はこれ飲んで外で怪我してる人達の回復頼めるかな?」
「もちろんです……」
「はい、美稀ちゃん。魔力増強と体力回復ポーション」
紫苑が二種類のポーションを差し出した。
「ありがとうございます」
美稀はポーションを受け取ると、傷ついた身体を回復させていった。
そして、まだ十分に体力が戻っていないにもかかわらず、前線から運び込まれてくる負傷者達を治療するため、ダンジョンを後にした。
その姿を見送ったところで、シャオウェイが悠陽へ声をかける。
「ハルヒよ。魔力に余裕あるなら何人かまとめて蘇生したらどうだ。1人1人やると時間かかるだろ」
「どうやってやるんだ?」
シャオウェイから方法を教わり、悠陽は複数の遺体の前に立った。
手が、わずかに震える。
悠陽は一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そして、数人ずつ蘇生を始めた。
虹色の石が光を放ち、遺体を包み込んでいく。
失われた身体が修復され、止まっていた心臓が再び動き始める。
一人、また一人と、命を取り戻していった。
蘇生を繰り返すうちに、悠陽の身体にも異変が現れ始めた。
こめかみの奥が、チクチクと痛み始める。
鼻の下に生温かいものが伝い、手で拭うと赤い血がついていた。
蘇生された者達は、優佑や紫苑達によって外へと運ばれ、ギルドマスターの指示のもと、それぞれ動き始めていた。
ダンジョンに残っているのは、悠陽と凪だけになった。
何度目かの蘇生を終えた頃には、悠陽の口の中に鉄のような味が広がっていき、口の端から一筋の血が流れる。
視界がぼやけ、目の前の景色が揺らぐ。
指先の震えも、次第に大きくなっていく。
それでも、悠陽は目の前の命を救い続けた。
最後の一人が息を吹き返す。
「よし。これでダンジョン内に居る人は終わりだよ」
凪が周囲を見渡し、悠陽へ声をかけた。
ようやく、ここに運び込まれた者達の蘇生が終わったのだ。
その様子を見つめていたシャオウェイが、静かに口を開く。
「お前達は、本当に今まで来た人間達とは違うようだ」
シャオウェイは、どこか切なそうに微笑んだ。
「どうしたんだ?シャオ」
「いいや、なんでもない」
「?」
凪は不思議そうに首を傾げた。
シャオウェイは二人を見つめ、少し考えるような素振りを見せる。
そして、思いがけないことを口にした。
「お前達知っているか。この鍵のもう一つの使い方」
「もう一つの使い方?ダンジョンへ入る扉以外に使い方があるんですか?」
「あぁ、一つだけな」
「なんだそれ?」
シャオウェイは静かに告げた。
「時空や世界を渡れる扉」
「!?」
凪は驚きのあまり、その場で固まった。
時空や世界を渡る扉。
それは、異世界へ転移してきた悠陽達にとって、決して無視のできない話だった。
「まっ。何万年もの間、その扉を開けられた者はいないがな」
「どうやるんですか!元の世界に帰れるって事だよね!?」
凪は思わず身を乗り出した。
「まず、人間が扉を開けてその扉を通れるのかは定かではないぞ!それに鍵は一つではだめなんだ」
「何個も必要って事ですか?」
「あぁ、妖精の居るダンジョン全ての鍵だ」
「何処にあるんだ!そのダンジョンは!!」
「そんなの知るわけないだろう。自分で探せ」
「はぁ!!?」
「何個あるかくらい分からないのですか?」
「20個くらいだったかのう。100個かのぉ」
「はっきりしねぇなー」
「だって〜会った事ない奴もいるんじゃ!話に聞いていたくらいじゃはっきりとは覚えてないわ!!」
「役に立たねぇやつーー」
「なんじゃとぉ!?鍵返してもらおうかのぉ」
「わーーー、悪かったって!!」
悠陽が慌てて謝ると、シャオウェイは不満そうに顔を背けた。
しかし、何かを思い出したのか、再び二人へ向き直った。
「まぁ、あやつならはっきりと分かるかもしれん」
「それ誰ですか?」
「やつに仕えておった妖精達のリーダー。レグルス」
「その人が、何処に居るのかは分かりますか!」
「そんなの知るか。わしらはどこのダンジョンを任されているのかはお互い知らん。じゃが、レグルスは植物が好きだったの」
「植物……森とかにあるダンジョンなら、ドロップも植物が多いんじゃないかな」
凪は顎に手を添え、考え込んだ。
植物を好む妖精。
それが手掛かりになるのなら、森や草木の多いダンジョンを探すことで、見つけられるかもしれない。
「すまんな。詳しい事はレグルスに会えば大体わかるんじゃないかの」
「いえ、ありがとうございます!探してみます!」
元の世界へ帰れる可能性がある。
まだ確証はないものの、二人にとっては大きな希望だ。
「てかさー、お前ら妖精の主人って何なんだ?」
悠陽が尋ねると、シャオウェイは遠い昔を思い出すように微笑んだ。
「このダンジョンや、他の妖精達のいる裏レアドロップ部屋のあるダンジョンを作った。
そしてその主人は、お前達と同じ異世界人の男だ。なにやらよくわからん文字で本も書いておったな」
「俺達と同じ異世界人!?」
「本ってもしかして!?」
凪が何かを思いついたように声を上げ、バッグから魔導書を取り出した。
「おー!それじゃそれじゃ!懐かしいのぉ!!」
シャオウェイは嬉しそうに頷いた。
「その異世界人は今どうしてるんだ!?」
「何を言っておる、何万年も前の話だとっくに死んでおるだろうて……」
「そいつは元の世界に戻れたのか!?鍵、その為に作ったんだろ!?」
「いいや戻れんかったよ。あいつは自分と同じような者が居るかもしれないと、異世界人の為に色んなものを作っておった。
あいつは鍵で扉を開ける前に死んだんだ。おそらくな……随分前から姿を見ておらんからのぉ。
だから鍵を集めて時空を渡れるのかも確証はない」
その男は、いつか同じ境遇に置かれるかもしれない者達のために、数々のものを残していた。
「でも、可能性はあるのか」
悠陽は小さく呟いた。
「妖精の居るダンジョンを見極める方法ってありますか?」
「あーーーんそうだな。
他の自然生成のダンジョンよりはモンスターが強く、最下層まで辿り着ける人間が少ないとかだろうか。あいつは性格が悪かったからの。
レア素材取れるようにするんだから、それなりにリスクもいるだろとかほざいておったわ」
「そうか。クリア数が少ないダンジョンを回れば、可能性は高いってことか」
「そうじゃな」
「だけど危険でもあるかー……」
凪は難しい顔をした。
これまで訪れた二つのダンジョンを思い返しても、決して簡単に攻略できる場所ではなかった。
「俺達なら大丈夫だろ!」
悠陽はいつもの調子で笑ってみせた。
「そうじゃな。まっ、それに妖精のいるダンジョン見つけれても、気に入られなかったら鍵などくれんぞ。それに姿すら見せてくれんかもしれん」
「え!!!そうなんですか?」
「当たり前だろう。極端な話、嫌いな奴に大事なもん渡すか?渡さんだろ」
「それはそうですね……」
鍵を集めるには、ダンジョンを攻略するだけでは足りない。
そこにいる妖精に認められる必要があるのだ。
その時、悠陽が突然何かを思い出したように声を上げた。
「あれ!そうだ!シャオウェイ!!武器できたんだ!この前来た時は凪と美稀が危なかったから、そんな見せる気分じゃなかったんだけどさ!」
「武器できてたんだ!?」
「おぅ!凪のも出来てるぞ!!」
悠陽は完成した武器を取り出し、シャオウェイへ見せた。
シャオウェイは興味深そうに近づき、武器を眺める。
「ふふふっ、そうかよかったな。綺麗じゃないか、こんな良い仕事の出来る腕の鍛治師がまだおるのか」
「あぁ!ドワーフのおっさん達が作ってくれたんだ!」
「そうか」
シャオウェイは嬉しそうに微笑んだ。
すると、悠陽はもう一つ、用意していたものを取り出した。
「あ、そうだこれ。シャオにやるよ」
「わしにか?」
「あぁ!凪と2人で頼んどいたんだ!!宝石とかいっぱいくれたし鍵までくれただろ!お礼だ!!
それにもぉ友達だしな!!」
悠陽が差し出したのは、美しい髪飾りだった。
以前、シャオウェイから受け取った宝石や鍵へのお礼として、悠陽と凪がドワーフ達に頼んで作ってもらったものだ。
シャオウェイは差し出された髪飾りを、じっと見つめた。
「友達……そうか、友達か……」
シャオウェイの瞳が、次第に潤んでいく。
「泣いてんのか!?」
「泣いてなどおらん!だが……ありがとう。こんなに気分の良い日は、何千年ぶりだろうか……」
シャオウェイは髪飾りを大切そうに抱えた。
「喜んでもらえてよかったです。髪飾りなんですが、少し大きかったですかね……」
凪が少し心配そうに尋ねる。
「いいや、いいんだ。ありがとう」
シャオウェイは優しく微笑んだ。
長い年月を、この迷宮の管理者として過ごしてきた妖精。
そんなシャオウェイにとって、悠陽達から贈られた髪飾りは、ただの装飾品ではなく……
数万年ぶりに友から贈られた、大切な宝物。
「今回は世話になったな。また旅の土産話でもしにくるよ!」
「あぁ、楽しみにしているよ。鍵、無くすなよ」
「おう!」
「ありがとうございました!」
二人はシャオウェイに別れを告げ、ダンジョンを後にした。
外へ出ると、ギルドの中では今も慌ただしく人々が行き交っていた。
その中には、負傷者の治療に追われる美稀の姿もあった。
美稀はギルド内を駆け回り、次々と運び込まれる者達に治癒魔法を施している。
そして、悠陽達の姿に気づくと、ぱっと顔を上げた。
「悠陽さん!!凪さんも!みなさんご無事で良かったです!」
「今どうなってるんだ?」
「はい!お兄さん達やギルマスさんが前線へ向かったおかげで、士気が上がり魔獣達は引いていっているそうです!」
「よかった……」
「はい!」
街を襲っていた魔物達は、少しずつ退き始めているらしい。
まだ負傷者は多く、街の被害も決して小さくはなかったが、戦況は確実に好転していた。
それからしばらくして、前線へ向かっていた優佑達がギルドへ戻ってきた。




