第18話 黒糖ダンダダンダダンダ
推しを早く登場させたいがため、第37話までは1日2話投稿致します。
私情です。
冒険者ギルドへ辿り着くと、建物の前には大勢の人だかりができていた。
普段なら冒険者たちの威勢のよい声が響いている場所から、今は悲痛な叫び声とすすり泣く声が聞こえてくる。
「……行こう」
公爵様の言葉に、悠陽達は静かに頷いた。
公爵様とギルドマスターに先導され、人混みをかき分けながらギルドの中へと入る。
目の前に広がる光景に言葉を失った。
床には、何人もの冒険者が横たわっていた。
その傍らでは女性や子供たちが泣き叫び、必死に名前を呼び続けている。
「……こ、これは……」
悠陽は呆然と立ち尽くした。
「……何があったんだ……」
紫苑も、目の前の惨状に顔を歪めた。
倒れている冒険者たちの身体には、無数の傷が刻まれていた。
腕を失った者。
脚を失った者。
指を切り落とされ、目を潰された者。
その傷の多くは、魔物に襲われたものとは思えないほど不自然だった。
ある冒険者は、腹部を何度も刺され、片腕を失っていた。
また、別の場所に横たわる女性冒険者は、長かったであろう髪を無惨に切り落とされ、目元には刃物で切りつけられた傷が残っていた。
爪は全て剥がされ、身体には幾つもの痣が浮かんでいる。
「…………」
悠陽は拳を握り締めた。
目の前で泣いている子供たちの姿が、悠陽の視界に映った。
「……誰だ」
低く声が漏れた。
「……こんなことをしたのは……誰だ!!」
その瞬間――
凄まじい魔力が悠陽の身体から溢れ出した。
――ドゴォォォンッ!!
轟音と共に、ギルドの壁が吹き飛んだ。
天井が崩れ、屋根の一部が空へと舞い上がる。
「悠陽!!」
「落ち着け!!」
優佑とギルドマスターが声を上げた。
「まだ息のある者もいる!」
その言葉に、悠陽の身体が僅かに震えた。
「……っ!」
「おそらく、黒祷団というパーティが関係しているだろう」
ギルドマスターは険しい表情で続けた。
「数ヶ月前から、そのパーティが参加した合同作戦で、異常なほど死亡者が多発している。その件を調べるために、俺も王都へ来たんだ」
「……なんで、それを先に言わなかったんですか」
優佑が問いかけた。
「……すまない。君たちは学園へ通っているし、二人だけで依頼を受けるとも思っていなかった」
ギルドマスターは悔しそうに唇を噛んだ。
「……っ!」
悠陽は顔を上げた。
「……二人は……」
「……ん?」
「……二人は、どこですか……」
悠陽は小さく呟いた。
公爵様が苦しげに眉を寄せる。
「……それが、まだ見つかっていないんだ。荷物だけは荷馬車に積まれていたのだが……」
「……え?」
「回収された遺体の中には、損傷が激しく、誰のものか判別できない者もいる」
ギルドマスターの言葉に、悠陽の表情が凍りついた。
「……は?」
「現地へ確認に向かった者たちも周辺を捜索したが、魔獣の森に残された遺体以外は、全て回収したと言っていた」
「……どういうことだよ……」
悠陽は一歩、後ずさった。
「……じゃあ……」
握り締めた拳が震える。
「……その中に、二人がいるっていうのか……?」
「いや、まだそうと決まったわけじゃない」
「……っ!」
悠陽は歯を食いしばった。
凪と美稀。
悠陽の脳裏に、二人の顔が浮かぶ。
「……探さなきゃ……」
悠陽は小さく呟いた。
その頃、王都の外れでは、凪と美稀が懸命に負傷者たちの救助を続けていた。
二人は、戦いに巻き込まれた市民や冒険者を守るため、最前線に残っていた。
しかし、既に限界を迎えていた。
「……っ、まだ……!」
凪は震える手で杖を握り締めた。
目の前には、動けなくなった負傷者達がいる。
どうにかして守らなければ。
二人はその一心で魔法を使い続けていた。
「……凪君……!」
美稀もまた、傷だらけの身体を引きずりながら、必死に手を伸ばした。
だが、二人の身体は限界を超えていた。
やがて、力尽きるように地面へと倒れ込んだ。
冒険者ギルドでは、次々と運び込まれる負傷者たちの治療が続けられていた。
けれど、治療に必要なポーションは既に底を尽きかけていた。
「……もう、これ以上は……」
治療にあたっていた者が、悔しそうに俯いた。
悠陽は何かを考え込むように俯いた。
そして、ふと思い出した。
ダンジョン。
あの美しい第五十一階層。
そこには、数え切れないほどの貴重な宝石や鉱石が存在していた。
兄ちゃんを生き返らせた、オーロラの石……
もしかしたら。
あの妖精なら、何か知っているかもしれない。
「……っ!」
悠陽は凪の荷物へ駆け寄った。
「……どこだ……」
鞄の中を探り、あるものを探し始める。
「……あった!」
取り出したのは、あの妖精から貰った鍵だ。
悠陽は鍵を空間へ突き出し、扉が開く光景を思い浮かべる。
すると――
何もなかった空間に、一枚の扉が現れた。
悠陽は迷うことなくその扉を開いた。
――第五十一階層
「おぉ。来たか!」
聞き覚えのある声が響いた。
妖精は悠陽の姿を見つけると、嬉しそうに顔を上げた。
「……なぁ」
「なんじゃ?」
「……虹色に光る石って、あるか?」
「……ん?」
妖精は不思議そうに首を傾げた。
「なんじゃ、それは?」
「兄ちゃんが死んだ時に、石に魔力を込めたら虹色に光って、生き返ったんだ!」
悠陽は必死に説明した。
「その石!ここにないか!?」
「……ほぅ」
妖精は顎に手を当て、少し考え込んだ。
「噂で聞いた程度じゃが……このダンジョンでも、その石が生成されることはあるらしい」
「……っ!」
悠陽の目が見開かれた。
「あるんだな!?」
「じゃが、生成される確率は極めて低く――」
妖精が言い終わるよりも早く、悠陽は近くに置かれていたピッケルを手に取った。
そして、奥へ向かって歩き始める。
「こら!人の話は最後まで聞かんか!」
「時間がねぇんだよ!!」
悠陽は振り返り、声を荒らげた。
「今も人が死んでるんだ!!」
「……外の状況は知っておる」
「だったら!!」
「だから止めておるのじゃ!このダンジョンでその石を見つけるのは、ほぼ不可能じゃ。生成される確率があまりにも低すぎる」
「……でも!!」
「それに、たとえ一つ見つけたとしても、助けられるのは一人だけじゃぞ」
「……は?」
悠陽の動きが止まった。
「……一人……?」
「そうじゃ。それに、おぬしがここから戻る頃には、さらに大勢の負傷者や死人が運び込まれているじゃろう」
「……どういうことだよ……」
妖精は小さく息を吐いた。
「わしは初め、ただ痛めつけることが目的なのかと思っておった。じゃが、どうやら違うらしい」
「……違う?」
「あやつらは、人間の臓器や目玉、髪、爪、血肉などを集めておるのじゃ」
「……何のために……?」
「ヴェルゼリオンを召喚するためじゃ」
「……なんだよ、そのベルゼオンって……」
妖精は真剣な表情で悠陽を見つめた。
「ヴェルゼリオン。世界を滅ぼすとされる、最強最悪の魔人じゃ」
「……そうか」
「……ん?」
「……でも、今はそんなこと、どうだっていいんだ」
悠陽は妖精を真っ直ぐ見つめた。
「みんなを生き返らせるために、石がいるんだよ!」
「……あぁ。わかっておる」
妖精は静かに頷いた。
「王都から少し外れたところに、湖があるのは知っておるか?」
「知らね」
「……じゃろうな」
妖精はため息を吐いた。
「まぁよい。その湖の底には、ダンジョンへの入口がある。そこの最下層まで辿り着けば、その石を幾つか手に入れられるはずじゃ」
「……本当か!?」
悠陽の表情が明るくなった。
「ありがとう!!行ってくる!!」
「おい!待たんか!」
「……なんだよ!!」
「だから、話は最後まで聞けと言っておろう!」
妖精は腰に手を当てた。
「そのダンジョンの魔物は、ここの三倍ほど強いと思え。それに、石を手に入れたところで、必ず生き返らせられるとは限らんぞ」
「……どういうことだよ!」
「当たり前じゃろう!」
妖精は声を荒らげた。
「おぬし、兄一人を救うために、どれほど魔力を吸われた?」
「……っ!」
「助ける人数が増えれば、それだけ必要な魔力も増える。おぬし一人で賄える量ではないかもしれん」
「…………」
「それに、遺体の腐敗が進みすぎていても駄目じゃ。仮に生き返らせることができたとしても、死んだ方がましだと思うほどの苦痛を抱えて生きることになるかもしれん」
悠陽は唇を噛み締めた。
「……じゃあ……」
俯いたまま、小さく声を漏らす。
「……どうすりゃいいんだよ……!」
妖精はしばらく悠陽を見つめていた。
そして、静かに口を開いた。
「……遺体を、ここへ連れてこい」
「……え?」
「じゃが、おぬしの仲間だけじゃ」
「……は?」
悠陽は顔を上げた。
「……まだ、何人もいるんだぞ!?」
「おぬし、その者たちとは仲間なのか?」
「……違うけど」
「名前は知っておるのか?」
「……いや……」
悠陽は戸惑いながら答えた。
「名前も知らねぇ。さっき顔を見ただけだ……」
「ならば、助ける必要はなかろう」
妖精は淡々と言い放った。
「おぬしの大切な二人だけを連れてこい」
「……見殺しにするのか!?」
「おぬしは神にでもなりたいのか!」
妖精の声が響いた。
「名前も知らぬ者まで助けて、何になる!おぬしは全てを救えるほど強くはない!」
「……っ!」
悠陽は歯を食いしばった。
「……俺は……!」
拳を強く握り締める。
「俺は、全員救ってみせる!!」
「……いい加減にせんか!!」
妖精もまた、声を荒らげた。
「なぜじゃ!なぜ、そこまでする!?名前も知らぬ者たちじゃろう!?」
「……でも!!」
悠陽は顔を上げた。
「俺は見たんだ!!」
「…………」
「目の前で倒れてる奴らの隣で、泣いてるガキを見たんだ!!」
悠陽の声が震えた。
「なのに、自分の仲間だけ助けて、生き返らせても……」
一瞬、言葉に詰まる。
そして、妖精を真っ直ぐ見つめた。
「…………」
「後味わりーんだよ!!」
妖精はただ、悠陽の顔をじっと見つめて何も言わなかった。
「……本当に……」
やがて、小さく息を吐いた。
「……人間というものは、意味がわからん」
「…………」
「できぬことを、やろうとする。自分に何ができるのかもわからぬくせに……」
妖精は目を閉じた。
しばらくの沈黙が流れる。
そして――
「……はぁ、わかった。遺体は全て運び込んで構わん」
「……っ!」
「ただし!」
妖精は指を立てた。
「ここへ入ってよい生きた人間は、おぬしと、おぬしの仲間二人、それからギルドマスターの四人だけじゃ」
「……四人?」
「そうじゃ。その四人で、全ての遺体を運び込め」
妖精は静かに続けた。
「わしが、腐敗を少しだけ遅らせてやる」
悠陽は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!!」
「……ふん」
妖精は顔を背けた。
「……本当に、無茶な奴じゃ……」
悠陽はすぐさま扉へ駆け寄った。
そして、勢いよく扉を開ける。
「……必ず、戻ってくるからな!」
そう言い残し、悠陽はギルドへと戻っていった。
妖精は、閉じられた扉を静かに見つめていた。
「…………」
小さくため息を吐く。
「……まったく……」
――冒険者ギルド
「悠陽!!」
ギルドへ戻ると、優佑が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どこへ行ってたんだ!!」
「兄ちゃん!ごめん!!」
悠陽は優佑の腕を掴んだ。
「手伝って!!ギルマスと紫苑兄も!!」
「……え?」
「この扉の中に、全員の遺体を運んでくれ!!」
悠陽は背後に現れた扉を指さした。
「……遺体?」
優佑は戸惑ったように眉を寄せた。
「なんで……?」
「話は後でする!!」
悠陽は真剣な表情で答えた。
「今は、時間がないんだ!!」
優佑は一瞬悠陽を見つめて、静かに頷いた。
「……わかった」
その間にも、ギルドには次々と負傷者や遺体が運び込まれていた。
悠陽たちは、床に横たわる人々を慎重に運び始める。
「……やめて!!」
幼い女の子の叫び声が響いた。
「パパをどこへ連れていくの!?」
女の子は、運ばれていく男の身体にしがみついた。
「やだ!!返して!!」
「…………」
悠陽はその場に膝をついた。
そして、女の子と目線を合わせる。
「……大丈夫だ」
「……っ!」
「お前の父ちゃんは、助ける」
悠陽は真っ直ぐに女の子を見つめた。
「だから、今は信じてくれ」
「……ほんと……?」
女の子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
悠陽は力強く頷いた。
「……あぁ」
女の子は暫く悠陽を見つめていたが、やがて手を離した。
「……パパを……お願い……」
「……任せろ」
悠陽は静かに答えた。
その様子を見ていた一人の女が、立ち上がった。
「……私も、手伝います!」
続いて、別の男も声を上げる。
「俺もだ!!」
「私も!!」
次々と人々が集まってきた。
「……あー……」
悠陽は困ったように頬を掻いた。
「ごめん。この扉の番人に、生きてる人間はあまり入れるなって言われてるんだ……」
「……番人?」
人々が不思議そうに顔を見合わせる。
すると、ギルドマスターが一歩前へ出た。
「……すまない。今は、信じてくれ」
ギルドの中に、静かな沈黙が広がった。
悠陽は再び、床に横たわる人々へ視線を向けた。
助けられるかどうかはわからないけど、諦めたくはなかった。




