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第14話 シンデレラの秘恋




「みんな、本当にありがとう。俺ももう少しランクを上げられたら、もっと稼げるんだけどな」


勇雄(いさお)は少し困ったように笑った。


「そういえば先生、今ランクいくつなんすかー?」


紫苑(しおん)が尋ねる。


「俺か?Cランクだよ。君たちは?」


「弟達三人はAランクで、僕らはCランクです」


優佑(ゆうすけ)が答えると、勇雄は驚いたように目を見開いた。


「Aランク!?すごいじゃないか!」


「そういや、ギルマスがランク上げてくれるって言ってたのに、色々ありすぎて忘れてたな」


「あぁ、そうだったね」


紫苑と優佑は笑いながら、顔を見合わせた。


「そうだ、先生!」


「ん?なんだ?」


「俺らとパーティー組んで、ランク上げません?パーティーじゃないと受けられない依頼もあるし。それに、俺らもこいつらに負けたままなのは悔しいんですよね!」


紫苑はそう言って、悠陽(はるひ)達へ視線を向けた。


「そうだね。武器が出来上がるまでは王都にいるつもりですし、どうですか?先生」


「いいのか!?」


勇雄の表情がぱっと明るくなった。


「もちろんです!」


「それなら、お言葉に甘えさせてもらうよ!」


話がまとまると、優佑は悠陽たちへ顔を向けた。


「お前たち、三人だけでも平気か?」


「だいじょーぶ!!」


悠陽が元気よく答える。


「大丈夫だよ。僕もいるしね」


「それもそうだな。凪(なぎさ)と美稀(みずき)ちゃんがいれば安心か」


優佑は納得したように微笑むと、勇雄へ向き直った。


「それじゃあ先生、明日からでも大丈夫ですか?」


「あぁ!もちろんだ!」


「では、明日冒険者ギルドで待ち合わせしましょう」


「わかった。本当にありがとう!」


勇雄は嬉しそうに笑った。




それからしばらく話をした後、悠陽達は先生達と別れた。

気づけば、辺りはすっかり夕暮れ時になっていた。


「……あっ!」


悠陽が何かを思い出したように声を上げた。


「鍛冶屋!!」


「あぁ……すっかり忘れてたな」


「もう日も暮れそうだし、今日はやめておこうか」


凪が地図を畳みながら言った。


「そうだね。明日行こう!」


「うん!」


こうして悠陽達は鍛冶屋へ行くのを翌日に延期し、公爵様と約束していた店へと向かった。





「……着きました!多分、ここです!」


美稀が地図と目の前の建物を見比べながら声を上げた。

そこには、立派な外観の飲食店が建っていた。

入口には美しい装飾が施され、窓からは温かな明かりが漏れている。


「なんか、僕たち場違いじゃない? 大丈夫かな……」


紫苑も自分たちの服装を見下ろした。


「……確かに」




「おー!来たか、君たち!」


店の入口から、公爵様が姿を現した。


「公爵様!」


「ははは!そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。個室を用意してもらったから、服装も気にしなくていい」


「よかったぁ……」


凪がほっと胸を撫で下ろす。

すると、公爵様は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「それと……すまないね。実は、王様がどうしても一緒に来ると言って聞かなくてね」


「……え?」


「急遽、王様も同席することになったんだが……構わないかな?」


「……王様!?」


紫苑が驚いた声を上げる。


「王様って、校長と将棋してる人!?」


「あぁ、そうだよ」


「大丈夫!!」


悠陽が元気よく答えると、公爵は安心したように微笑んだ。


「ありがとう。それじゃあ、行こうか」


公爵に案内され、悠陽達は店の奥へと進んだ。

案内された部屋の前には、二人の兵士が立っていた。


扉が開かれると、室内にも数人の兵士が控えているのが見える。

国王様を護衛するためなのだろう。


「おぉ!来たか!」


部屋の奥から、威勢のいい声が響いた。

そこには、立派な衣服を身に纏った男性が座っていた。

この国の国王だ。


「さぁ、みんな。遠慮せずに食べてくれ」


国王様が笑顔で促す。

しかし、悠陽達が席に着くことを躊躇していると、そんな様子を見た国王様は、豪快に笑い始めた。


「ははははっ!!今夜は非公式の食事会だ!そんな堅苦しいことは気にせず、楽にしてくれ!」


「……っ!」


悠陽がぱっと顔を上げた。


「ありがとうございます!!」


国王様の言葉に安心し、それぞれ席に着いた。


「いただきまーす!!」


悠陽の元気な声とともに、賑やかな食事会が始まった。

テーブルには、見たこともない料理が次々と運ばれてくる。


悠陽達は料理を楽しみながら、王都での出来事やこれまでの旅について話した。


楽しい時間はあっという間に過ぎていった。





「いやぁ!今日は楽しかった!」


店の外へ出ると、国王様が満足そうに笑った。


「こちらこそ、ありがとうございました!」


優佑が頭を下げる。


「うむ!また一緒に食事をしたいものだな!」


国王様はそう言い残すと、護衛の兵士たちとともに馬車へ乗り込み、王城へと帰っていった。


「さて、君たちもそろそろ……」


公爵様が口を開いた、その時美稀が突然、顔色を変えた。


「……っ!」


「……美稀ちゃん?」


紫苑が不思議そうに首を傾げる。

美稀は何も答えず、紫苑の背後へと身を隠した。

そして、落ち着かない様子で前髪を触り始めた。


「……おぉ?どうした?」


「美稀さん?顔色悪いよ。大丈夫?」


凪も心配そうに声をかける。

その様子を見た公爵様は、すぐに執事へ顔を向けた。


「……急いで馬車を回してくれ」


「かしこまりました」


執事は一礼すると、足早にその場を離れた。




「……あれぇ?」


背後から、甲高い声が聞こえてきた。


「悠陽くぅん!」


「……ん?」


悠陽が振り返る。

そこには、見覚えのある少女が立っていた。


「きゃーっ!!やっぱり悠陽くんだぁー!!」


少女は嬉しそうに駆け寄ってきた。


「それに、優佑さんと紫苑さんまでぇ!!」


「……あぁ、君か」


紫苑が少し困ったように笑った。


「……メガネもいたんだ」


少女は凪を見ると、先ほどまでの明るい声とは打って変わって、冷たく言い放った。


「……久しぶり」


凪は特に気にした様子もなく答えた。


「ねぇ、悠陽くん!こんなところで何してるのぉ?」


「ご飯食べてた!」


「えぇ!そうなんだぁ!」


少女は楽しそうに笑った。


「私も悠陽くんたちに会えて嬉しいんだけどぉ……今日はもう時間がないの」


「そうなんだ」


「ねぇ、明日お時間あるぅ?一緒に遊ばない?」


「明日は無理ー!」


悠陽があっさりと答えた。


「僕たちも明日は用事があるんだ。ごめんね」


優佑も申し訳なさそうに微笑んだ。


「えぇーー!ショックぅ!」


少女は大袈裟に肩を落とした。


「でも、まだ王都にはいるんですよねぇ?」


「うん!」


「じゃあ、また会いに来まぁす❤︎」


そう言って笑った少女だったが、ふと紫苑の背後に隠れている美稀に気がついた。


「……あれ?」


美稀を見た瞬間に表情が変わった。


「……美稀?」


「……っ!」


美稀の肩がびくりと跳ねた。


「なんであんたが悠陽くんたちと一緒にいるの?」


「…………」


「ちょっと!聞いてるんだけど!」


少女が一歩踏み出すと、遠くから、誰かを呼ぶ男性の声が聞こえてきた。


「……あっ!」


少女は慌てて振り返った。


「もう!こんなところまで探しに来なくてもいいのにぃ!」


そして、悠陽達へ笑顔を向けた。


「それじゃあ、またねぇ❤︎」


少女はそそくさとその場を離れていった。


「…………」


美稀は俯いたまま、何も言わなかった。


「……俺、あの子苦手だなぁ」


紫苑が小さく呟いた。


「大丈夫か?美稀ちゃん、凪」


「僕は慣れてるから大丈夫だよ」


紫苑が心配そうに聞くと、凪は苦笑した。


「……私も、大丈夫です」


美稀も顔を上げ、無理に笑顔を作った。

その顔は青白く、笑みもどこか引きつっていた。


「……美稀ちゃん」




「君たち、馬車が来たよ」


公爵様が静かに声をかけた。


「さぁ、乗りなさい。屋敷へ帰ろう」


公爵様は美稀へ優しく微笑んだ。


「今日はゆっくり休むといい」


「……はい。ありがとうございます」


美稀は小さく頭を下げた。


その後、悠陽たちは公爵様の屋敷へと向かった。

用意された客室でそれぞれ身体を休め、夜は静かに更けた。





――翌朝


まだ日も昇らない、薄暗い時間、悠陽はふと目を覚ました。


「……んー……」


大きく伸びをして、窓の外を眺める。

空はまだ暗く、屋敷の中も静まり返っていた。


「……散歩しよっかな」


悠陽は身支度を整えると、部屋を抜け出した。

屋敷の庭園には、花が植えられ、手入れされた木々が並んでいた。


「……すっげぇ、綺麗……」


悠陽がのんびりと庭を歩いていると、どこからか何かの音が聞こえてきた。


「……ん?」


耳を澄ませる。

弦を弾くような、澄んだ音だった。


「……なんだろ?」


悠陽は音のする方へと歩いていった。

やがて、庭園の一角に一人の少女の姿を見つけた。


「……あっ!」


そこには美稀がいた。

美稀は椅子に腰掛け、ライアーを奏でていた。

細い指先が弦に触れるたび、優しく美しい音が庭園に響き渡る。


悠陽は演奏が終わると、美稀に声をかけた。


「……うまいね!」


「……っ!?」


美稀が驚いて振り返った。


「悠陽君!?」


「おはよー!」


「お、おはようございます……!」


美稀は慌てて立ち上がった。


「ごめんなさい!もしかして、起こしてしまいましたか!?」


「ううん!散歩してたら偶然聞こえてきたんだ!」


「……そうですか」


美稀はほっとしたように微笑んだ。


「そういや、美稀と二人で話すのって久しぶりだな!」


「……っ!」


美稀は驚いたように目を見開いた。


「……覚えているんですか?」


「ん?」


「……私と、初めてお話しした時のこと……」


「あぁ!体育祭の時だろ?」


「……!」


「体育倉庫でサボってたじゃん!」


「……はい」


美稀は少し照れくさそうに微笑んだ。


「悠陽君は、もう覚えていないと思っていました」


「そう? 俺、結構記憶力いいよ!」


「……ふふっ。意外です」


「えぇ!?ひどくない!?」


二人は顔を見合わせて笑った。


「それにしても、相変わらず楽器うまいなぁ!」


「……ありがとうございます」


美稀は嬉しそうに目を細めた。


「……ふふ。嬉しいです」


悠陽はふと、昨夜の美稀の様子を思い出した。


「そういえばさ……」


「はい?」


「昨日、大丈夫だったか?」


「……え?」


「顔色悪かったじゃん」


「…………」


「なんかあったなら、何でも言えよ!俺でよかったら話くらいは聞けるからさ!」


「……っ!」


美稀の目が大きく見開かれた。

そして、みるみるうちに涙が溜まっていく。


「……えっ!?」


悠陽は慌てた。


「あっ!ご、ごめん!!嫌だったら言わなくていいから!!」


「……違うんです……!」


美稀は涙を拭いながら、首を横に振った。


「……嬉しくて……ありがとうございます」


美稀は小さく微笑んだ。


「……少し、長くなってしまうかもしれませんが……聞いてくれますか?」


「……おう!」


悠陽は笑顔で頷いた。美稀はゆっくりと息を吸った。

そして、静かに語り始めた。



「……私が、まだ幼稚園に通っていた頃のことです」





「……ある日、幼稚園でパパとママの絵を描いたんです。一生懸命描いた絵でした。だから、帰ってすぐに両親へ見せたんです」


「……うん」


「……そしたら……目の前で、ビリビリに破かれて……捨てられました」


「……え?」


美稀は寂しそうに笑った。


「ただ、すごく悲しかったことだけは覚えています」



「小学校に上がると、今度は兄と比べられるようになりました。兄は、何をやってもすぐにできてしまう人でした。お勉強も、運動も……何でも」


「でも、私は違いました。どんなに頑張っても、兄のようにはできなくて……」


「…………」


「両親は、そんな私にはほとんど関心を向けてくれませんでした……寂しかったんです。悔しかった……」


「……美稀……」


「だから、何か一つでも兄より得意なことを見つけたくて、色んなことに挑戦しました」


美稀は机に置いたライアーに触れる。


「……兄は楽器だけは苦手だったんです。これなら、私も兄に勝てるかもしれないって……色んな楽器に触れて、毎日、何時間も練習しました」


「……すげぇじゃん!」


「……ふふ。ありがとうございます」


美稀は嬉しそうに笑った。


「……でも、どんなに上手になっても、両親は褒めてくれませんでした」


「…………」


「小学校の高学年になる頃、周りの女の子たちがおしゃれをするようになって……私も、少しだけ見た目を気にするようになったんです」


美稀は自分の髪にそっと触れた。


「それまでかけていた眼鏡を外して、三つ編みもやめました。肌のお手入れをして、髪も丁寧に梳かして……そうして学校へ行ったら、周りの反応が変わったんです」


美稀は遠くを見つめた。


「みんなが、私を褒めてくれるようになりました……すごく嬉しかったんです。それまで誰にも褒めてもらえなかったから……嬉しくて、嬉しくて……周りが見えなくなっていました」


「……でも、中学生になってから、全部変わってしまったんです。仲のよかった友達とクラスが離れてしまって、一人で休み時間を過ごしていた時でした」


「……昨日、会った女の子……玲奈さんが声をかけてくれたんです」


美稀は俯いて話を続けた。


「二人で一緒にご飯を食べようって……嬉しかったんです。新しいお友達ができると思って……でも、ついていった先には、何人か女の子がいて……」


美稀の声が、小さく震え始めた。


「……『あんた、調子に乗ってるよね』……『少し顔がいいからって、ちやほやされてさ。人気者気取り?』」



「……それから、私はいじめられるようになりました」


悠陽は何も言わず、話を聞いていた。


「最初は悪口だけだったんです。でも、どんどんひどくなって……」


美稀の目に涙が浮かんだ。


「トイレで水をかけられたり……服を……いえ。写真を撮られたり……トイレの水に、顔をつけられたこともありました」


「家に帰っても、誰も私を見てくれなくて……学校にも、家にも、居場所がありませんでした。やり返す勇気もなくて……見返すこともできなくて……悔しかったんです」


「……そんな時でした」


「体育祭の日、私、途中で抜け出して……体育倉庫でサボっていたんです」


美稀は嬉しそうに微笑んだ。


「……あの日、私に声をかけてくれた男の子がいました」




「その人は、私が昔眼鏡をかけていたことまで覚えていて……体育倉庫で二人並んで少しお話をしました。その時に……『眼鏡かけても綺麗なやつは、外しても綺麗なんだな』……『お前、手とかすげぇ綺麗じゃん。なんかやってんの?』って……」


「……その時、初めて……私自身を見てもらえた気がしたんです」



「私のことを、ちゃんと覚えていてくれた。私が頑張ってきたことにも、気づいてくれた……」


「……それが、本当に嬉しかったんです」



「……そして、その日初めて……恋をしました」



「こんなことで好きになるなんて、みんなは言うかもしれません。でも、私にとっては……特別だったんです」


「それから私は、その人に釣り合うような女の子になりたくて……堂々と隣に立てるようになりたくて……もっと自分磨きをしました」


「……いじめが終わることも、両親が私を愛してくれることも、ありませんでした」



「……そして、私たちはこの世界へ来ました。友達もいなかった私は、一人でこの世界を歩きました」


「怖くて……寂しくて……ずっと下を向いて歩いていました」


「……でも、そんな時……その人が、いたんです」


「初めて私に勇気をくれた人。初めて恋を教えてくれた人が……居たんです」


「……今度こそ、勇気を出そうって思いました。この世界に来て、人生をやり直すような気持ちで……その人の役に立ちたいと思って、声をかけました」


「……それから、一緒に冒険することになって……毎日が、本当に楽しかったんです。こんな気持ちになったのは、初めてでした」



「……でも、昨日…………玲奈さんと、再会してしまって……楽しくて、忘れかけていたことを……色々と思い出してしまいました」



「……それで、眠れなくて……」



「……楽器を弾いて、気持ちを落ち着かせていたんです」


美稀はゆっくりと悠陽の顔を見つめた。


「……また、その人に会えました」


悠陽はしばらく美稀を見つめていた。

そして、何かに気づいたように目を見開いた。


「……それって……」


美稀は、優しく微笑んだ。


「……悠陽君だよ」




その瞬間


庭園の向こうから、朝日が昇り始めた。

柔らかな光が美稀を照らし、頬に残った涙をきらきらと輝かせる。

美稀は少し照れくさそうに笑った。



「……悠陽君は、私のヒーローなんです」



「……いつも、私を暗闇から引き上げてくれる」


悠陽は驚いたように美稀を見つめていた。


「……あ……えっと……」


悠陽の頬が、少し赤くなる。


「……ごめん。気づかなくて……」


「……ふふ」


美稀は小さく首を横に振った。


「……いいんです。私、言うつもりはありませんでしたから」


「……え?」


「今、みんなで旅をしているのが……本当に楽しくて……」


美稀は笑おうとしたけれど、うまく笑えなかった。


「……この関係を、壊したくなかったんです」


「…………」


「……でも、一緒にいればいるほど……どんどん、好きになってしまって……」


美稀の目から涙が溢れ出した。


「……いつか、辛くなるって……わかっていたのに……」


「……美稀……」


「……ごめんなさい」


美稀は涙を拭った。

悠陽は慌てて首を横に振った。


「えっ!?いや!俺もごめん気付かなくて!」


「…………」


「……その……」


悠陽は少し照れくさそうに頬を掻いた。




悠陽は困ったように笑った。

美稀はしばらく、その顔を見つめていた。


そして、涙を浮かべたまま、静かに微笑んだ。


「……悠陽君」


「……ん?」


「……だいすきだよ」


その笑顔は、どこか苦しそうに見えた。

美稀はそっと手を伸ばして、悠陽の額に指先を当てた。


「……え?」


ツンッ。


指先が触れた瞬間、悠陽の額に淡い光が灯った。


「……美稀……?」


悠陽の瞼が、ゆっくりと閉じていく。


身体から力が抜けた。

美稀は倒れそうになった悠陽を、そっと受け止めた。


「……おやすみなさい、悠陽君」


悠陽はそのまま、静かに眠りについた。





――美稀――


これは、記憶を消したり、書き換えたりすることのできる魔法。

私は、悠陽君の記憶を消した。


庭園で私と出会い、二人で話したこと。

私の過去も、初恋のことも。


そして、私が悠陽君に告白したことも。


……全部。


「…………」


眠っている悠陽君の顔を見つめる。


「この気持ちは、しまっておくんだ……」


……この気持ちは、私の胸の中にしまっておかなければいけない。


だって、今が本当に幸せだから。

悠陽君がいて、凪君がいて、優佑さんと紫苑さんがいて。


みんなで笑って、冒険して。

そんな毎日が、私にとって何よりも大切だから。


……壊したくない。


「……私の気持ちは……邪魔になるから……」


涙が止まらなかった。

眠る悠陽君をそっと椅子に座らせ、魔法で身体を支える。


悠陽君は、何も知らない。

今までどおり。


私はその場を離れた。

涙で視界が歪んで、足元が見えなくなった。


自分の部屋へ入り、静かに扉を閉める。


ベッドに腰を下ろすと、私は自分のステータスを開いた。

目の前に、淡い光の文字が浮かび上がる。



―スキル―


【隠蔽】 【記憶操作】


――



「…………」


私はその文字を、ただ見つめていた。


……こんな力、使いたくなかった。


でも、これでいい。

これで、また明日からも今までどおり、みんなと笑っていられる。


「……っ……うぅ……」


堪えていた涙が、一気に溢れ出した。

私はベッドに顔を埋めた。


声を押し殺して、泣いた。


……明日も、悠陽君の隣で笑えるように。




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