第11話 クソトカゲ
「よーし!頑張るぞっ!!」
悠陽は気合いを入れるように拳を握って頭上に振り上げた。
目の前には、巨大なドラゴンの群れ。
その圧倒的な巨体を前にして、悠陽の瞳は好奇心と興奮で輝いていた。
「悠陽!あんまり一人で突っ込みすぎないでよ!!」
「わかってるって!!」
凪の忠告に元気よく返事をすると、悠陽は弓を構えた。
美稀が後方で回復を担当し、優佑と紫苑が美稀を守りながら攻撃する。
ギルドマスターはその大柄な体格に反して遠距離攻撃にも長けているらしく、凪も補助魔法を使いながら攻撃に参加した。
そして、攻撃の中心となるのが悠陽だ。
「いっくぞーー!!」
悠陽が弓を引き絞ると、魔力によって生み出された矢が次々と放たれた。
大量の矢が空に浮かび、一直線に飛んでいった。矢がドラゴンの身体に突き刺さる。
「よしっ!」
悠陽はすぐ弓を銃へと持ち替える。
乾いた発砲音が響き、魔力で生成された弾丸がドラゴンへ向かって撃ち込まれる。
「おおっ!やるじゃねぇか!!ハルヒ!!」
ギルドマスターが声を上げた。
凪の補助魔法で悠陽の攻撃力はさらに高くなっていた。六人は連携しながら順調にドラゴンを倒していく。
しかし、その時。
「――っ!後ろ!!」
突然、背後から凄まじい咆哮が響いた。
振り返ると、そこには全身を真紅の鱗で覆われたレッドドラゴンがいた。
大きく開かれた口の奥に、炎が集まっていく。
「美稀!!」
攻撃に気づいた時には、すでに遅く……
轟音とともに炎が放たれ、凄まじい衝撃が後方を襲った。
「きゃあぁっ!!」
美稀の身体が吹き飛ばされる。
「美稀ちゃん!!」
「くそっ!!」
優佑と紫苑がすぐさま駆け出した。
紫苑がレッドドラゴンの注意を引きつけ、その隙に優佑が懐へ飛び込む。
鋭い爪が振り下ろされる。
優佑は間一髪で攻撃をかわし、剣を振り抜いた。
続けて紫苑が反対側から攻撃を仕掛ける。
二人は互いの動きに合わせながら攻撃を重ね、レッドドラゴンを倒した。
「はぁ……はぁ……やったか……!」
紫苑が息を整える。
しかし、安堵したのも束の間。
――グルルルル……。
低く、不気味な唸り声が響いた。
「……なんだ?」
悠陽が空を見上げる。
そこには、先ほどまでのドラゴンとは明らかに異なる、漆黒の鱗を持つ巨大なドラゴンがいた。
そして、その背には一人の男が立っていた。
「ほう……なかなかやるではないか、わっぱ共!」
男は愉快そうに笑った。
その姿を見たギルドマスターの表情が険しくなる。
「……魔族か」
「ほう?」
「ドラゴンが群れで行動するなんておかしいと思ったんだ。お前が引き連れてきたのか!」
「なかなかいい線をいっておるぞ、小僧。じゃが、わしは別にドラゴンを従えてきたわけではない。たまたま居合わせただけじゃ!」
「信用できるか!!」
「ふん。別に構わんわ。信用せずともな」
男は興味を失ったように視線を逸らした。
しかし、次の瞬間。その目が、凪の姿を捉えた。
「……ほう」
男の口元が、不気味に歪む。
「おい、ドラゴンよ。あのわっぱが欲しいのう。杖を持っておる、あのわっぱじゃ」
「……っ!!」
凪が息を呑んだ。
その言葉を聞いた瞬間、悠陽とギルドマスターが凪の前へ飛び出した。
「なんじゃ、おぬしら。わしに歯向かうつもりか?」
男はゆっくりとドラゴンの背から降り立った。
「よかろう。ならば、わしが相手をしてやろう」
「二人とも後ろへ下がれ!!」
ギルドマスターが叫んだ。
「遅いわ!」
次の瞬間、悠陽の視界が真っ赤に染まった。
「――っ!?」
何が起きたのか……
凄まじい衝撃音が響き、ギルドマスターが後方へと吹き飛ばされる。
「ギルマス!!」
地面に倒れたギルドマスターは腹部を貫かれていた。
大量の血が流れ出している。
「……う、そ……」
悠陽は思わず息を呑んだ。
美稀はまだ意識を失ったままで、今すぐ治療することもできない。
―俺が、なんとかしないと。
悠陽は剣を握り締め、魔族の男へ向き直った。
「ほう。おぬしはなかなかやるようじゃの」
男は悠陽を見下ろした。
「じゃが、まだまだ修行も経験も足りておらん」
「……うるさい!!」
悠陽は地面を蹴った。
一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。
しかし男は軽く身体を傾けただけで、その一撃をかわした。
「遅いのう」
「っ!!」
悠陽はすぐさま剣を切り返す。
何度も攻撃を繰り出すが、男には一度も届かない。
「おぬしは、弱いのう」
「……っ!!」
「いや、違うか」
男は悠陽の剣を見つめ、何かに気づいたように笑った。
「おぬし……わしを殺す気がないじゃろ?」
悠陽の動きが一瞬止まった。
「やはりのう」
男は愉快そうに笑った。
「潜在能力だけで言えば、わしはおぬしには敵わんじゃろう。じゃがな、おぬしにはわしを殺す気がない」
男は目を細めて不敵に笑う。
「じゃから、負けるんじゃ」
ドゴォォンッ!!
「がはっ!!」
強烈な一撃が悠陽の身体を捉えた。
身体が宙を舞い、背後の木へと叩きつけられる。
衝撃で幹が大きく軋み、悠陽はそのまま地面へ崩れ落ちた。
「う……ぅ……」
額から流れた血が、頬を伝う。
視界がぼやけ、目の前の景色が二重に見えた。
「悠陽!」
「悠陽!!」
優佑と凪の悲鳴が響く。
それでも悠陽は、震える腕で身体を支えた。
「……まだ……」
ゆっくりと立ち上がり、再び剣を構える。
「ほう。まだ立つか」
「……お前を……倒す……!」
悠陽は再び魔族へと斬りかかった。
男はその攻撃をかわしながら、呆れたように口を開いた。
「おぬし、その剣でいつまで戦うつもりじゃ?」
「お前を倒すまで!!」
「……はっ!」
男は鼻で笑った。
「その刃のない剣で、どうやってわしを倒すんじゃ!!」
「……っ!」
悠陽は黙って男を見つめた。
その言葉を聞いた優佑が、はっと目を見開く。
悠陽は何度吹き飛ばされても立ち上がり、剣を振るい続けた。
攻撃は男に届かない。
ドゴォンッ!!
再び悠陽の身体が地面へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「おぬし、しつこいぞ!!」
男が苛立った声を上げた。
「いい加減にせんか!!おぬしではわしを倒せんと言っておろうが!!」
悠陽は荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。
「……はい、そうですかって……」
「……?」
「引き下がれるわけ……ないだろ……!」
剣を地面に突き立て、身体を起こす。
「まだ……お前がここにいんだから……!」
「……っ!」
男はしばらく悠陽を見つめていたが、やがて大きくため息をついた。
「……はぁ。面倒じゃ」
そして、漆黒のドラゴンへと振り返る。
「ドラゴンよ。そこのわっぱを連れて引き上げるぞ」
「……っ!待て……!」
悠陽が駆け出そうとした瞬間。
「しつこい」
「がはっ!!」
腹部に衝撃が走った。
悠陽は地面へ倒れ込み、激しく咳き込んだ。
剣を握る手だけは離さなかった。
「……まだ……!」
再び立ち上がり、男へと向かう。
「おぬしは……本当に惜しいのう」
男は呆れたように首を振った。
「わしを倒せるだけの力を持っておるというのに……。じゃが、これ以上邪魔をするというのなら、おぬし――」
その言葉が途切れて、「がはっ!?」と男の口から血が溢れた。
「……え?」
悠陽は目を見開いた。
男の胸元から、剣が突き出していた。
「……兄ちゃん?」
その背後に立っていたのは、優佑だった。
「お前ができないなら、俺がやってやる。……頼れって言っただろ」
「……兄ちゃん……」
悠陽は呆然と兄を見つめた。
しかし――
「……ぐ、ぐぐぐ……!」
男の身体が不気味に震え始めた。
「……っ!?」
優佑が剣を引き抜こうとした瞬間、男が奇声を上げて、凄まじい衝撃波が周囲へ広がる。
「グァアアアアッ!!」
「うわっ!!」
「ぐっ!!」
優佑と悠陽はまとめて後方へ吹き飛ばされた。
男は身体から剣を引き抜くと、地面へ叩きつけた。
そして、血に濡れた口元を歪め、悠陽へ向かってニヤリと笑った。
「……っ!!」
「凪……!」
悠陽はぼやける視界で、必死に凪の姿を探した。
「凪!!」
「悠陽!!」
頭上から声が聞こえた。
悠陽が空を見上げると、そこには漆黒のドラゴンに捕らえられた凪の姿があった。
「……あ……」
その瞬間。
悠陽の中で、何かが切れた。
ドクンッ!!
心臓が大きく脈打つ。
全身の血液が、凄まじい勢いで流れ始めたような感覚。
身体の奥から、焼けつくような熱が込み上げてくる。
キィィン――、と激しい耳鳴りが響いた。
「……っ……!」
視界が赤く染まった。
目から、鼻から、耳から。
そして口元からも、血が流れ出した。
「……おい!!まずいぞ!!」
倒れていたギルドマスターが、異変に気づいて叫んだ。
「誰か!!ハルヒを止めろ!!」
「……っ!悠陽!!」
優佑はふらつく足で弟のもとへ駆け寄ろうとした。
だが、その瞬間――
ブワッ!!と生暖かい風が吹いた。
「……え?」
次の瞬間、周囲の景色が消えた。
木々が根元から抉り取られ、地面が大きく削り取られていく。
まるで凄まじい炎に焼き尽くされたかのように、周囲の草木も土も跡形もなく消え去っていた。
「な……なんじゃ……!?」
魔族の男が驚愕の声を上げる。
その直後。
「ぐあああっ!!」
男の目、鼻、耳、口から、一斉に血が噴き出した。
漆黒のドラゴンも苦しげに身体を揺らし、その鱗が何枚も剥がれ落ちる。
そんな中、悠陽はゆっくりと顔を上げた。
血に濡れた顔には、先ほどまでの必死な表情は無く、ただ静かに、漆黒のドラゴンを見据えていた。
「……おい」
悠陽が口を開いた。
「クソトカゲ」
その声は、不気味なほど静かだった。
「凪を置いていけ」
ドラゴンの身体がびくりと震えた。
そして、ドラゴンは掴んでいた凪を放し、逃げるようにどこかへ飛び去った。
「えっ!?ちょっ、待って待って!!」
凪が悲鳴を上げる。
「ここから落とさないでぇぇ!!」
「……っ!」
悠陽の姿が一瞬で消え、次の瞬間には、落下する凪のもとへ移動していた。
「わっ!!」
悠陽は凪の身体をしっかりと受け止めた。
「……悠陽……?」
凪が顔を上げる。その瞬間、息を呑んだ。
悠陽の顔は血に濡れていた。
目からも、鼻からも、耳からも。口元からも血が流れ続けている。
「悠陽……!?おい、悠陽!!」
「……凪……」
悠陽は凪の無事を確かめるように、その顔を見つめた。
「……よかっ……」
「……っ!?」
「ゲホッ!ゲホッ!!」
突然、悠陽が激しく咳き込んだ。
口から大量の血が溢れ出す。
「悠陽!!」
凪が叫ぶ。
凪を助けられたことで、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか。
悠陽の身体から、ふっと力が抜けた。
「……悠陽?」
凪を抱えたままその場に座りこみ、悠陽は意識を失った。




