第10話 あどけない冒険者
兵士に案内されて部屋へ入ると、そこには風格のある貴族の男性と、がっしりとした体格の男性がソファにどっしりと腰を下ろしていた。
「失礼します。兵士の方に案内されて参りました」
凪が代表して挨拶をすると、貴族の男性が穏やかな笑みを浮かべた。
「君達がハルヒ君一行だね?」
「はい」
五人は部屋の入口に立ったまま、どうすれば良いのか分からずに、立ち尽くしていた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。作法も気にしなくていい。さあ、座りなさい」
「では、お言葉に甘えて……」
凪がそう答えると、五人は用意されたソファへと腰を下ろした。
三人掛けの大きなソファには、優佑、悠陽、凪の順に座り、その両脇に置かれた一人掛けのソファには、優佑側に紫苑、凪側に美稀が座った。
悠陽は初めて対面する高位の貴族を前に、すっかり緊張して身体を強張らせていた。
その様子を見たギルドマスターと思われる大柄な男が、豪快に笑い出した。
「ワッハッハ!そんなに緊張しなくていいぞ!」
「は、はい……!」
「よかったら食事も楽しんでくれ。食べながら話をしようじゃないか。この店の料理はどれも実に美味しくてね」
公爵に勧められ、五人はテーブルに並べられた料理へと手を伸ばした。
初めこそ遠慮がちだったけれど、少しずつ食事を楽しみ始めた頃、ギルドマスターが口を開いた。
「いやぁ、聞いたぞ。アゼルの街でのこと!」
「……?」
悠陽が不思議そうに首を傾げると、隣に座っていた優佑がすっと姿勢を正した。
「その件に関しては、兄である私が弟を止めなかったことに責任があります。どうか弟を責めないでいただけませんか」
そう言って、優佑はギルドマスターを鋭く睨んだ。
「いやいや!すまんすまん!言葉が足りなかったな!」
ギルドマスターは慌てて両手を振った。
「君達のおかげで組織の壊滅に大きく近づいたんだ!アジトは消滅、裏切り者達も排除できた!感謝こそすれ、責めるなんてとんでもない!」
「……え?」
予想外の言葉に、優佑は目を丸くした。
「やり方はどうであれ、君達のおかげで我が国を陥れようとしていた組織の構成員を、半数近く捕らえることができた。礼を言わせてほしい」
公爵も穏やかに頭を下げた。
「いやぁ、まさかあの街の領主まで組織と繋がっていたとはな!なかなか証拠が掴めなくて困っていたんだ。だが、お前達のおかげで捕まえた連中から証言が取れてな。
ようやく領主の屋敷にも調査に入ることができたんだ!ありがとよ!」
「い、いや……それはたまたまなので、な?」
悠陽は隣の凪へ視線を向けた。
「そうですよ。僕達もそんな組織だったとは知りませんでしたし、お二人が頭を下げるようなことではありません」
「それでも、君達が街の人々や兵士達を助けてくれたことに変わりはないだろう?」
公爵は優しく微笑んだ。
「救助活動だけでなく、回復魔法で負傷者の治療までしてくれたそうだね。それに、当分は食糧に困らないほどの物資まで譲ってくれたと聞いている。感謝してもしきれないよ」
「お前達のおかげで死者も少なく済んだんだ!何か欲しいものはないか!?」
ギルドマスターが身を乗り出した。
「そうだね。君達の望むものを、できる限り用意させてもらおう。何かあるかい?」
「欲しいもの……うーーん……うーん……」
悠陽は腕を組んで真剣に考え込んだ。
すると、隣から優佑が嬉しそうに顔を覗き込んできた。
「弟よ!お兄ちゃんなら、いつでも可愛い弟のものになる準備はできてるよ〜♪」
「いらない」
優佑のいつものウザ絡みに、悠陽は即答した。
「みんなは何かある?」
「特にないかな」
「今って言われても、思い浮かばねぇなぁ」
「お前ら、謙虚だな!!」
ギルドマスターが再び豪快に笑った。
「もっとこう、グイグイ来いよ!欲はないのか!?金が欲しいとか、屋敷が欲しいとか、地位が欲しいとか!あとは女が欲しいとかな!」
「そういうのは特に……」
「そうだよなぁ……」
悠陽はしばらく考えていたが、ふと目の前の料理に視線を落とした。
「あっ!!」
突然声を上げた悠陽に、全員の視線が集まる。
「今すぐでもいいの!?」
「あぁ。叶えられるものなら、今すぐにでも手配しよう」
「!!あの!このピザ?みたいなの、二つ追加してもいいですか!?美味しくて……!」
公爵は一瞬きょとんとした後、声を上げて笑った。
「ははは!もちろんいいとも!いくらでも追加しなさい。君達も遠慮せずにたくさん食べてくれ。代金は私が出すから、何も気にしなくていいよ」
「やったーー!!ありがとうございます!!」
悠陽は満面の笑みを浮かべた。
その様子を見て、ギルドマスターが小さく笑う。
「飯を追加していいってわかった途端、一番嬉しそうな顔しやがったな」
「そうだね……」
公爵は嬉しそうに料理を頬張る悠陽を見つめた。
「私達は今、こんな幼い子供達に頼み事をしようとしているんだよ……」
「ああ……」
二人は静かに顔を見合わせた。
それからしばらくして、五人はすっかり満腹になるまで食事を楽しんだ。
「久しぶりにこんなに美味しいものを食べたね」
「ああ……でも、ちょっと調子に乗って食べすぎた……」
悠陽は膨れたお腹をさすった。
「お兄ちゃん、悠陽が幸せそうで嬉しいよ〜❤︎」
「本当に美味しかったです!」
「いやぁ、満腹だなぁ!」
そんな五人の様子を見て、公爵は満足そうに微笑んだ。
「それはよかった。さて……実は君達にお願いがあるんだけれど、聞いてくれるかい?」
「はい!」
悠陽は迷うことなく元気よく返事をした。
「あっ!ちょっと、悠陽……!」
「悠陽!?」
凪と優佑が慌てて声を上げた。
紫苑と美稀は苦笑いを浮かべていた。
「よかった。ありがとう」
公爵は嬉しそうに微笑むと、ギルドマスターへ視線を向けた。
「ここからは俺が話そう」
先ほどまでの陽気な雰囲気とは打って変わり、ギルドマスターは真剣な表情になった。
「数日前のことなんだが、この街の近くにある山に、ドラゴンの群れが現れた」
「ドラゴンの……群れ、ですか?」
凪が聞き返した。
「ああ。基本的にドラゴンが群れで行動することは珍しい。が、ごく稀に群れを成すことがあるんだ」
ギルドマスターは腕を組んで、話を続ける。
「ドラゴンは一体倒すだけでも、Aランク冒険者が何人も必要になるほどの強力な魔獣だ」
「そんなに強いんですか……」
「ああ。しかも、今この街にはAランク以上の冒険者や、ドラゴンとまともに戦える者が、俺と公爵以外にいないんだ」
ギルドマスターは険しい表情を浮かべる。
「だからといって、公爵を討伐に連れ出すわけにもいかん。それに、あの数を相手に俺一人では、一体倒せるかどうかも怪しい」
ギルドマスターは、五人を真っ直ぐに見つめた。
「そこで、お前達に頼みたいんだ。すでに周辺の森では被害が出始めている。このまま放っておけば、いずれ街にも被害が及ぶだろう。
大きな被害が出る前に食い止めたい。どうか、力を貸してくれないだろうか」
「ドラゴン!!!」
悠陽が勢いよく身を乗り出した。
「行きたい!!ペット!!」
「……ドラゴンはペットにできないと思うよ。多分だけど」
「えーー!かっこいいのにー!」
「ドラゴンをペットにしてお散歩する悠陽……!ああっ!その姿、絶対映像に残したい❤︎」
優佑まで目を輝かせ始めた。
そんな二人を横目に、美稀がおずおずと手を挙げた。
「あの……討伐には、このメンバーだけで行くということですか?」
「そうだ。今回は少数精鋭の方が被害を抑えられると判断した。戦えない冒険者を大勢連れていって、そいつらを庇って怪我を負うようでは元も子もないからな」
「そうですね……あの、猶予はどれくらいありますか?」
凪が尋ねると、ギルドマスターは少し考えた後顔を上げて答える。
「早ければ早い方がいいが、何も起こらなければ五日くらいは大丈夫だろう」
「そうですか……」
凪は少し考え込んだ。
「何かあるのか?」
紫苑が不思議そうに、凪に尋ねる。
「いえ。ドラゴンと戦うのであれば、もう少し攻撃のレパートリーが欲しいと思って」
「ああ、それはそうだな。備えあれば憂いなしって言うしな」
「それなら、鍛錬場を用意してやろう。好きに使ってくれ!」
ギルドマスターがそう申し出ると、紫苑は頭を抱えて考え始めた。
「俺と優佑は、遠距離攻撃がほとんどできねぇんだよな」
「そうだねぇ。だったら、僕達は後方支援かな?美稀ちゃんを守る役とか!」
「そうだな。回復役は戦闘の要だからな」
「じゃあさ!兄ちゃん達の武器、俺が作ろうか?後ろで美稀を守りながらでも攻撃できるような武器!」
「えっ!お兄ちゃんに作ってくれるの!?❤︎嬉しい〜!じゃあ、お願いしようかな!」
「そうだね。僕も攻撃力が高いわけじゃないし、攻撃できる人が多い方がいいと思う」
凪もその案に賛成し、五人はドラゴン討伐に向けて準備を始めることになった。
――それから三日間
優佑と紫苑は、悠陽が創造魔法で作り出した新しい武器の扱いを練習した。
凪は悠陽の攻撃力をさらに引き上げるため、補助魔法の鍛錬に励んだ。
そして悠陽はというと――
「よしっ!次はこっち!!」
弓と銃を交互に構え、次々と攻撃を繰り出していた。
矢と弾丸を魔法で生成する際、頭の中で混乱しないようにするための訓練だ。
武器を持ち替えるたびに、必要なものを瞬時に作り出す。
何度も繰り返しながら、悠陽は少しずつその訓練に慣れていった。
「……うん、俺天才かもしんない☆」
――四日目
「お前ら!!準備はできてるか!?」
鍛錬場にギルドマスターの大声が響き渡った。
「ドラゴンが動き出した!急ですまんが、今から出発するぞ!走れるか!?」
「はーい!!」
五人は慌ただしく準備を整え、ギルドマスターとともに山へと向かった。
その道中、優佑が悠陽の隣に並ぶ。
「悠陽、今は兄ちゃんがいるんだから、ちゃんと頼るんだよ?」
「……うん?」
悠陽は不思議そうに首を傾げた。
「みんな知ってるからね。悠陽が無理してること」
「無理なんかしてないよ」
「ふふっ、そっか」
優佑は何も言わず、ただ優しく微笑んだ。
――少し前のこと
優佑と紫苑が合流して間もない頃。
悠陽が一人で依頼を探しに出かけていた時のことだった。
「お兄さん、少しお聞きしても良いですか?」
美稀が優佑に声をかけた。
「ん〜?なぁに?」
「悠陽君は、昔からあんな感じだったんですか?」
「あんな感じ?」
優佑が首を傾げると、凪が口を開いた。
「違うよ。昔はもっと単細胞で、周りのことなんか気にしてなかったよ」
「そうなんですか……?」
美稀は少し俯いた。
「私、少し不安なんです。私達が怪我をすると、悠陽さんは顔を真っ青にして心配してくださるのに、自分が怪我をしてもケロッとしているんです」
「……」
「それに、私達が攻撃型じゃないからなのか、悠陽さんはいつも魔法の練習をしていて……私達がいない時には、一人で依頼を受けて、怪我をして帰ってくるんです」
凪も小さく頷いた。
「自分が強くならなきゃって思ってるんじゃないかな」
「それもあるだろうけど……」
優佑は少し考えてから、静かに口を開いた。
「君達に、いなくなってほしくなかったんだろうね」
「……いなくなってほしくない?」
「うん」
美稀は何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、致命傷を避けるペンダントも、自分の分は買わずに私達にだけ渡してくれました」
「ああ、そうだったね。僕達に死んでほしくないんだろうとは思ってたけど……自分はなんとかなるって考えてるのかと思ってた」
凪がそう言うと、優佑は小さく笑った。
「ははは!僕達にくれたペンダント、君達にも渡してたんだね!」
優佑は少し懐かしそうに目を細めた。
「まあ、まだこの世界に来て少ししか経ってないけど……人間ってこんなに脆いんだって、改めて思い知ったんだろうね」
そして、凪へ視線を向けた。
「凪は知ってるよね。悠陽が小学生になってすぐくらい頃、僕達の両親が交通事故で亡くなったこと」
「……うん」
「それからなんだよね。僕が怪我して帰ると、悠陽、大泣きするようになっちゃってさ」
優佑は昔を思い出すように笑った。
「それまではさ、僕……ずっと悠陽の事少し疎ましく思ってたんだよ」
美稀は驚いたように目を見開いた。
「え……?」
「だって、親からの優しさなんて、全部悠陽が奪っていったんだもん。僕も小さかったから、羨ましかったんだ。
ただでさえ可愛くて、愛おしいのに。両親からも僕の友達からも可愛がられる悠陽が」
優佑は何でもないことのようにそう言った。
「でもさ、怪我して帰った僕を見て泣きじゃくる悠陽を見た時、思ったんだよね」
優佑の表情が、ふっと柔らかくなった。
「こんな怪我で、お兄ちゃんがどうにかなっちゃうって思ってるのかなって。そう思ったら、もう……すっげー可愛くて、可愛くて!それまでの愛おしさなんてもう、比べものにならないくらい愛おしくなっちゃってさ!」
「はいはい、わかったよ。その話はもう耳にタコができるほど聞いたって」
紫苑が呆れたように口を挟んだ。
「えぇ〜!?もっと聞いてよぉ〜!」
優佑は不満そうに頬を膨らませた。
「でもさ、一度狂おしい程に愛おしいって自覚してしまったら、もう何してても可愛くて可愛くて可愛くて仕方なくなっちゃって!」
「ははは……」
凪と美稀は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
そんな二人を見て、優佑は小さく笑った。
「……まあ、あの子は昔から苦手なんだよね」
「苦手……ですか?」
「うん。大切な人への接し方とか、頼り方とか。そういうのが、よくわからないんだよ」
優佑は少しだけ表情を曇らせた。
「小さい頃から、家族が僕しかいなかったからさ……周りが察してあげないと、あの子は多分、自分から助けてって言えないんだ」
「……」
「いつも陽気に振る舞ってるけど、心の中じゃ不安でたまらないんだと思う」
優佑は寂しそうに笑った。
「……多分ね」
――現在
「お前ら!見えてきたぞ!!」
ギルドマスターの声に、悠陽達は前方へ視線を向けた。
そこには、巨大なドラゴンの姿があった。
「でっけーー!!」
悠陽が思わず声を上げる。
「お前ら、気を抜くなよ!!」
ギルドマスターが鋭い声で叫んだ。
「少しでも油断すれば死ぬ相手だと思え!!」
「「「はい!!」」」




