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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第7話 がらん堂と弔い酒

 夜になった。


 赤黒かった空はさらに暗く沈み、荒野には冷たい風が吹き始めている。


 教会を包む光の壁は、薄く揺れながらも、外を照らし、闇を押し返していた。


 その内側。


 教会の前に腰を下ろした俺は、片手に缶ビールを持っていた。


「くはぁぁぁ……!」


 喉を鳴らして、冷えたビールを流し込む。


 苦み。


 炭酸。


 喉の奥を通っていく冷たさ。


 そして、腹の底に広がる苦みと安心感。


「……生き返るわぁ」


「善一郎様」


 隣で、ギンコが黒ぶち眼鏡の奥からじっと俺を見上げていた。


「飲み過ぎです」


「まだ一本目や」


「二本目です」


「細かい狐やな」


「明日も研修です。飲酒による能力低下はおすすめしません」


「嫌なことがあった後は酒で洗い流すのが一番や。日本サラリーマンの流儀やぞ」


「その流儀で何人の社会人が内臓を壊しているのでしょうね」


「正論かますなや。ビールがまずくなる」


 俺はそう言いながら、缶ビールをもう一口飲んだ。


 視線の先には、荒野が広がっている。


 昼間と同じ場所のはずなのに、夜になると別物に見えた。


 光の壁の外には、闇が広がっている。


 その闇の向こうに、何がいるのか分からない。


 屍ゴブリン。


 屍ウルフ。


 そして、人間だったもの。


 今日一日で、俺は何体倒したのか。


 もう正確には覚えていない。


「で」


 俺は膝の上に置いた白い容器の蓋を開けた。


 中には、から揚げ弁当が入っている。


 日本のスーパーで売っているような、米とから揚げと漬物が入った普通の弁当。


 それが、こんな終わりかけの異世界にある。


 意味が分からない。


 でも、匂いは最高だった。


 すきっ腹にこの匂いは最高のスパイスやな。


「いただきます」


 箸でから揚げをつまみ、口に放り込む。


 噛んだ瞬間、油と醤油の味が広がった。


「うまっ……!」


「なお、そのから揚げ弁当は五百ポイント。五万円です」


 俺の箸がピタリと止まる。


「急に現実に戻すなや」


「ビールは一本三百ポイント。三万円ですね」


「世紀末価格やな。日本のスーパーの何倍やねん」


「異世界輸送費、保管費、管理費、衛生維持費が含まれておりますので」


「ぼったくりの説明だけちゃんとしとるな!」


 ギンコの能力――というか、ショップ機能には、どうやら食料や日用品を買える項目もあるらしい。


 名前は、【スーパーマーケット・ジオン】。


 ただし、値段は日本のスーパーとは比べ物にならない。


 昨今の物価上昇などへのツッパリにもならない価格や。


 弁当とビールを買うだけで、せっかく稼いだポイントが削れていく。


 それでも買った。


 買わずにはいられなかった。


 今日みたいな日くらい、少しは人間らしいものを口にしたかった。


「善一郎様、三本目は販売制限がかかります」


「なんでや!」


「明日の訓練に支障が出ます」


「異世界に来てまで健康管理されるんか、俺は」


「借金返済までは、善一郎様の体調管理も業務の一環です」


「俺の体、担保みたいになっとるやんけ」


「近いですね」


「否定しろ」


 俺はため息をつきながら、から揚げをもう一つ口に入れた。


 うまい。


 泣きそうなくらいうまい。


 こんな荒野の真ん中で食べているのに、味だけは日本のままだった。


 それが逆に、悲しくもあり、きつかった。


 日本に帰りたい。


 コンビニで適当に酒と弁当を買って、安アパートに帰って、何も考えず寝たい。


 けれど、俺は今、異世界にいる。


 親父の借金百億を返すために。


 木製バット片手に、ゾンビだらけの世界で戦いを強いられている。


「……なあ、ギンコ」


「はい」


「今日の成果って、どんなもんなん?」


「確認します」


 ギンコが前足を振ると、半透明のメニュー画面が開いた。


【一日目・研修成果】


【屍ゴブリン討伐:95体】


【屍ウルフ討伐:35体】


【屍化した人間:1体】


【獲得ポイント合計:13,600P】


【消費ポイント:身体強化2,400P/食料・酒1400P】


【現在所持ポイント:9,800P】


「……結構、稼いどるな」


「はい。初日にしては上々です」


「これ返済に回したら?」


「九十八万円です」


「おお……」


 一瞬だけ、心が揺れた。


 九十八万円。


 普通に働いていたら、簡単に稼げる額じゃない。


 それを一日で。


 命懸けとはいえ、すごい金額だ。


「なお、借金残高は百億円以上です」


「知っとるって……」


「返済に回せば、気休め程度には減ります」


「気休め言うな」


「ですが、今回も自己強化に努めてもらいます」


 ギンコは、淡々と言った。


「善一郎様には、まだ基礎技術が不足しています。身体能力を上げただけでは、今後の敵に対応できません」


「今後の敵って……今日でも十分嫌やったんやけど」


「今日の敵は、まだまだ下の下です」


「……聞きとうなかったわ」


「そこで、次はスキルと魔法の習得をおすすめします」


「スキルと魔法……」


 俺はビール缶を持ったまま、顔をしかめた。


 そういえば、そんな話をしていたな。


 身体強化。


 装備更新。


 スキル。


 魔法。


 この世界で生き残るための手段。


「魔法って、俺にも使えるんか?」


「購入すれば、最初は初歩的なものなら可能です」


「購入すればって言い方がもう嫌やな」


「無料で強くなれると思わないでください」


「世知辛いファンタジーや」


「では、ショップを開きます」


 ギンコが前足を振る。


 メニュー画面が切り替わった。


 そこには、また妙な文字が表示されていた。


【ブックショップ・がらん堂】


【知識・技能・魔法書販売】


「……がらん堂?」


「はい」


「ジム・マッスルマニアよりはマシやけど、なんか不気味やな」


「知識とは、空っぽの器に流し込むものですので」


「急にそれっぽいこと言うな」


「ちなみに、空っぽの器とは善一郎様の頭のことです」


「喧嘩売っとんのか!?」


 画面には、いくつかの本の名前が並んでいた。


【棒術指南書・初級 4,000P】


【癒しの書・初級 5,000P】


【火の書・初級 7,000P】


【水の書・初級 7,000P】


【防御術の書・初級 6,000P】


「高っ」


「知識とは高価なものです」


「俺のから揚げ弁当四百五十ポイントやぞ」


「から揚げ弁当と魔法書を同列に扱わないでください」


「俺にとってはどっちも命に関わるんやけどな」


 俺は一覧を眺める。


 火の書。


 水の書。


 いかにも魔法っぽい。


 正直、心は躍る。


 だって魔法や。


 異世界に来て魔法を使えるかもしれないなんて、少しだけ少年心が戻ってくるやん。


 だが、ギンコは俺の浮つきを見透かしたように言った。


「おすすめは、棒術指南書と癒しの書です」


「火とか水とかは?」


「まだ必要ありません」


「夢を見せてくれへん?」


「夢を見る前に現実を見てください」


 ギンコは、まず棒術指南書を示した。


「善一郎様の主武器は木製バットです。今はただ振り回しているだけですが、棒術の基礎を覚えれば、それなりに戦えるようになります」


「野球からどんどん離れていくな」


「野球では生き残れません」


「それはそうやな」


 続いて、ギンコは癒しの書を示した。


「癒しの書は、軽傷の治療、痛みの緩和、疲労回復補助が可能になります」


「それ、めっちゃ重要やん」


「はい。今後、加護が切れた時に絶対に必要ですし、生存者を保護する場合にも必須になるでしょう」


「……生存者か」


 その言葉に、俺は少しだけ黙った。


 この世界には、まだ生き残っている人間がいるらしい。


 どこかで震えている人がいるかもしれない。


 助けを待っている人がいるかもしれない。


 今日倒した男のように、助けられなかった人もいる。


 なら、癒しの力は確かに必要だ。


「この二冊で九千ポイントです」


「ほぼ全財産やんけ」


「はい」


「貯金残らんやん」


「投資です」


「その言葉、便利に使いすぎやろ」


「自己研鑽には、お金がかかるものです」


 俺はしばらく画面を見た。


 九八〇〇ポイント。


 そのうち九千ポイントを使う。


 残りは八百。


 返済には、ほぼ回せない。


 けれど。


 ここで覚えれば、明日以降、もっと生き残れる可能性が上がる。


 もっと稼げる可能性も上がる。


 誰かを助けられる可能性も、少しは上がる。


「……買うしかないわな」


「ありがとうございます」


「毎回、金使う時だけ声が弾んでへん?」


「商売ですので」


 メニュー画面が光る。


【棒術指南書・初級を購入しました】


【癒しの書・初級を購入しました】


【9,000Pを消費しました】


【所持ポイント:800P】


「また減ったぁ……」


「必要経費です」


「俺の借金返済、いつ始まるんやろな」


「生存確率が安定してからです」


「遠いなぁ……」


「では、習得を開始します」


「ん? 習得?」


 俺が聞き返した瞬間、メニュー画面から二冊の本が現れた。


 一冊は、黒い革表紙の分厚い本。


 もう一冊は、白っぽい布表紙の本。


 それぞれが宙に浮かび、俺の目の前で勝手に開いた。


 ページが、ばらばらばらばら、とものすごい勢いでめくられていく。


 そこに書かれている文字は、読めない。


 読めないはずなのに。


 次の瞬間、その文字が、頭の中に流れ込んできよった。


「ぐっ……!?」


 目の奥が熱くなる。


 脳みそを、見えない指でかき混ぜられているみたいや。


 知らないはずの知識が、次々と頭の中に焼き付いていく。


「ぎ、ギンコ……これ……!」


「知識転写です」


「読書ちゃう……拷問やんけ……!」


「初回ですので、多少反応が強く出ます」


「多少の範囲広すぎるやろ……!」


 吐き気が込み上げる。


 視界が回る。


 さっき飲んだビールとから揚げ弁当が、胃の中で暴れ出した。


「うっ……やば……」


「吐く場合は、光の壁の内ではなく外側でお願いします」


「気遣うとこ、そこか……!」


 俺は地面に手をついた。


 頭の中で、まだ文字が暴れている。


 棒の構えが浮かぶ。


 手の角度が分かる。


 相手との距離が分かる。


 同時に、淡い光を手のひらに集める感覚も、かすかに分かる。


 分かる。


 分かるのに、気持ち悪い。


「これ……あかん……」


「善一郎様?」


「無理……寝る……」


「ここで?」


「寝る……」


 そこで、俺の意識はぷつりと途切れた。


 最後に見えたのは、教会の前に突き刺した折れた剣だった。


 その根元には、ビール缶を一本、供えてある。


 名前も知らない男に向けた、雑な墓。


 日本式でも、異世界式でもない。


 ただ、俺なりの弔いだった。


 ――一杯くらい、飲んでいけや。


 そんなことを思った気がする。


 そこで、俺は完全に眠りに落ちた。



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