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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第32話 絶望する暇があるなら

 屍の海を、俺たちは突き進んでいた。


 俺が前を切り開く。


 その後ろを、シルビアが徐行でついてくる。


 車体の上からは、エネの風、ナナミンの雷、ギンコの狐火が飛び交っていた。


「おらぁっ!」


 俺は『鬼軍曹』を横薙ぎに振るう。


 屍化した獣の頭が砕け、黒い灰が舞った。


 続けて、人型の屍が飛びかかってくる。


 胸元が裂け、片腕が垂れ下がり、濁った目で俺に襲い掛かった。


「邪魔や!」


 俺は踏み込み、胴ごと叩き飛ばす。


 ごしゃっ!


 骨が砕ける感触。


 灰が舞い、前方にわずかな空間ができる。


 そこへシルビアが、ゆっくりだが確実に前進していく。


「右側、来ます!」


 エネの声。


 薄緑の風が車体右側を薙いだ。


 屍化した鹿のような魔物が、風の刃に切り裂かれて後方へ吹き飛ぶ。


「トゥエルノ!」


 ナナミンの声に応えるように、雷の精霊が青白い光を放った。


 ぱちんっ!


 雷が落ち、シルビアへ飛びつこうとしていた屍たちが硬直する。


 そこへ、三匹の狐火が音もなく走った。


 白い炎が屍の体を包み、内側から焼き崩していく。


「左側、数が増えています」


 ギンコはシルビアの屋根に座ったまま、尻尾を指揮棒のように揺らした。


 狐火が弧を描く。


 車体に取りつこうとしていた屍たちが、まとめて白い炎に呑まれた。


 白炎の狐が、獲物の間を縦横無尽に駆け抜ける。


「ギンコさん、後方も!」


「分かっています」


 ギンコが尻尾をくるりと回す。


 狐火の一匹が後方へ戻り、シルビアの背面に張りついた屍を焼いた。


 腐った手が車体から剥がれ、灰になって落ちる。


 俺は前を見たまま叫んだ。


「後ろ、頼むで!」


「善一郎様は前に集中してください」


「言われんでも!」


 俺はまた一歩踏み込む。


 前方から屍が押し寄せる。


 数が多い。


 多すぎる。


 一体倒しても、二体。


 二体砕いても、十体。


 まるで黒い波だ。


 だが、俺が止まればシルビアも止まる。


 シルビアが止まれば、エネもナナミンもギンコも、全員がこの屍の海に呑まれる。


 だから、止まれない。


「どけぇぇぇっ! ヘビースラッガー!!」


 俺は『鬼軍曹』を振り抜いた。


 重撃がもたらした衝撃で屍の群れが吹っ飛び、灰が舞い上がる。


 俺は、ただひたすらに『鬼軍曹』を振るい、道をこじ開け続けた。


   ◇


 シルビアの車上から見える街は、地獄だった。


 かつての美しい白の街並みは、見る影もなかった。


 木材と組み合わせた石造りの家。


 蔦の絡んだ柱。


 水路。


 花壇。


 細工の施された街灯。


 自然と調和された街並み。


 そのすべてが、赤黒い雨と屍の群れに汚されていた。


 崩れた家の前に、誰かの荷物が散らばっている。


 割れた窓の奥に、小さな靴が転がっている。


 そして、通りの端には。


「っ……」


 エネの息が詰まった。


 食い散らかされたエルフの亡骸。


 白い髪が、泥と血に濡れている。


 手を伸ばした姿勢のまま動かない者。


 誰かを庇うように倒れた者。


 そのどれもが、つい先日まで生きていた同胞だった。


「そんな……」


 ナナミンの声が震えた。


 聖獣の卵を抱く手に、力がこもる。


「みんな……ここで……」


 雷の精霊トゥエルノの光が、不安定に揺れた。


 ナナミンの心が乱れたのだろう。


 その瞬間、雷の援護が途切れた。


 同時に、エネの風も弱まる。


 シルビアの側面に、屍たちが群がった。


 腐った手が装甲を叩き、爪が金属を引っ掻く。


 何体かは、車体にしがみつき、屋根へ登ろうとしていた。


「おひいさま!」


 エネが慌てて風を放とうとする。


 だが、視線は亡骸に釘づけだった。


 手が震えている。


 魔力が乱れている。


 屍が一体、車体の端から屋根へ這い上がった。


「――まったく」


 ギンコの冷たい声が落ちた。


 尻尾が、鋭く振られる。


 狐火が走った。


 屋根へ登りかけた屍の頭部が、白い炎に包まれる。


 次の瞬間、屍は声もなく崩れ落ちた。


 さらに二匹の狐火が左右へ走る。


 シルビアに取りついた屍たちを次々と燃やしていく。


 ギンコは、黒ぶち眼鏡の奥でエネとナナミンを見た。


「何をしているのですか」


「ギンコさん……」


「ここで嘆いて、何か変わりますか?」


 エネが息を呑む。


 ナナミンも顔を上げた。


 ギンコの声は冷たかった。


 だが、ただ突き放す冷たさではなかった。


「亡くなった者を悼むなとは言いません。悲しむなとも言いません。ですが、それは今することではありません」


 また一体、屍が車体に飛びつく。


 ギンコの尻尾が揺れ、狐火がそれを焼いた。


「見なさい。まだ第二城壁では戦っています。まだ生きている者がいるのですよ」


「……」


「絶望する暇があるなら、足掻きなさい」


 ナナミンの肩が震えた。


「でも……私は……」


「おひいさま」


 ギンコは淡々と言った。


「あなた方は善一郎様に希望を見出し、助けを求めた。何故ですか?」


 ナナミンの手が、聖獣の卵を抱きしめる。


「未来のため、ですよね?」


「なら、未来を見るべきです。過去に目を奪われて、今ある未来まで失うつもりですか?」


 ナナミンとエネは言葉を失った。


 ギンコの視線が、前方へ向く。


 屍の群れの中で、善一郎が戦っていた。


 たった一人で。


 次々と押し寄せる屍を、叩き潰しながら前へ進んでいる。


 血に濡れ、灰を浴び、それでも止まらずに。


「少なくとも善一郎様は、どれほど絶望的な状況でも、諦めずに前へ進み続けましたよ」


 エネが、前を見る。


 ナナミンも見る。


 善一郎の背中。


 大きくはない。


 英雄らしい剣もなければ、鎧もない。


 持っているのは、物騒な金属バットと場違いなビジネススーツ。


 それでも、その背中は、屍の海の中で道を作っていた。


「救世主様……」


 エネの震えていた手が、少しずつ止まった。


 ナナミンも涙を拭う。


「……トゥエルノ」


 雷の精霊が、彼女の肩で光った。


「お願い。もう一度、力を貸して」


 ぱちんっ。


 青白い雷が弾ける。


 エネも息を吸い、両手を掲げた。


「風の精霊シルフェンよ……私たちは、まだ諦めません!」


 風が戻る。


 雷が走る。


 狐火が舞う。


 シルビアの周囲に、再び魔法の防壁が広がった。


「それで結構です」


 ギンコは小さく呟いた。


 そして、前方で暴れる善一郎を見て、ほんのわずかに口元を緩めた。


「まったく、面倒な人たちですね」


   ◇


 俺は、前だけを見ていた。


 後ろの状況は分からない。


 一度、魔法の援護が弱まったのは分かった。


 その瞬間、横から屍の波が厚くなり、シルビアのエンジン音が少し遠のいた。


 まずいと思った。


 だが、振り返らなかった。


 振り返る余裕がなかった。


 それに、後ろにはギンコがいる。


 エネさんがいる。


 ナナミンもいる。


 またたびもいる。


 なら、任せるしかない。


 俺の仕事は、前を切り開くことだ。


「おおおおおっ!」


 俺は『鬼軍曹』を振るう。


 屍化した狼を叩き飛ばし、腐ったエルフの屍を横薙ぎに砕く。


 灰が目の前で舞う。


 喉に入って咳き込みそうになるが、構っていられない。


 スキルを織り交ぜながら踏み込み、ぶっ叩く。


 押し寄せる屍に呑まれないように、鋭く、速く、最小の動きで効率よく削っていく。


 その繰り返しだ。


 やがて、後方から風が戻った。


 緑色の刃が俺の横を抜け、屍を押し流す。


 次に雷。


 青白い光が前方の屍を焼き、動きを止める。


 さらに狐火。


 白い炎が、屍の群れの隙間を走った。


「戻ったか」


 俺は口元を歪める。


「よっしゃ、なら行ける!」


 シルビアも遅れずについてきている。


 少しずつだが、確実に進んでいる。


 第二城壁までの距離も、じりじりと縮まっていた。


 だが、そこで前方の屍の流れが変わった。


 黒い波が左右へ割れる。


 何か大きなものが、こちらへ近づいてくる。


「……なんや?」


 瓦礫を踏み砕き、建物の影から現れたのは、二体の巨人だった。


 高さは三メートルほど。


 人型ではある。


 だが、体は分厚い樹皮のような皮膚に覆われていた。


 肩からは腐った蔓が垂れ下がり、片目は赤黒く濁っている。


 腹の裂け目からは、黒い樹液のようなものが滲んでいた。


 屍化した巨人。


 そいつらが、俺たちの進路を塞いでいた。


「フォレストジャイアントです!」


 シルビアの上から、ナナミンの声が飛ぶ。


 あんなデカブツに暴れ回られたら、さすがのシルビアもタダではすまない。


 俺は唇を湿らせ、即座に地を駆けて加速した。


「先手必勝や!」


 俺は踏み込み、『鬼軍曹』を大きく振りかぶった。


「ヘビースラッガー!」


 全力の一撃が、手前のフォレストジャイアントの胴に叩き込まれる。


 どがんっ!


 重い一撃を入れた瞬間、腕に痺れが走った。


 巨人の体は大きく揺れただけで、樹皮のような分厚い皮膚が、打撃を受け止めている。


 黒い樹液が少し飛んだだけで、致命傷には程遠い。


「硬っ!?」


 次の瞬間、巨人の腕が横から振るわれた。


 丸太みたいな腕だった。


「ぐっ――!」


 俺は咄嗟に『鬼軍曹』で受けた。


 重い。


 衝撃が受け止めきれない。


 体が浮いて視界が回る。


「うおおおおっ!?」


 俺は吹っ飛ばされ、後方のシルビアの前面に叩きつけられた。


 がんっ!


 鈍い音が鳴る。


「いってぇぇぇっ!」


 運転席からまたたびの声が飛んだ。


「おい坊主! シルビアをへこませるな!」


「俺の体を気遣えや!」


「シルビアの方が繊細だ!」


「人の心ないんか!」


 俺は車体からずり落ち、地面に膝をついた。


 痛い。


 めちゃくちゃ痛い。


 だが、折れてはいない。


 戦闘用ビジネススーツのおかげで、衝撃はかなり殺されている。


 問題は、前進が止まったことだ。


 シルビアが止まる。


 屍の波が一気に押し寄せる。


 まずい。


 すごくまずい。


「フォレストジャイアントは、物理攻撃に強いんです!」


 ナナミンが叫ぶ。


「弱点は魔法攻撃です! ですが、生半可な魔法では効きません!」


「もう少し早めに言ってほしかった!」


「言う前に飛び出されたので!」


「それは……ほんまにすまん」


 エネが車上で両手を合わせ、魔力を練り始める。


「強力な魔法を撃つには、少し時間が必要です!」


 ナナミンもトゥエルノへ手を添える。


「トゥエルノの雷も、溜めれば通ります。でも、今すぐには……!」


 つまり、魔法組は溜めが必要。


 俺の打撃は効きにくい。


 シルビアは止まっている。


 周囲からは屍の群れ。


 前方には、二体のフォレストジャイアント。


「なかなかまずい状況やな……!」


 俺は立ち上がる。


 屍の波が迫ってくる。


 左右からも、後ろからも。


 フォレストジャイアントの一体が、また一歩近づいてきた。


 時間がいる。


 エネさんとナナミンが魔法を撃つための時間。


 ギンコの狐火だけじゃ、全方位から迫る屍に対応しきれないだろう。


「……そういうことなら」


 俺は『鬼軍曹』を握り直した。


 四面鬼を回す。


 楽しげに歪んだ鬼面。


 狂気じみた笑みを浮かべる鬼。


 楽の鬼。


「時間、稼いだったらええんやろ」


 がちんっ。


 武器の奥で、何かが噛み合った。


 楽の鬼が、けたけたと笑った気がした。


 俺は口元を歪める。


「ほな、巨人さん。ちょっと踊ってもらうで」


 迫る屍の海の中で、俺は『鬼軍曹』を振り上げた。

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