第31話 突破口を開け
俺は、モニター越しに映る景色を眺め、思案する。
問題はここからだ。
正面である巨大な門扉は固く閉ざされている。
第二城壁まで行くには、破壊された第一城壁の裂け目から入り、内側に溜まった屍の群れを突破するしかない。
金はかかるが、屍渡りで見せたシルビアの能力なら、突っ切る選択肢もありだな。
だが、運転席のまたたびが舌打ちした。
「まずいな」
「何がや?」
「昨日のロケットブーストで、エンジンに負荷がかかり過ぎた。しばらく大した速度が出せねぇ」
「どれくらい?」
「徐行程度だな」
「徐行!?」
俺は思わず叫んだ。
「この状況で徐行!?」
「文句言うな。ブースターで一日縮めた代償だ。下手に無茶すれば、シルビアが壊れちまう」
「特殊装備は?」
「ノコギリもドリルも無理だな。今使ったら、エンジンが死ぬ」
「車も死ぬんかい」
「シルビアはただの装甲車じゃねぇ。生きてるんだ。それに、いい女は繊細なんだよ」
「そ、そうか」
つまり、シルビアの力技で突っ込むのは不可能ってわけか。
徐行で屍の群れに入れば、囲まれる。
止まったら終わりだ。
俺はモニターを睨んだ。
破壊された第一城壁。
その内側に密集する屍の群れ。
第二城壁までの距離。
全部を見ながら、頭の中で段取りを組む。
段取り。
効率。
流れを止めない。
「……俺が前に出る」
車内が静かになった。
エネが俺を見る。
「救世主様?」
「俺が前で道を切り開く。シルビアはその後ろを徐行でついてきてくれ」
「危険です」
ナナミンが震える声で言った。
「あの数を、お一人で……」
「もちろん一人では無茶や」
俺はギンコを見る。
「ギンコ、お前も戦闘支援できるんやろ?」
「はい。ギャラは発生しますが、可能です」
「エネさんは風。ナナミンは雷の精霊。三人でシルビアの上から援護してくれへんか?」
ギンコが黒ぶち眼鏡を押し上げた。
「善一郎様が前方を切り開き、私たちがシルビアの車上で面で削る。シルビアをさながら移動要塞のようにして進む……ふむ、悪くありませんね」
「できるか?」
「いいでしょう。ただし、私の戦闘介入には制約があります。十分、三十分、一時間コースのどれかを選んでください。お値段は、百万、五百万、一千万円となります」
「なんか、いかがわしいお店の嬢の値段設定みたいやんけ! しかも法外な!!」
「契約上、大事なことですので。初回サービスで、一時間コースを半額にさせてもらうのでおすすめです。あと、戦闘介入後は二日お休みを頂きますので、あしからず」
「つっこみどころが多すぎる! 一時間コースでお願いします!!」
エネが力強く頷いた。
「私も戦います。風で屍を払い、救世主様の道を支えます」
ナナミンも聖獣の卵を抱いたまま、顔を上げた。
「私も……雷の精霊と共に、できる限りの援護をします」
雷の精霊が、ぱちりと青白い光を放つ。
弱々しかった光が、少しだけ強くなった気がした。
「無理はすんなよ」
「はい。でも、あれは私の国です」
ナナミンの声は震えていた。
それでも、目は逸らさなかった。
「私にも、できることをさせてください」
「……分かった」
俺は立ち上がる。
『鬼軍曹』を握る。
四面鬼の重みが手に馴染む。
修理したばかりの戦闘用ビジネススーツが、体の動きを支えてくれる。
またたびが運転席で笑った。
「坊主、先導頼むぜ。こっちはお前の背中を追う」
「頼むから轢くなよ」
「状況次第だな」
「そこは断言しろ!」
シルビアが、破壊された第一城壁へ向かって進路を取る。
屍たちが、こちらに気づき始めた。
黒い波が、ゆっくりと蠢く。
人型の屍がこちらを見る。
獣の屍が唸る。
森の魔物だったものが、牙を剥く。
俺は扉の前に立った。
深く息を吸う。
「行くで」
扉が開いた。
湿った森の空気と、腐臭が一気に流れ込んでくる。
俺は地面へ飛び降り、足元に土が沈む。
目の前には、破壊された白い城壁。
その奥に、数えきれない黒い屍の群れ。
俺は『鬼軍曹』を肩に担いだ。
「道、開けてもらうで」
次の瞬間、俺は地面を蹴った。
屍の群れへ突っ込む。
右手に渾身の力を込め、先頭集団の屍に飛び込んだ。
俺は『鬼軍曹』を横薙ぎに振り抜いた。
「ヘビースラッガー!」
どがーんっ!
屍たちの体が砕け、大量の灰が舞う。
俺はその勢いのまま前進し、屍たちを次々と叩き砕いていく。
その後ろから、シルビアが徐行でついてくる。
車体の上には、エネ、ナナミン、ギンコ。
「風の精霊、シルフェンよ!」
エネが両手を掲げると、緑色の小さな光が顕現した。
雷の精霊と同じく、二枚の羽を持った少年のような姿の妖精だ。
彼の周囲に薄緑の風が渦を巻き、それを解き放つ。
屍の群れを、何本もの緑色の刃が切り裂き、押し流した。
「トゥエルノ、お願い」
ナナミンの肩から、雷の精霊が飛び立つ。
雷の精霊、トゥエルノの髪が逆立ち、バチバチと無数の細い雷の帯が暴れ回る。
ぱちんっ!
青白い雷が、屍の群れへ落ちる。
数体の屍が硬直し、黒い灰を撒き散らす。
ギンコはシルビアの屋根の上に座り、黒ぶち眼鏡を押し上げた。
「では、僭越ながら私もギャラ相応のお仕事をしましょう」
その尻尾の先に、白い炎が灯る。
小さな火の玉が狐の形を作った。
一つ、二つ、三つと浮かび上がる。
ギンコが尻尾を軽く振った。
「狐火よ、奔りなさい」
三匹の狐火が、音もなく駆けた。
屍の群れの中を走り抜け、触れた屍を白い炎が焼き尽くす。
腐った体が、内側からぼろぼろと崩れていく。
「おお……」
俺は思わず声を漏らした。
「ギンコ、普通に強いやんけ!」
「それなりですよ」
ギンコはお澄まし顔や。
メニュー画面で、異世界の品物を取り寄せたり、俺の能力を上げたり、何でもありの狐やと思ってたけど、戦闘までこなすとはな。
「……お前、やっぱ底の知れん狐やな」
屍の群れが迫る。
俺は前を見る。
第二城壁までは、まだ遠い。
でも、道は開ける。
開けるしかない。
「行くぞ!」
俺は『鬼軍曹』を振り上げた。
「このまま、城までぶち抜くで!」
風が吹き、雷が落ち、狐火が舞う。
そして俺は、屍の海の中へ、さらに深く踏み込んでいった。




