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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第30話 ギリ間に合ったな

 シルビアは、平野をとんでもない速さで爆走していた。


 モニターに映る景色が、線になって流れていく。


 荒れた大地。


 黒ずんだ草。


 遠くに見える枯れ木。


 それらが、一瞬で後ろへ消えていく。


 先ほどのロケットブースターによる加速は、完全に常識外れだった。


 だが、ある程度速度が乗った後のシルビアは、不思議なほど安定していた。


 新幹線に乗っているような感覚。


 外の世界は終末なのに、車内だけは妙に快適だ。


「……さっきの発進、必要やったんか?」


 俺はソファーに沈み込みながら呟いた。


 未だに背中が痛い。


 全身を座席に押しつけられた感覚が残っている。


 運転席から、またたびの声が返ってきた。


「必要だった」


「ほんまか?」


「シルビアがそう言ってる」


「車のせいにするな」


 またたびは楽しそうに笑った。


 俺はため息を吐き、目の前のテーブルを見る。


 そこには、カップラーメンが並んでいた。


 湯気が立ち上り、車内に香ばしい匂いが広がっている。


 俺はシーフード味を手に取った。


「いただきます」


 箸で麺を持ち上げる。


 ずるるっ。


 うん。


 うまい。


 異世界でも、終末世界でも、借金まみれでも、カップラーメンは裏切らない。


「……おいしい」


 向かいでは、ナナミンが小さく目を見開いていた。


 彼女はフォークで麺を絡め、恐る恐る口に運んでいる。


 薄紫色の瞳が、驚きで揺れていた。


「こんなに温かくて、香りが強くて……それに、すぐ食べられるなんて……」


「おひいさま、お気をつけください」


 隣のエネが、真剣な顔で頷いた。


「これが庶民の味方と呼ばれる、異世界の奇跡です」


「奇跡……」


「いや、そこまで大層なもんちゃうで」


「ですが、救世主様」


 エネは真剣な目つきで俺に詰め寄った。


 鼻息が荒い。


「このような短時間で、温かく美味な料理を用意できるのです。戦場においては、十分に奇跡です」


「まあ、そう言われたらそうかもしれんけど」


 確かに、戦場で温かい飯が食えるのはありがたい。


 ナナミンはカップを抱えてスープを啜り、ほうっと息を吐いた。


「生きている感じがします……」


 その一言に、俺は少しだけ黙った。


 三日間逃げ続けて、仲間を失って、国も崩壊寸前。


 そんな子が、カップラーメンひとつでようやく息をつけている。


 俺は箸を置いた。


「ナナミン」


「はい?」


「飯の後、怪我を診るわ」


「怪我を……?」


「ああ。俺、一応、癒しの魔法使えるからな」


 その瞬間、エネとナナミンの動きが止まった。


「……癒しの魔法?」


 ナナミンが目を丸くする。


 エネも驚いたように俺を見た。


「救世主様、回復魔法まで使えるのですか?」


「まあ、使えるいうても、中級までやけどな。大きな傷とか欠損は無理やで」


「それでも十分です。癒しの魔法の使い手は、どこの国でも貴重ですから」


「そうなんか」


「はい。治癒の才は、誰にでも宿るものではありませんので」


 なるほど。


 俺の場合、才とか関係なく金で買ったんやけどな。


 言うとありがたみが消えそうなので、黙っておく。


 カップラーメンを食べ終えた後、俺はナナミンの擦り傷や打撲を癒した。


 淡い光が、俺の手から滲む。


 ナナミンの細い腕にあった擦り傷が、少しずつ薄くなって消えた。


「温かい……」


 ナナミンが小さく呟いた。


「痛みが、引いていきます」


 次に、自分の傷も軽く癒す。


 肩。


 腕。


 胸元。


 リュオとの戦いで刻まれた傷が、少しずつ塞がっていく。


 体の傷は治ったが、問題は戦闘用ビジネススーツだった。


 胸元も腕も裂けている。


 見た目だけなら、完全にボロ雑巾である。


「これ、修理できるんかな?」


 ギンコが前足でメニュー画面を開く。


「蜘蛛の糸店主に修理依頼を送ります」


「頼むわ」


 数秒後。


 画面に文字が浮かび上がった。


【蜘蛛の糸店主より返信】


【納品直後にここまで破損させる方は初めてです】


【服にも心があります】


【もう少し丁寧に扱ってください】


「怒られとるやん……」


「彼女は服飾愛が強いので」


「俺が悪いんか? 命懸けの戦闘やったんやけど」


 さらに文字が続く。


【今回は保証範囲内で修理します】


【次回からは追加料金を請求します】


【あと、血抜きくらいはしてください】


「職人の圧が強い……」


 ギンコは淡々と処理を進める。


 すると、メニュー画面が発光し、小さなピンク色の蜘蛛が飛び出した。


「うぉ!? なんやこいつ?」


「蜘蛛の糸店主の眷属ですね」


 ピンク色の小蜘蛛は、俺の肩に乗り、尻から輝く糸を紡ぎ出しながら俺の体を這い回る。


 戦闘用ビジネススーツの裂け目から、蜘蛛の糸が走り、生地がじわじわと縫い合わされていく。


 まるで服そのものが生きているみたいや。


「カンパニーの職人、凄すぎやろ!?」


「腕は確かです」


「腕以前の問題やねんけど……」


 修理を終えた子蜘蛛は、つぶらな目で抗議するように俺を睨み、再びメニュー画面の中へ消えた。


 スーツは、見た目だけならかなり戻っていた。


 完全新品とはいかないが、戦うには問題なさそうだ。


 そうして、食事と治療と修理を済ませながら、シルビアは走り続けた。


   ◇


 一日が過ぎた。


 空は相変わらず赤黒い。


 だが、景色は変わっていた。


 シルビアの周囲には広大な森が広がっている。


 いや、森だったもの、と言うべきかもしれない。


 幹の黒ずんだ木々。


 赤い雨を吸ったように変色した葉。


 折れた枝。


 地面には、腐った蔓や、干からびた獣の骨が転がっている。


 それでも、荒野とは違う湿った土の匂いがあった。


 ここが、西の森。


 エルフたちの国がある場所。


 車内には、自然と緊張が走っていた。


 エネは拳を握りしめている。


 ナナミンは聖獣の卵を抱きしめ、モニター越しの外を見つめていた。


 雷の精霊も、彼女の肩の近くで静かに光っている。


 運転席のまたたびが、低く言った。


「そろそろ見えるぞ」


「エルフ国か?」


「ああ。前方だ」


 モニターが拡大される。


 最初に見えたのは、白だった。


 白を基調とした街並みが見える。


 高い城壁に美しい塔。


 町の中に湖があり、その湖の中心にそびえる、荘厳な城。


 本来なら、きっと息を呑むほど美しい国だったのだろう。


 だが、今は違った。


 白い街並みのあちこちから、黒い煙が上がっている。


 建物は崩れ、外縁部を囲む巨大な城壁の一部が、無惨に破壊されていた。


 そこから、夥しい数の屍が国の中へ入り込んでいる。


 人型。


 獣型。


 魔物。


 森の動物だったもの。


 それらが、黒い波のように蠢いていた。


「……嘘」


 エネが、かすれた声を漏らす。


 ナナミンの顔から血の気が引いていた。


 モニターの中で、破壊された壁の隙間から夥しい屍がなだれ込んでいた。


 俺は思わず奥歯を噛んだ。


 あまりにもひどい。


 見た瞬間、手遅れという言葉が頭をよぎった。


 だが。


「待て」


 俺はモニターに身を乗り出した。


 城の周辺。


 第二城壁の内側。


 そこに、光が見えた。


 風の刃。


 火の球。


 氷の槍。


 いくつもの魔法が、城壁の上から放たれている。


 屍の群れを押し返すように、エルフたちがまだ戦っていた。


「まだや」


 俺は言った。


「まだ戦っとるぞ!」


 エネが顔を上げる。


 ナナミンも、涙の滲んだ瞳でモニターを見つめた。


 確かに、第二城壁はまだ落ちていない。


 その内側には、まだ生きている者たちがいる。


 俺は息を吐いた。


「ギリ間に合ったな」


 その言葉に、エネの肩が震えた。


「はい……まだ……まだ、間に合います」


 ナナミンは聖獣の卵を抱きしめながら、小さく頷いた。

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