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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第33話 三十秒の味方

 フォレストジャイアントが、瓦礫を踏み砕きながら近づいてくる。


 二体。


 どちらも三メートルはある巨体。


 樹皮のような分厚い皮膚に、腐った蔓をまとい、赤黒く濁った目でこちらを見下ろしていた。


 俺は『鬼軍曹』を握り直した。


 四面鬼を回す。


 楽しげに歪んだ鬼面。


 狂気じみた笑みを浮かべる鬼。


 楽の鬼。


 こいつの黒い斬撃は、物体を斬る。


 だが、生物は斬れない。


 その代わり、斬撃が生物に触れれば、三十秒の幻惑を刻む。


 ただし、万能ではない。


 斬撃に触れた対象が多ければ多いほど、幻惑にかかる確率は下がる。


 逆に、対象を絞れば絞るほど、成功率は上がる。


 だから、屍の群れをまとめて狙うのは悪手。


 狙うべきは、こいつらだけや。


 二体のフォレストジャイアント。


「巨人さん」


 俺は口元を歪めた。


「ちょっと踊ってもらうで」


 がちんっ。


 楽の鬼が噛み合う。


 頭の奥で、けたけたと笑うような気配が響いた。


 俺は『鬼軍曹』を大きく振り抜いた。


 黒い斬撃が、地面を裂きながら走る。


 石畳を切り、瓦礫を断ち、屍の隙間をすり抜け進む。


 狙いは二体。


 斬撃は左右へ分かれ、フォレストジャイアントの分厚い脚を掠めた。


 黒い線が、樹皮のような皮膚の表面を走る。


 傷などつきはしない。


 だが、それでいい。


 触れれば十分だ。


「生者は死者へ」


 俺は呟いた。


「死者は生者へ」


 二体のフォレストジャイアントが、ぴたりと動きを止める。


 赤黒い目が、ゆっくりと揺れた。


「見渡してみい」


 俺は『鬼軍曹』を肩に担ぎ、笑う。


「周りは生者だらけやぞ!」


 次の瞬間。


「「グオオオオオオオオオッ!!」」


 二体のフォレストジャイアントが、同時に咆哮した。


 低く濁った声が、崩れた街に響く。


 そして、巨人たちは俺ではなく、周囲の屍へ向かって腕を振り下ろした。


 どごんっ!


 屍の群れが潰れる。


 人型の屍も、獣の屍も、森の魔物だったものも、まとめて地面に叩き潰された。


「よっしゃ、かかった!」


 生者である俺たちを、死者と誤認する。


 死者である屍たちを、生者と誤認する。


 たった三十秒。


 だが、その三十秒だけは、こいつらは俺たちの味方だ。


「行くで、シルビア!」


『おうよ!』


 またたびが吠える。


 シルビアのエンジン音が低く唸り、ゆっくりと前へ進み出した。


 二体のフォレストジャイアントが、屍の群れを蹂躙する。


 巨大な腕が振るわれるたび、黒い波が砕ける。


 足が踏み込まれるたび、屍の体が潰れて灰になる。


 その隙間を、俺が走る。


「邪魔や!」


 俺は『鬼軍曹』で残った屍を叩き砕く。


 横から迫る屍は、ギンコの狐火が焼いた。


 白炎の狐が、二体の巨人の足元を駆け抜け、逃れた屍を次々と燃やしていく。


「なるほど。敵の大型個体を一時的に利用するとは」


 シルビアの屋根から、ギンコの声がした。


「悪くない発想です」


「褒めるならギャラまけてくれ!」


「それとこれとは別です」


「ほんまケチな狐や!」


 俺は叫びながら前へ出る。


 フォレストジャイアントはシルビアに殺到する屍たちを蹴散らす。


 前進が戻った。


 止まっていた流れが、再び動き出す。


 だが、時間はない。


 楽の鬼の幻惑は三十秒。


 その効果が切れれば、二体の巨人はまた俺たちを襲う。


「エネさん! ナナミン!」


 俺は振り返らずに叫んだ。


「あとどれくらいや!」


「もう少しです!」


 エネの声が返ってくる。


 シルビアの屋根の上で、彼女の周囲に薄緑の風が渦巻いていた。


 風の精霊シルフェンが、その中心で羽を震わせている。


 小さな少年のような精霊の体から、緑色の光が溢れ出していた。


「風の精霊シルフェンよ……我が願いに応え、荒ぶる風を束ねてください!」


 ナナミンもまた、トゥエルノに手を添えている。


 雷の精霊の体には、青白い雷が幾重にもまとわりついていた。


 髪が逆立ち、羽が震え、周囲の空気がぱちぱちと弾けている。


「トゥエルノ……お願い。私たちの国を守るために、闇を打ち払う一筋の雷を」


 青白い光が、さらに強くなる。


 俺はフォレストジャイアントの動きを見る。


 二体はまだ屍を襲っている。


 だが、動きにわずかな迷いが出てきた。


 赤黒い目が揺れ、俺たちの方へ意識が戻りかけている。


 幻惑の終わりが近い。


「まずいな……!」


 俺は幻惑が切れてもいいように、意識を奴らに集中する。


 その時、エネの声が響いた。


「救世主様、離れてください!」


「来たか!」


 俺はその場から大きく跳び退いた。


 同時に、一体目のフォレストジャイアントがこちらへ向き直る。


 だが、遅い。


「シルフェン!」


 エネが叫んだ。


 次の瞬間、巨大な竜巻が発生した。


 薄緑の風が幾重にも重なり、刃のように鋭く回転する。


 それは街路を削り、瓦礫を巻き上げながら、一体目のフォレストジャイアントを呑み込んだ。


 ごうっ!と風が唸る。


 無数の風刃が、樹皮のような分厚い皮膚を切り裂く。


 黒い樹液が飛び散る。


 腐った蔓が千切れ、太い腕が削られ、巨体が竜巻の中でよろめいた。


「す、すご……!」


 あれだけ俺の打撃を受けても倒れなかった巨人が、風の刃にずたずたにされている。


 続けて、ナナミンの声が響いた。


「トゥエルノ!」


 青白い光が、空気を裂いた。


 一筋の雷。


 だが、それはさっきまでの細い雷ではない。


 太い。


 まるで槍のような雷だった。


 一直線に走った雷が、もう一体のフォレストジャイアントの頭を貫く。


 ばちんっ!


 音が遅れて弾けた。


 青白い光が巨人の体内で暴れ回る。


 樹皮のような皮膚の隙間から雷が噴き出し、巨体が内側から焼かれていく。


 フォレストジャイアントが、声にならない咆哮を上げた。


 そして、膝から崩れ落ちる。


 どおんっ。


 地面が揺れた。


 もう一体も、竜巻に切り刻まれた末に倒れ、黒い灰を撒き散らして崩れていく。


 俺は思わず口を開けていた。


「……いや、ほんまにすごいやん」


 俺の全力打撃が通らなかった相手を、二人は魔法で仕留めた。


 自分の仲間ながら、頼もしすぎる。


 エネは息を切らし、ナナミンも顔色を少し悪くしている。


 だが、二人の目は折れていなかった。


「救世主様!」


 エネが叫ぶ。


「道は、開きました!」


「おう!」


 俺は『鬼軍曹』を担ぎ直す。


 前方の屍の波は、フォレストジャイアントと大魔法で大きく削れていた。


 今なら進める。


「またたび!」


『分かってる!』


 シルビアが再び動き出す。


 俺は前へ走った。


 第二城壁は、確実に近づいている。


   ◇


 第二城壁の上は、地獄だった。


 城壁に張り付く屍の数は、もはや数え切れない。


 人型の屍が爪を立て、獣の屍が牙を剥き、魔物だったものが壁をよじ登ろうとしている。


 城壁の下では、屍の群れが黒い海のようにうねっていた。


 門には、何度も何度も屍が打ちつけられている。


 どんっ。


 どんっ。


 重い音が響くたび、門を補強している木材が軋んだ。


「押し返せ! 門を破らせるな!」


 声を張り上げる一人の男性エルフがいた。


 長い金髪。


 鋭い目。


 その顔立ちは、どこかエネに似ていた。


「ルルカン様! 右側の守りが薄くなっています!」


「予備隊を回せ! 矢が尽きた者は石でも瓦礫でも投げろ! 足を止めるな!」


「しかし、兵たちの魔力が……!」


「分かっている! それでも撃てる者は撃て! ここを抜かれれば終わりだ!」


 ルルカンは兵たちを叱咤し続けていた。


 声は枯れかけている。


 腕には傷があり、額から血が流れている。


 それでも、彼は膝を折らなかった。


「諦めるな!」


 ルルカンの声が、城壁の上に響く。


「ここで我々が膝を折れば、城の中にいる陛下や民たち、そして我らエルフの未来が閉ざされる!」


 兵たちは必死に応える。


 風の矢。


 火の球。


 氷の槍。


 残った魔力を振り絞り、城壁に取りつく屍を叩き落とす。


 だが、数が違いすぎた。


 倒しても、倒しても、次が来る。


 兵たちの顔には、疲労と絶望が濃く滲んでいた。


 ルルカン自身も分かっている。


 この防衛線は、もう長くはもたない。


 特に門がまずい。


 第一城壁が破られた今、この第二城壁が最後の壁だ。


 その門が、屍の波に押され、今にも壊れかけている。


 ルルカンは奥歯を噛んだ。


 女王陛下は、まだ城の中にいる。


 避難できた民たちもいる。


 そして、エルフの未来を託されたおひいさまは、王家の隠し通路から逃がされた。


 無事でいてくれ。


 どうか、生きていてくれ。


 ルルカンの脳裏に、小さな少女の姿がよぎる。


 そして、もう一人。


 救援を求めて森を出た、妹の姿。


「エネ……」


 小さく、名が漏れた。


 妹は、救世主を探すために外へ出た。


 だが、この世界はあまりにも過酷だ。


 無事でいる保証など、どこにもない。


 それでも、願わずにはいられなかった。


 おひいさまも。


 エネも。


 せめて、未来を託された者たちだけは、生きていてほしい。


 そう思った、その時だった。


 城下町の中腹。


 黒い屍の海に呑まれているはずの街路で、薄緑の竜巻が立ち上がった。


「……何?」


 兵の一人が呟く。


 続いて、青白い雷が空を裂いた。


 太い一筋の雷が、街の奥で弾ける。


 屍の群れが、大きく揺れた。


 ルルカンは息を呑んだ。


 あの風。


 あの雷。


 見覚えがある。


 いや、見間違えるはずがない。


 風の魔法。


 雷の精霊。


 それは、彼がよく知る者たちの力だった。


「まさか……」


 ルルカンの拳が、震えるほど強く握られる。


 絶望に沈みかけていた瞳に、ほんのわずかな光が戻った。


「エネ……? おひいさま……?」


 城下町の中腹で、再び風が唸る。


 雷が弾ける。


 屍の海の中に、確かに何かが進んでいる。


 ルルカンは、城壁の縁へ一歩踏み出した。


「まさか、本当に……」


 言葉は、最後まで続かなかった。


 だが、彼の胸に、消えかけていた希望が灯り始めていた。


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