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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第27話 同業者

 町の中を、ギンコは一匹で歩いていた。


 崩れた家屋。


 割れた石畳。


 半分だけ残った看板。


 かつては人の暮らしがあったはずの通りを、屍たちがゆらゆらと徘徊している。


 腐った人間。


 獣だったもの。


 魔物だったもの。


 それらは、生者の匂いを求めるように、あちこちをさまよっていた。


 だが、ギンコには反応しない。


 生きた銀色の狐が、すぐそばを通っているというのに。


 まるで、そこに何も存在しないかのように。


 屍たちは、ギンコの横を通り過ぎていく。


「……この匂い」


 ギンコは小さく鼻をひくつかせた。


 屍の腐臭。


 血の匂い。


 崩れた町に染みついた湿った土と灰の匂い。


 その奥に、異質な気配が混じっていた。


 この世界のものではない。


 自分たちと同じ、異物の匂い。


「やはり、間違いありませんね」


 ギンコは黒ぶち眼鏡を前足で押し上げた。


「同業者ですか。しかもこの鼻につく甘ったるい匂い……」


 その時だった。


 路地裏の方から、女の悲鳴が響いた。


「きゃああああっ! 誰か、助けてください!」


 ギンコの耳が、ぴくりと動く。


 声のした方へ視線を向けた。


 そして、小さくため息をつく。


「……分かりやすいですね」


 ギンコは、てくてくと路地裏へ入っていった。


   ◇


 路地裏には、一人の女がいた。


 黒髪の女だ。


 年齢は二十代半ばほどに見える。


 汚れた服を着て、壁際に追い詰められている。


 その周囲には、数体の屍。


 屍たちは女を取り囲み、腐った腕を伸ばしていた。


 女はギンコを見ると、ぱっと顔を輝かせる。


「あっ……! お願い、助けて! そこにいる狐さん!」


 ギンコは冷めた目で女を見た。


「ただの狐に助けを求めるのは、かなり無理があると思いますが?」


「お願い! このままじゃ食べられちゃう!」


「そうですか」


「そうですか、じゃなくて! 助けて! お願い!」


 女は必死に叫ぶ。


 屍たちが、ゆっくりと女へ迫る。


 それでも、ギンコは一歩も動かなかった。


 黒ぶち眼鏡の奥の目が、静かに細められる。


「三文芝居はやめてください」


 ギンコの声に殺意が混じった。


「処しますよ、クロコ姉さま」


 その瞬間、女の動きがピタリと止まった。


 助けを求めていた顔が、ゆっくりと歪む。


 怯えた表情が消え、口元に酷く歪んだ笑みが浮かんだ。


「あら」


 女は、くすりと笑った。


「相変わらず、お堅いのね。ギンコちゃん」


 女の姿が、揺らいだ。


 黒髪が長く伸びる。


 汚れた服が、黒を基調とした艶やかな着物へ変わる。


 腰の後ろから、黒い尾が一本、二本、三本と現れる。


 九つ。


 九本の黒い尾が、路地裏の暗がりで妖しく揺れた。


 黒い九尾を揺らす、人の姿をした狐。


 妖艶な着物姿の女が、そこに立っていた。


 取り囲んでいた屍たちは、いつの間にか消えていた。


 いや、最初から存在などしていなかった。


「まったく。少しくらい、お姉さんのおふざけに付き合ってくれてもいいじゃない」


「時間の無駄です」


「ほんと、お堅い上に糞真面目なんだから」


「それで、何のつもりですか。クロコ姉さま」


 ギンコは冷静に言った。


「私には常に隠遁の術をかけています。私が認めた相手以外は、視認することも、気配を拾うこともできません。そんな私を見つけて助けを求める芝居など、最初から破綻しています」


「あら、そうだったかしら?」


「そうです」


「つまらない子ねぇ」


 クロコの笑みが、すっと消えた。


 次の瞬間。


 彼女の姿が、ギンコの背後にあった。


 黒い袖が揺れる。


 白い手が、刀の柄にかかる。


 抜刀一閃。


 音すら遅れて届くほどの速さだった。


 銀色の狐の首が、宙を舞った。


「本当に」


 クロコは刀を振り抜いた姿勢のまま、冷たく言った。


「虫唾が走るほど嫌いな妹だわ」


 ころり、とギンコの首が石畳に落ちる。


 体が、その場に崩れた。


 クロコは刀を軽く振り、血のついていない刃を眺める。


 次の瞬間。


 路地裏の屋根の上から、静かな声が落ちた。


「すぐ感情的になって手を出す性格は、相変わらずですね」


 クロコが、ゆっくりと顔を上げた。


 屋根の上。


 そこに、黒ぶち眼鏡をかけた銀色の狐が座っていた。


「私も、そんなあなたが大嫌いです」


 路地裏に落ちていたギンコの死体が、ふっと煙のように消える。


 幻。


 クロコは目を細めた。


「可愛げのない子」


「姉さまに似たくありませんので」


「口だけは一人前になったわね」


「姉さまは、相変わらず無駄に芝居がかっていますね」


 二匹の狐の間に、沈黙が落ちた。


 空気が、歪む。


 路地裏の壁が、みしりと鳴る。


 しばらくして、クロコが肩をすくめた。


「あなたがこの世界にいるということは、カンパニーが介入したのね」


 ギンコは答えない。


 屋根の上から、じっとクロコを見下ろしている。


「今さら、この世界に介入しても無駄よ」


 クロコは笑った。


「この世界は、私たちパブリック・コーポレーションがほぼ壊したもの」


「……」


「もう、あなたたちが介入してどうにかなるタイミングではないのだけれど」


 ギンコの尻尾が、わずかに揺れた。


「果たして、そうでしょうか?」


 その瞬間だった。


 教会の方角から、凄まじい破壊音が響いた。


 どごおおおおおおおおんっ!


 町全体が揺れた。


 路地裏の壁から埃が落ちる。


 遠くに見える教会の側面から、赤黒い衝撃の残滓が吹き抜けた。


 クロコの瞳が、わずかに見開かれる。


 縦に割れた瞳孔が、教会の方角を捉えた。


 まるで遠くを覗き見るように、目を細める。


「あらあら」


 クロコの口元が、ゆっくりと持ち上がる。


「なるほど。面白そうな新人を連れてきたのね」


 ギンコは何も言わない。


 クロコは、黙ったままのギンコを興味深そうに眺めた。


 口元が、愉悦に歪む。


「今更こんな終わりかけの世界に、社長が視察命令を出した理由が、ようやく分かったわ」


「視察ですか」


「ええ。仕事よ。とても面倒な依頼だったけどね」


 クロコは刀を鞘に収めた。


「報告が増えたわね。ああ、嫌だ嫌だ」


「姉さまは、いい加減でずぼらですからね」


「あなたみたいに、紙と数字と契約書を愛していないだけよ」


「それでよく企業に所属していますね」


「うるさい子ね。私は荒事専門なのよ」


 クロコの足元に、黒い影が広がり始めた。


 路地裏の暗がりが、彼女の足元へ集まっていく。


 その体が、影に溶けるように沈み始めた。


「ああ、そうだ」


 クロコは思い出したように顔を上げた。


「今、西の森が面白いことになっているの」


「……」


「見世物としては最高のショーよ。あなたたちが見に行くなら、早く行くことをおすすめするわ」


「……ご忠告、痛み入ります」


「ふふ。相変わらず可愛くない子」


 クロコの姿が、さらに影へ沈む。


 残るのは、九本の黒い尾だけ。


「それじゃあね、ギンコちゃん」


「ええ」


 ギンコは静かに言った。


「二度と会いたくありません」


「お姉さんは、また会いたいわ」


「迷惑です」


 クロコは楽しそうに笑った。


 次の瞬間、その気配は完全に消えた。


 路地裏には、腐った町の匂いと、屍たちの遠い唸り声だけが残る。


 ギンコは屋根の上で、しばらく黙っていた。


 やがて、小さくため息を吐く。


「……やはり、というべきか、厄介なことになりましたね」


 ギンコは教会の方角を見た。


 善一郎がいる方角。


 先ほどの破壊音。


 あれほどの威力なら、森辺の導きとの戦闘は終局に近いはずだ。


「善一郎様」


 ギンコは小さく呟いた。


「本当に、ボスの目利きは嫌になるほど正確ですね」


 そして、どこからともなくスマホを取り出した。


 黒ぶち眼鏡の奥の目が、鋭くなる。


 画面を操作し、通話を繋ぐ。


 数秒の沈黙。


 やがて、通話の向こう側にねっとりとした重苦しい声が響いた。


『なにかね、ギンコ。 善一郎くんが遂に飛んだかね?』


「いいえ、ボス」


 ギンコは静かに言った。


「パブリック・コーポレーションの介入を確認しました」


 路地裏に、冷たい風が吹く。


 ギンコの銀色の尾が揺れた。


「私の限定的な介入解除の許可をお願いします」

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