第22話 ニューモデル
画面の中で、新装備の名前が激しく点滅していた。
【装備ショップ・金魂屋】
【善一郎ニューモデル 販売開始】
【鬼軍曹タイプ四面鬼】
【戦闘用スーツ】
俺は、目の前に浮かぶメニュー画面をじっと見つめた。
名前だけで嫌な予感がする。
鬼軍曹タイプ四面鬼。
戦闘用スーツ。
「……なあ、ギンコ」
「はい」
「これ、絶対また高い気がするんやけど」
「性能相応かと。確かめてみましょう」
俺が顔をしかめていると、ギンコが前足で画面を操作した。
すると、画面に装備説明が表示される。
【鬼軍曹タイプ四面鬼】
【一本で四つの戦闘スタイルを実現した、金魂屋渾身の新型武装!】
【そこの貴方! 打撃だけで満足していませんか?】
【時代は、打・斬・射・守の四タイプ切り替え方式!】
【状況に応じて戦い方を変える、できるビジネスマンのための戦闘用マルチウェポン!】
【四面に刻まれた喜怒哀楽の鬼面が、あなたの戦場を華やかに彩ります!】
「いや、なんでビジネスマン向けやねん!」
俺は思わず叫んだ。
「戦場を華やかに彩るな!」
「善一郎様も元サラリーマンですし、刺さる層に向けた売り文句なのでは?」
「一切刺さらんわ!」
画面は勝手に次の説明へ進む。
【戦闘用ビジネススーツ】
【服飾ショップ・蜘蛛の糸店主と、装備ショップ・金魂屋主人による夢のコラボ開発!】
【特殊合金を極細の糸に加工し、柔軟性と防御力を両立!】
【突然の交通事故。出勤時の魔物襲撃。上司からの無茶振り】
【そんな現代ビジネスマンの危機を、これ一着で強力サポート!】
【新開発の衝撃吸収素材を採用し、着るだけで安心感が違います!】
【できる男は、防御から始める】
「できる男は、まずこんな世界に来んわい!!」
俺は画面に向かって吠えた。
「出勤時の魔物襲撃ってなんやねん! どんな会社に勤めとる想定や!」
「カンパニー関連では、珍しくない事例です」
「そんな会社潰れてしまえ!」
メニュー画面の下に、さらに小さな文字が点滅していた。
【注意】
【職人が張り切りすぎたため、製造コストが想定より大幅に上昇しました】
【そのぶん性能は保証します】
【今だけセット価格】
【200,000P】
「二十万ポイント!?」
俺は叫んだ。
「二千万円やないか! 買えるかぁぁぁ!」
「今は買えませんね」
ギンコが冷静に言う。
「昨日の晩飯代すら怪しかった男に、二千万の装備を勧めるな!」
「ですが、西の森に入るなら必要になる可能性は高いですよ」
「いや、性能が良いのは分かるけど、金がないんや。金が」
「なので」
ギンコが、にっこりと笑った。
その鬼畜な笑顔で、俺は全てを察した。
「やめろ」
「やはり明日も、善一郎様が鬼軍曹になる必要がありますね」
「嫌やぁぁぁぁああああ!」
「ご安心ください。四日ほど続ければ、最低限の購入資金は確保できる見込みです」
「四日も俺を振る気か!?」
「体調を見ながらです」
「体調を見てたら一回目で中止や!」
俺は頭を抱えた。
これからのことを考えれば、必要になるのかもしれない。
頭では分かる。
けれど、心が納得できない。
「この装備、実質俺の尊厳で買うことになるんちゃうか……」
「尊厳を有効活用できて何よりです」
「活用するな!」
◇
それから、四日が過ぎた。
その四日間について、細かく語ることはしない。
なぜなら、思い出すだけで体の芯から震えてしまうからだ。
あの鬼畜狐のせいで、俺の心は完全なトラウマを抱えた。
あの地獄の体験を、何度も繰り返したのだ。
当然だろう。
三回目あたりから、叫ぶ内容すら尽きたし、五回目には、母さんの顔が見えた。
七回目には、パンチ親父の顔面に『鬼軍曹』をぶち込むと心に誓った。
その後は、もう何も覚えていない。
だが、悪いことばかりでもなかった。
ポイントは貯まった。
移動距離も稼げた。
四日分の地獄で稼いだポイントは、7割がた新装備代に消えた。
そして、何より俺の体がようやく回復してきた。
過強化反動の重さは、少しずつ抜けていった。
腕にも力が戻った。
足も動く。
もう、俺はシルビアに振られるだけの武器ではない。
自分で立ち、自分で戦える。
その事実だけで、俺は泣いた。
これほど泣いたのは、昔見た蛍の戦争映画以来だろう。
移動の途中、俺たちはいくつもの村を通り過ぎた。
いや、村だったもの、と言うべきかもしれない。
焼け落ちた家。
崩れた柵。
壊れたまま動かない荷車。
井戸のそばに座り込んだ姿勢で屍化した人間。
誰も手入れしなくなった畑。
そこに残っていたのは、生活の跡と、終わりの匂いだけだった。
エネは、そのたびに無言になった。
俺も何も言えなかった。
この世界は、本当に滅びかけている。
カレーが美味いとか、銭湯が気持ちいいとか、シルビアの乗り心地が悪いとか。
そんなことを言っている間にも、あちこちで人が消えている。
それを思い知らされた。
そして、五日目の昼過ぎ。
荒野の景色は、消えていた。
地面には枯れた草が増え、遠くには黒ずんだ森の影が見え始めている。
空気も少し変わった。
乾いた砂の匂いより、湿った土と枯れた葉の匂いが混ざる。
「あと二日ほどで、西の森の外縁部だ」
運転席から、またたびの声がした。
「ようやくか……」
俺は車内のソファーに座ったまま、息を吐いた。
長かった。
いや、本当に長かった。
まだ到着していないのに、もう一章分くらい苦労した気がする。
「ただし、その前に最後の稼ぎ場がありそうですね」
ギンコがモニターを見ながら言った。
「稼ぎ場?」
「前方に町があります」
モニターが拡大される。
そこに映ったのは、壁で囲まれた中規模の町だった。
石壁はところどころ崩れていて、門は半ば開き、片側だけが壊れたままぶら下がっていた。
町の中には、無数の影。
人型の屍。
魔物の屍。
獣の屍。
それらが入り乱れ、通りを徘徊している。
「……町、か」
俺は小さく呟いた。
かつては人が住んでいたのだろう。
商人が行き来し、子供が走り、飯の匂いがして、夜には明かりが灯る。当たり前の人間の営みがあったはずだ。
なのに今は、屍の巣だ。
「西の森に入る前の、最後の大きなポイント源です」
ギンコが言った。
「町の屍を殲滅できれば、装備費の一部回収と、今後の物資購入に余裕ができます」
「……稼ぎ場って言い方、もうちょいどうにかならんか」
「では、浄化対象群です」
「急に宗教っぽくなったな」
俺は立ち上がった。
体は動く。
筋肉に重さは残っているが、もう戦えないほどではない。
俺は深呼吸をして、手元の新装備を見た。
鬼軍曹タイプ四面鬼。
通常の金属バットより、一回り大きい。
四つの面に、それぞれ喜怒哀楽を象った鬼の顔が刻まれている。
見る角度によって、武器そのものの表情が変わる。
持ち手は太く、手に吸い付くような感触がある。
重い。
だが、今の俺なら扱える。
そして、俺が着ているのは戦闘用ビジネススーツ。
見た目は黒を基調としたスーツに近い。
だが、生地の奥には金属糸のような光が走っている。
肘や膝、肩、背中には衝撃吸収用の補強。
動きを阻害しない。
むしろ、体の芯を支えられているような感覚さえある。
「……なあ、ギンコ」
「はい」
「このスーツ、思ったより着心地ええな」
「蜘蛛の糸店主が、相当こだわったそうです」
「名前は怪しいのにな」
「蜘蛛の糸の店主はアラクネの中でも、一級の職人なので」
「金魂屋もそうやけど、カンパニーの職人って濃すぎへん?」
「否定はしません」
俺は『四面鬼』を握り直し、シルビアの屋根へ出た。
ギンコとエネも続いた。
風が吹く。
町からは、腐臭が漂ってくる。
エネの顔が強張った。
「この町も……」
「たぶん、もう生きている人はおらんやろな」
俺は言った。
胸の奥が重い。
だが、今は立ち止まれない。
「ギンコ」
「はい」
「今日は俺が戦う」
ギンコがこちらを見る。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫かどうかは知らん」
俺は『四面鬼』を肩に担いだ。
「でも、もうあの地獄体験はせん。シルビアに振られるくらいなら、自分で戦う」
「主体性が戻ってきましたね」
「動機は最低最悪やけどな」
俺は町を見据えた。
「またたび」
『なんだ、坊主』
「町の中に突っ込んでくれ。俺が降りて片づける」
『へぇ』
またたびの声が、少し楽しそうになる。
『派手にやる気か? いいねぇ。了解だ』
シルビアのエンジン音が低く唸った。
町の門が近づいてくる。
屍たちがこちらに気づき、赤黒い目を向け始めた。
俺は『四面鬼』を構える。
その時だった。
町の上空に、一筋の青白い光が走った。
ばちんっ!
雷鳴。
空から落ちた雷が、町の中に落ちたのだ。
「なんや!?」
俺は思わず顔を上げた。
町の中央にそびえる屋根の上。
そこに、小さな光の塊が浮いていた。
その小さな塊が、空中で震えながらも、次々と雷を放っていた。
わずかに屍たちが屋根をよじ登ろうとしているのが見える。
精霊は必死に雷を撃つ。
だが、その光は弱々しい。
明らかに、長くはもたない。
「エネさん?」
俺は横を見た。
エネの顔から、血の気が引いていた。
彼女は震える唇で、ぽつりと呟く。
「あれは……」
「知ってるんか?」
エネは、信じられないものを見るように、町の上空の精霊を見つめていた。
「あれは、おひいさまが契約している雷の精霊です」
「おひいさまの?」
「どうして……」
エネの声が、震えた。
「どうして、こんなところに……?」
町の上空で、雷の精霊がまた一度、青白い光を放った。
その光は、助けを求める合図のようにも見えた。




