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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第20話 湯煙のカンパニー

 湯煙の向こうから現れたのは――。


「ふう。よい浴場ですね」


 黒ぶち眼鏡を外した、いつもの銀色の狐だった。


「お前かい!!」


 俺の声が、浴場に響いた。


 ギンコは獣姿のまま、当然のように洗い場へ向かう。


 銀色の毛並みに、ふわりと揺れる尻尾。


 普段なら鼻の上に乗っている黒ぶち眼鏡は、今はない。


 そのせいか、いつもより少しだけ目元が柔らかく見える。


 いや、今はそんなことどうでもええ。


「変な期待させんなや!」


「はて、何のことですか?」


「いや、今の曇り硝子の影! 明らかに人型やったやろ!?」


「善一郎様は本日、屍渡りを経験し、屍コモドラゴンの体内を通過し、さらに激しい車酔いをされています」


 ギンコは淡々と言った。


「疲労による幻覚を見ても不思議ではありませんね」


「納得できそうなのが腹立つ!」


「では、納得してください」


「するか!」


 ギンコは俺の抗議など気にした様子もなく、器用に前足で湯をすくい、銀色の毛並みにかける。


 湯を浴びた毛が、しっとりと細くなる。


 狐なのに、妙に色っぽい仕草だ。


「というか、ここ男湯ちゃうんか!? またたび、男女で分かれてる言うてたぞ!」


「私は使い魔枠です」


「都合のええ枠を作るな!」


 ギンコは涼しい顔のまま、湯船に入ってきた。


 狐の姿のまま、湯に浸かる。


 そして、気持ちよさそうに目を細めた。


「はぁ……」


「お前、普通にくつろぐなや」


「銭湯は心身を癒やす場所です。騒ぐのはマナー違反ですよ」


「誰のせいで騒いどると思っとんねん」


「疲労による幻覚のせいでは?」


「まだ言うか」


 俺は湯船の反対側へ少しだけ距離を取った。


 いや、相手は狐なんやけど。


 さっき見た影が頭から離れない。


 細い肩。


 なだらかな腰。


 胸元のふくらみ。


 そして、尻尾。


 あれは本当に幻だったのか。


 ギンコは何事もなかったように湯に浸かっている。


 その態度が、逆に怪しい。


「……まあ、ええわ」


 俺は湯船の縁に背中を預けた。


「今は追及する元気もない」


「賢明です」


「で?」


「はい?」


「わざわざ風呂にまで来て、何の用や。まさか一緒に湯に浸かりに来ただけちゃうやろ」


 ギンコは、湯船の中で尻尾をゆっくり揺らした。


「現状確認です」


「嫌な言葉やな」


「善一郎様の所持ポイントは、現在ほぼありません」


「……せやな」


 俺は天井を見上げた。


 移動費で五万ポイント。


 屍渡り突破で四万ポイント。


 見事に空っぽだ。


「ポイントがなければ、食料も買えませんし、スキル使用にも、これからの仕事にも支障が出ます」


「言われんでも分かっとるわ。今日の飯すら怪しいんやろ?」


「はい」


「十億案件に向かってるのに、今日の飯代がないってどういうことやねん……」


「現金収支とはそういうものです」


「嫌な現実を異世界で突きつけるな」


 俺は深いため息を吐いた。


 あれほどあったポイントは、借金返済ですでになくなった。


 スズメの涙ほど残ったポイントすらも、十億の大仕事を始める前に消失してしまった。


 あんな地獄を体験して得たポイントなのに、素寒貧。


 あまりにも世知辛い。


 この世界、俺のこと金で殴りすぎちゃうかな?


「稼がなあかんのは分かる」


「はい」


「でも、今の俺はまともに動けへんぞ」


 俺は湯の中で自分の腕を見る。


 まだ重い。


 痛みは湯で少し和らいでいるが、力が入らない。


 過強化反動。


 長時間戦闘。


 屍渡りの車内地獄。


 全部が体にダメージとして残っている。


「この状態で外に出て戦え言うなら、さすがに労基に訴えるで」


「訴えたところで無駄ですが、ご安心ください」


 ギンコの口元がわずかに歪んだ気がした。


「善一郎様に動いていただく必要はありません」


「……ほんまかぁ?」


「はい」


「なんでやろな。安心できる言葉のはずやのに、ものすごく嫌な予感がする」


「私に妙案があります」


「今言え」


「明日説明します」


「絶対ろくでもないやつやろ」


「移動しながら、かつポイントを貯められる効率的な作戦です」


「お前が効率的って言う時は、大体俺がひどい目に遭うんや」


「経験から学んでいますね。素晴らしい進歩です」


「喜べるか!」


 ギンコはくすりと笑った。


 眼鏡を外しているせいか、その笑い方がいつもより少しだけ違って見えた。


 からかっているようで、どこか疲れているようでもある。


 俺はしばらく黙って湯気を見つめた。


 外では終末世界の夜が広がっている。


 装甲車の中にある銭湯。


 湯船に浸かる俺。


 同じ湯船にいる、銀色の狐。


 どう考えても、普通ではない。


「なあ、ギンコ」


「はい」


「いい機会やから聞くわ」


「なんでしょう」


「お前ら、ほんま何者なんや?」


 ギンコの尻尾の動きが、ほんの少し止まった。


「何者、とは?」


「とぼけんなや。お前も、またたびも、パンチ親父も、普通やない。異世界でスーパー開いたり、ステータスいじったり、武器買わせたり、装甲車呼んだり、スマホで電話したり」


 俺はギンコを見た。


「ただの借金取りと使い魔にしては、できることが多すぎる」


「……」


「それに、またたびが言うてたやろ。新人を戦場に配達してきたとか。俺以外にも、お前らに送られた奴がおるんか?」


 ギンコはしばらく黙っていた。


 湯気が白く揺れる。


 やがて、ギンコは静かに息を吐いた。


「我々は、『カンパニー』に属しています」


「カンパニー?」


 ギンコは湯船の縁に前足を乗せる。


「数多く存在する異なる世界をまたにかけ、商いをしている組織です」


「異なる世界をまたにかけて商売……」


「はい。物資、技術、情報、契約、そして人材。扱う商品は多岐にわたります」


「総合商社みたいなもんか」


「そうですね。主に力を入れている事業の一つが、人材派遣です」


「異世界派遣会社かい」


「そう言っても間違いではありません」


「何を派遣するんや?」


「英雄、勇者、魔王、悪の幹部、軍師、商人、聖女、村人、農民、兵士、技術者。依頼内容と契約次第で、あらゆる人材を必要な世界へ送ります。世界によって、求められる人材は違いますので」


「……範囲が広すぎるやろ」


 てか、救う側だけじゃなく、滅ぼす側も派遣しとるのかこいつら。


 『カンパニー』って組織の闇深さが垣間見えるんやけど……。


「……俺は?」


 まさか、ほんまに救世主枠なんか?


「借金返済労働者です」


「急にランク下がりすぎちゃう!?」


「ですが、将来性のある借金返済労働者です」


「嬉しないわ!」


 俺は頭を押さえた。


 異世界間で人材を派遣する組織。


 英雄や勇者や魔王まで扱う会社。


 その中で、俺は借金返済労働者。


 なんやそれ。


 もう、何に驚けばいいのか分からない。


「じゃあ、パンチ親父は何なんや」


「ボスです」


「それは知っとる。神か? 悪魔か? あのパンチ親父なら悪魔や言われても納得できるわ」


 ギンコは、少しだけ目を伏せた。


「分かりません」


「分からん?」


「正確には、私にもボスの正体は分かりません」


「部下やのに?」


「はい」


「そんなことある?」


「あります。『カンパニー』では、ボスの正体を知らないまま契約関係にある者も少なくありません」


 ギンコは静かに言った。


「ボスのもとに集まる者たちは、皆、何らかの契約に縛られています」


「契約……」


「私も。またたびさんも。その他の者たちも」


 俺は思わずギンコを見た。


「お前も?」


「はい」


「またたびも?」


「はい」


「好きであんな仕事してるわけちゃうんか?」


「またたびさんは半分以上好きでやっています」


「そこは好きなんかい」


「ですが、契約に縛られていることに変わりはありません」


 ギンコの声は、いつもより少しだけ低かった。


 普段なら金だの効率だの契約だのと平然と言う狐が、今は少し違う顔をしている。


「契約って、破れへんのか?」


「契約は、成立した時点で双方の魂を縛ります。破るのは不可能です」


「俺の借金契約みたいなもんか」


「そうですね」


「最悪やな」


「ええ。契約とは、そういうものです」


 湯船の湯が、静かに揺れた。


 俺は口を開きかけて、迷った。


 けれど、聞かずにはいられなかった。


「なあ」


「はい」


「なら、俺の親父も……何かの契約に縛られてたんか?」


 ギンコは答えなかった。


 湯気が漂う。


 外のエンジン音が、かすかに聞こえる。


 沈黙が長い。


「ギンコ?」


「分かりません」


 少し遅れて、ギンコが言った。


「私は、善一郎様のお父上について、多くを知りません」


「ほんまに?」


「はい」


 その返事は、淡々としていた。


 けれど、いつものギンコにしては、少しだけ間があった。


 それが気になった。


「今の間、なんや」


「善一郎様」


 ギンコは湯船から上がった。


 銀色の毛から、ぽたぽたと湯が落ちる。


「好奇心は、時に身を滅ぼします」


「……」


「今の善一郎様が考えるべきことは、一つです」


「借金を返せ、か」


「はい」


 ギンコはふるふると体を揺らし、水気を切ると、洗い場の方へ歩きながら言った。


「借金を返し、生き延びること。それ以外の深追いは、おすすめしません」


「忠告か?」


「はい」


「脅しやなくて?」


「忠告です」


 ギンコは振り返らなかった。


「では、私は先に上がります。善一郎様も、のぼせない程度にしてください」


「……ギンコ」


「はい」


「お前、ほんまにただの使い魔なんか?」


 ギンコは、少しだけ足を止めた。


 そして、いつもの調子で言った。


「ただの、善一郎様のサポート使い魔ですよ」


 そう言って、湯気の向こうへ消えていった。


 俺は湯船に取り残された。


 体は温まっている。


 傷の痛みも、少しだけ和らいでいる。


 なのに、胸の奥だけが妙に冷えていた。


 カンパニー。


 人材派遣。


 契約。


 パンチ親父の正体。


 ギンコやまたたびを縛るもの。


 そして、親父。


「……何に巻き込まれてんねん、俺」


 湯気の中で呟く。


 答えは返ってこなかった。


 ただ、百億の借金だけが、変わらず俺の背中にのしかかっていた。


   ◇


 翌朝。


 シルビアは、荒野を走っていた。


 赤黒い朝日が、地平線の向こうから昇りかけている。


 砂埃が舞い、荒野の景色が後方へ流れていく。


 そのさらに後ろには、屍魔物の群れ。


 定番のゴブリンにコボルト。


 それに見たこともない獣。


 人だったもの。


 数は、昨日の屍渡りほどではない。


 だが、十分すぎるほど多い。


 走行中に集めた屍。


 走りながら敵を引き連れる、いわゆるオンラインゲームのトレイン行為みたいなもんや。


 その群れが、俺という餌を求めて追ってきていた。


「……なあ」


 俺は装甲車の屋根の上にいた。


 両足をがっちり縄で固定されている。


 縄を辿ると、リアバンパーに括り付けられていた。


 両手には『鬼軍曹』。


 というか、両腕ごと『鬼軍曹』を持った状態で固定されている。


 風が顔面に当たる。


 目の前には、後方から迫る屍魔物の群れ。


 横には、なぜか涼しい顔をしたギンコ。


 そのさらに後ろには、青ざめたエネ。


「ギンコさん?」


「はい」


「これは何?」


「秘策です」


「俺には処刑台に見えるんやけど」


「善一郎様は、現在まともに動けません」


「せやな」


「ですが、ポイントは必要です」


「せやな」


「そこで考えました」


「もう聞きとうない」


 ギンコは、黒ぶち眼鏡を押し上げた。


「善一郎様は、動く必要はありません」


 ギンコは満面の鬼畜スマイルで言った。


「あなた自身が、『鬼軍曹』となればいいのです」


「どういう意味やぁぁぁぁぁっ!?」


 シルビアが大きく旋回し、俺はリアバンパーに繋がれた縄ごと、勢いよく車体の外へ放り出された。


 その瞬間、俺は理解した。


 『鬼軍曹』を振るのは俺ではない。


 シルビアが、『鬼軍曹』を持った俺を振るのだと。

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