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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第18話 屍渡り

 モニターの向こうに、黒い波が広がっていた。


 最初は、ただの影に見えた。


 だが、違う。


 それは蠢いていた。


 地平線を埋め尽くすほどの数で。


 荒野を這うように。


 あるいは、生者の匂いを求めて流れる濁流のように。


 ゴブリンやウルフ。


 まだ見たことのない種類の魔物たち。


 それらが一つの大波となって、こちらの進行方向を埋め尽くしていた。


「……なんや、あれ」


 俺の声が、乾いていた。


 さっきまでソファーの座り心地に少し感動していたのに、一瞬で現実へ引き戻された。


 あんな数、まともに相手をするものではない。


 戦うとか、倒すとか、そういう次元じゃない。


 災害だ。


 エネが、モニターを見つめたまま青ざめている。


 細い指が震え、唇がかすかに動いた。


「あれは……屍渡り」


「しかばね、わたり?」


「はい。生者を求め、屍たちが群れを成して移動する現象です」


 エネの声は、震えていた。


「私たちは、あれを屍渡りマイグレイション・デッドと呼んでいます」


「名前だけ無駄に格好ええな……」


「笑い事ではありません。あれに呑まれただけで跡形もなく消えます」


「見たら分かるわ!」


 モニターの中で、屍魔物たちが押し寄せてくる。


 こちらに気づいたのか、いくつもの赤黒い目が、同時に装甲車へ向けられた。


 ぞわり、と背中が冷えた。


「や、ヤバいやんけ。このままやと呑まれるぞ!」


 俺は思わず叫んだ。


 ギンコは黒ぶち眼鏡の奥で、冷静に前方モニターを見ている。


「またたびさん、いけますか?」


 運転席から、低い笑い声が返ってきた。


「いけるかどうかじゃねぇ。いくらでいくかだ」


「この状況で金の話!?」


「坊主」


 またたびの声が、妙に楽しそうだった。


「選ばせてやる。安い方か、高い方か。どっちがいい?」


「意味が分からん!」


「安い方は四万ポイント」


「俺の残高、五万ポイントくらいやぞ!? ほぼなくなるやんけ!」


「かなり無茶をする。車体をぶつけながら、群れをこじ開ける。かなり危険だ」


「嫌すぎる説明やな!」


「高い方は四十万ポイント」


「四千万!!」


「シルビアの主砲を使う。前方の群れをまとめて吹き飛ばして、安全に道を開ける。かなりオススメだ」


 またたびの声が、少しだけ弾んだ。


「最近撃ってねぇからな。主砲が錆びつく前に一発ぶっ放してぇ」


「使いたいだけやないか!」


「安全だぞ」


「高すぎて払えるか!」


「払えない場合は借金に上乗せしてもいいぞ?」


「最悪の後払い制度!」


 俺は頭を抱えた。


 四万ポイント。


 今の俺のほぼ全財産。


 いや、さっき五百万払って移動して、残ったポイントがちょうどそれくらいだ。


 ここで払えば、俺の手元はほぼ空になる。


 だが、高い方は四百万ポイント。


 日本円換算で四億円。


 そんなもん払えるか。


「選ばなければ、自動的に高い方で処理する」


「なんでや!」


「安全第一だからな」


「嘘つけ! 主砲撃ちたいだけやろ!」


「それもあるな」


「認めるな!」


 ギンコが淡々と言う。


「善一郎様、判断を」


「判断も何も、選択肢なんかないやんけ!」


 俺は奥歯を噛み締めた。


 モニターの向こうで、屍渡りが迫っている。


 時間はない。


 ここで四億の借金を背負うか。


 残りポイント全部を失って、安い方に賭けるか。


 二億近く返して、また四億借金って、冗談でも笑えん。


 正直どっちも嫌や。


 だが、もっと嫌なのは、ここで屍の波に呑まれることだ。


「……安い方や」


 俺は絞り出すように言った。


「四万ポイント、払う。安い方でいってくれ」


「危険な道を選択するか」


 またたびの声が、にやりと笑った気配を帯びた。


「肝は悪くねぇみたいだな。俺好みだぜ、小僧」


「褒められても全然嬉しないわ!」


 その時、エネが身を乗り出した。


「あの、待ってください」


「どうしたんや?」


「この鉄の馬車をぶつけながら進むのであれば、風の精霊の加護が役に立つかもしれません」


「風の精霊?」


「はい。長くはもちません。ですが、一時的に車体を軽くし、動きの補助をすることはできます」


 またたびが運転席で口笛を吹いた。


「いいねぇ、お嬢。ナイス提案だ」


「できるんか、エネさん?」


「はい。大きな力ではありませんが、風をまとわせることなら」


「頼む」


 俺が言うと、エネは真剣な顔で頷いた。


 彼女はソファーから立ち上がり、車内の壁へ両手を添える。


 白に近い金髪が、ふわりと浮いた。


 薄緑の光が、彼女の指先から装甲へ走っていく。


「風の精霊よ」


 エネの声が、静かに車内へ響いた。


「この鉄の馬車に、走るための羽を。押し寄せる死の波を越えるための、ひとときの加護を」


 次の瞬間、装甲車全体を包むように風が巻いた。


 モニター越しにも分かる。


 シルビアの周囲に、薄緑の流れがまとわりついている。


「おお……」


 俺は思わず声を漏らした。


「ちゃんとファンタジーや……」


「救世主様、あまり長くはもちません」


「十分だ」


 またたびが低く笑う。


「この風があるなら、安い方でもかなり遊べる」


「遊ぶな!」


「安心しろ。仕事はする」


 ギンコがモニターを見た。


「接敵まで十秒」


 急に声が冷静になる。


 俺の背筋が伸びた。


「九、八、七」


「坊主、お嬢、ギンコ。どこでもいいから捕まってろ」


「どこでもって何!?」


「舌噛むぞ」


「怖すぎるわ!」


 俺は慌ててソファー横の手すりを掴んだ。


 エネも近くの柱にしがみつく。


「三、二、一」


 ギンコの声が、最後の数字を告げる。


 同時に、装甲車の左右から重い金属音が響いた。


 がしゃん。


 がしゃん。


 モニターに映るシルビアの側面から、長い金属の腕が展開される。


 その先には、巨大な円形の刃。


 鋸のような歯がびっしり並んだ、物騒極まりないブレードだった。


「何積んどんねん、この車!」


「タクシーの標準装備だ」


「絶対違う!」


「シルビア、刈るぞ」


 またたびが呟いた。


 エンジン音が、一段低く沈む。


 次の瞬間、シルビアが加速した。


 外の景色がぶれる。


 屍渡りの先頭が目前に迫る。


 ゴブリン。


 コボルト。


 オーク。


 オーガ。


 ファンタジーの定番モンスターたち。


 それらが、口を開き、爪を伸ばし、こちらへ殺到する。


「うわああああああっ!?」


 俺の叫びと同時に、またたびがステアリングを大きく切った。


 サイドブレーキを引き、アクセルを全開のままクラッチを蹴る。


 車体が、ぐいん、と横を向いた。


 いや、横を向くだけでは終わらない。


 シルビアは速度を保ったまま、荒野の上で滑り、回り始めた。


「回っとる! 車が回っとるぅぅぅ!」


「ドリフトだ」


「知ってるドリフトと違う!」


 左右のノコギリブレードが唸りを上げる。


 ぎゅいいいいいいんっ。


 次の瞬間、シルビアは屍の群れへ突っ込んだ。


 刃が屍魔物を薙ぎ払う。


 腐った肉が裂け、骨が砕ける。


 灰が爆発するように舞い上がる。


 ゴブリンが吹き飛ぶ。


 コボルトの脚が千切れる。


 オークの胴が割れる。


 シルビアは回転しながら、屍の波を削り取っていく。


 まるで巨大な鉄の独楽。


 あるいは、終末世界の草刈り機。


 外は凄まじい。


 だが、中はもっと酷かった。


「ぐおおおおおおっ!?」


 俺の体がソファーから浮いた。


 手すりに必死にしがみつく。


 エネは悲鳴を上げながら、壁に張り付いている。


「こ、これが……鉄の聖獣の怒り……!」


「違う! 運転手の趣味や!」


「喋るな。舌噛むぞ」


 またたびの声は、やたら落ち着いている。


 この状況で一番おかしいのは、間違いなくあの黒猫だ。


「真っ直ぐ進めぇぇぇ!」


 俺は叫んだ。


「進んでるだろうが」


「回っとるやろ!」


「最適解のルートを選んでいる」


「鉄の独楽みたいに回るのが最適解なんか!?」


「直進したら囲まれる。横を削りながら空間を作る。車体を回せば全方位に刃が届く。合理的だ」


「合理的の見た目が狂っとる!」


 ギンコはクッションの上で、器用に体勢を保っていた。


「見事な運転ですね」


「褒めるな!」


「実際、接触被害を最小限に抑えながら、進路を確保しています」


「俺の内臓被害は最大なんやけど!」


 シルビアが一度、強く跳ねた。


 巨大な屍オーガを車体側面で弾き飛ばしたらしい。


 その衝撃で、メニュー表が宙を舞う。


 水のボトルが転がる。


 毛布が俺の顔に飛んでくる。


「あぶっ!」


「備品破損は請求対象だ」


 またたびが言った。


「この状況で請求すな!」


「商売だからな」


「全員そればっかりや!」


 外では、屍の群れが次々と切り裂かれていく。


 風の加護が車体の周囲で渦を巻き、灰と腐肉を外へ押し流していた。


 そのおかげか、シルビアの動きは重い装甲車とは思えないほど鋭い。


 滑る。


 回る。


 弾く。


 削る。


 また前へ進む。


 またたびは見事なアクセルワークとハンドル捌きで、装甲車を操っていた。


「はっはぁ!」


 運転席から、またたびの笑い声が響く。


「いい風だ、お嬢! シルビアが軽い!」


「あ、ありがとうございます!」


 エネは半泣きで返事をした。


「救世主様! 私、この乗り物、やはり怖いです!」


「俺も怖い!」


 シルビアは屍渡りの中を突き進む。


 一度、横へ流れたと思えば、次の瞬間には逆向きへ回転する。


 屍魔物の密度が高い場所では、車体を斜めに滑らせ、ブレードで空間をこじ開ける。


 前方に大型の屍オークが並ぶと、車体前面の鉄板でまとめて突き飛ばす。


 横から虫系の魔物が飛びついてきた瞬間、またたびが車体を振り、ノコギリブレードに巻き込んで切り落とした。


「なんであれでぶつからんのや……!」


「まさに、職人技ですね」


 俺はモニターを見た。


 屍渡りの大波。


 その中に、シルビアが切り開いた歪な道ができている。


 灰と腐肉が吹き飛び、後方に煙のように流れていく。


「抜けられるんか、これ!」


「そろそろ最後尾です」


 ギンコはころころと転がりながらも、冷静に告げた。


「本当か!?」


「はい。屍渡りの厚みを抜けつつあります」


 その言葉に、少しだけ希望が見えた。


 だが、モニターの先を見た瞬間、その希望は一瞬でしぼんだ。


 最後尾。


 そこに、大きな影がいた。


 巨大なトカゲ。


 いや、トカゲというには大きすぎる。


 シルビアを丸呑みできそうな四足歩行型の大型爬虫類。


 腐った鱗に裂けた口。


 片方だけ残った翼。


 赤黒く光る目。


 それが、屍渡りの最後尾で、進路を塞ぐように突進してきた。


 エネが息を呑む。


「コモドラゴン……!」


「デカすぎやろ!」


 俺は叫んだ。


「回避できへんのか!?」


 またたびが答えない。


 代わりに、低い笑い声がした。


「いいねぇ」


「よくない!」


「最後は度胸比べだ」


 運転席のモニターに、またたびの横顔が映る。


 黒猫は舌なめずりをしていた。


 完全に楽しんでいる顔だった。


「坊主」


「なんや!」


「捕まってろ」


「そればっかりやん!」


「俺と、あのデカブツと、シルビアの度胸比べだ」


 エンジン音が、さらに低く唸る。


 シルビアが一直線に加速した。


 前方には、屍コモドラゴン。


 こちらへ向かって、巨大な顎を開いている。


 俺は手すりを握りしめた。


「またたびぃぃぃ! まさか突っ込む気ちゃうやろなぁぁぁ!?」


 返ってきたのは、楽しそうな黒猫の声だった。


「そのまさかだ」


 シルビアは、屍コモドラゴンへ向かって突っ込んでいった。



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