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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第15話 から揚げと救世主

「……生き返るわぁ」


 俺は缶ビールを片手に、魂の底からそう呟いた。


 教会の中。


 古びた床の上。


 俺は毛布を敷いた上に座り込み、ようやく始まった打ち上げを満喫していた。


 全身のあちこちがぎしぎし軋む。


 立ち上がるだけでも一苦労だ。


 だが、冷えたビールはうまい。


 から揚げはもっとうまい。


 生きている。


 俺は今、確かに生きているんや。


「くぅぅぅ……! 効くぅぅ……!」


 缶を傾け、喉へ流し込む。


 炭酸と苦みが、疲れきった体に染みていく。


「最高や……」


「飲み過ぎには注意してください」


 横からギンコの声がした。


 俺が視線を向けると、そこには黒ぶち眼鏡をかけた銀色の狐が、真剣な顔でプリンの容器に前足を添えていた。


 そして、必死に舐めていた。


 ぺろぺろ。


 ぺろぺろぺろ。


「……なあ、ギンコ」


「なんですか」


「お前、めちゃくちゃ真剣にプリン食うやん」


「食べているのではありません。味わっているのです」


「一緒やろ」


「違います。これは労働後に摂取する糖分です。脳の回復に必要な、極めて合理的な行為です」


「ただの甘党やろ」


 ギンコはぴたりと動きを止めた。


 黒ぶち眼鏡の奥の目が、すっと細くなる。


「善一郎様」


「なんや」


「プリンは、ただの甘味ではありません」


「急に語り出すな」


「滑らかな舌触り。卵のコク。カラメルの苦み。これは一つの芸術です」


「お前は甘味に狂ったOLか」


「黙って食べてください。これは私の分です」


「取らんわ」


 俺はから揚げを一つ摘み、口へ放り込んだ。


 衣が少ししんなりしている。


 これもまたよし。うまい。


 油と醤油とにんにくの味が、疲れた体にしみる。


 命をかけて屍の王を倒した後に食べるから揚げは、たぶん世界で一番うまい。


 いや、値段はとんでもないのだが。


「ちなみに、そのから揚げ単品は三百ポイントです」


「今言うな。味が一瞬で高級料亭になるやろ」


「高級料亭よりは安いかと」


「異世界価格に毒されとるぞ、お前」


 そんなやり取りをしていると、視線を感じた。


 ものすごく感じた。


 俺は、ゆっくりと横を見る。


 そこには、ついさっき現れたエルフの女が正座していた。


 名前は、まだ聞いていない。


 フードを脱いだ彼女は、白に近い金髪と長い耳を持つ、まさに物語に出てくるエルフそのものだった。


 疲れた顔をしている。


 服も汚れている。


 きっとここまで来るのに、とんでもない苦労をしたのだろう。


 だが。


 今、彼女の目は、俺でもギンコでもなく、から揚げに釘付けだった。


 喉が、こくりと鳴る。


 口元には、涎が見えた。


「……食う?」


「よ、よろしいのですか?」


「そんな顔で見られたら、こっちが食いづらいわ」


 俺は空いた容器を使い、から揚げを三つと、焼き鳥を一本取り、彼女へ差し出した。


 エルフの女は、両手でそれをうやうやしく受け取った。


 まるで、聖遺物でも授かるみたいに。


「ありがとうございます、救世主様」


「救世主やない」


 反射的に否定したが、彼女は聞いていない。


 から揚げを見つめ、深呼吸し、そっと口に運ぶ。


 次の瞬間。


「……っ!」


 彼女の目が見開かれた。


 長い耳が、びくりと跳ねる。


 そして。


「な、なんという……」


 震える声が漏れた。


「なんという、神の恵み……!」


「から揚げやけど?」


「外は香ばしく、中は柔らかく、肉汁が……肉汁が……!」


「おお、ちゃんと分かっとる」


「こんなにも豊かな味……。これほどの食べ物を、惜しげもなく分け与えてくださるとは……!」


 エルフの女は、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「やはり、あなた様は救世主様です」


「から揚げ一個で確信すな」


「いいえ。確信しました。神の使いでなければ、このような奇跡の食べ物をお持ちのはずがありません」


「日本のスーパーのお総菜コーナーやけど?」


「すーぱー……?」


「忘れてくれ」


 俺は頭を抱えた。


 ギンコは横でプリンを舐めながら、静かに言う。


「食料事情がかなり悪いようですね」


 その言葉で、空気が少しだけ変わった。


 エルフの女は、から揚げを両手で持ったまま、表情を引き締める。


「失礼いたしました」


「いや、ええけど」


「私はエネと申します。西の大森林にあるエルフの国より参りました」


「エネさんな。俺は成樹善一郎。で、こっちはギンコ」


「はい。救世主様と、聖獣様ですね」


「違う」


「違います」


 俺とギンコの声が、完全に重なった。


 エネはきょとんとする。


 その顔は、かなり本気で不思議そうだった。


「ですが、ここは聖域です。光の壁があり、屍の群れを退けています」


「まあ、セーフエリアではあるな」


「そして、こちらの聖獣様が、聖域を司っているのでは?」


「私はただの借金取りです」


 ギンコが淡々と言った。


 俺は力強く頷く。


「あこぎな借金取りや」


「善一郎様、余計な形容詞をつけないでください」


「事実やろ」


「極めて正当な債務管理です」


「自分で言うな」


 エネは混乱したように、俺とギンコを交互に見た。


 どうやら、彼女の中では俺たちの存在がかなり神聖なものとして処理されているらしい。


 困った。


 俺は借金持ちで、ギンコは借金取りだ。


 神聖さなど、ひとかけらもありはしない。


「ま、まぁ、飯食いながらでええから事情を聞かせてくれ。俺が救えるかどうかは別として」


「はい」


 エネは小さく頷いた。


 そして、から揚げを名残惜しそうに一口かじってから、静かに語り始めた。


「私たちエルフは、この教会から遥か西にある大森林に国を築き、暮らしてきました」


「森の国か」


「はい。豊かな森と清らかな水に守られた国でした。ですが、三年前……赤い雨が降りました」


 赤い雨。


 この世界を壊した、原因不明の災厄。


「その雨を浴びた者たちは、次々と屍となりました。魔物だけではありません。人も、エルフも、獣も。生きていたものが、生者を襲う怪物へと変わっていったのです」


「……エルフの国もか」


「はい。同胞の半数が屍化しました」


 そこで、エネの声が一度途切れた。


 から揚げを持つ指が、かすかに震えている。


 半数。


 その言葉に、俺は何も言えなくなった。


 国の半分。


 家族も、友人も、隣人も、兵士も、職人も。


 その半分が、ある日突然、屍になった。


「私たちは戦いました。屍となった同胞を、国の中から排除するために」


 エネの声が、かすかに震える。


「父を討った者もいます。兄弟を討った者もいます。子を、この手で葬った者もいました」


「……」


 あの折れた剣の男を思い出した。


 殺してくれ、と言った声が、耳の奥で蘇る。


「多くの血が流れました。それでも、私たちは国の内側の屍をどうにか退けました」


 から揚げの匂いが残る教会の中で、その話はあまりにも重かった。


 俺は缶ビールを握ったまま、口をつけることができなかった。


「しかし、受難はそれで終わりませんでした」


 エネは続ける。


「赤い雨は、森の魔物や動物たちも屍に変えました。それらが生者を求め、私たちの国へ押し寄せるようになったのです」


「そらまた……えぐい話やな」


「はい。森そのものが敵に回ったようなものでした」


 エネは拳を握る。


「私たちを守ったのは、聖獣様です」


「聖獣?」


「森には、二体の聖なる獣がいました。ひとつは、我らエルフを守護する聖獣様。もうひとつは、森そのものを司る主。そのうちの一体、聖獣様は生き残りました。聖獣様は力を振り絞り、国を囲む聖域を張ってくださいました。おかげで私たちは、今日まで生き延びることができたのです」


「じゃあ、その聖獣がいる限りは大丈夫なんちゃうんか?」


 俺がそう言うと、エネは首を横に振った。


「聖域は弱まり続けています。聖獣様も限界です。三年間、休むことなく国を守り続けてくださいました」


「三年……」


 俺は三日戦っただけで、死にかけた。


 三年。


 三年間、守り続けとんのか。


 想像もでけへんな。


「そして、直近で異常事態が起きました」


 エネの声が低くなる。


「三年間行方の知れなかった森の主が、屍化した姿で現れたのです」


「森の主って、さっき言うてたもう一体の聖なる獣か?」


「はい。聖獣様の兄弟とも言える存在です。森の均衡を司る、偉大な主でした」


「それがゾンビ化……」


「はい。屍となった森の主は、配下となった屍獣を引き連れ、私たちの国を襲っています」


 俺は頭を押さえた。


 ゴブリンの王の次は、屍化した森の主。


 しかも、聖獣の兄弟。


 話が大きくなりすぎている。


「現在は、聖獣様の聖域でなんとか食い止めています。ですが、もう長くはもちません」


「それで、救世主を探しに来たんか」


「はい」


 エネは深く頷く。


「おひいさまが、予言されました」


「おひいさま?」


「我が国の王女にして、予言の力を持つ巫女です。おひいさまは、こう仰いました」


 エネは、祈るように両手を重ねる。


「東方の荒野に、屍の王を討つ生者あり。その者こそ、失われた森に希望をもたらす兆しである、と」


「……それが俺ってわけか」


「はい。私は腕利きとして選ばれ、命を受けました。救世主様を探し、助力を願うために」


 エネはその場で姿勢を正し、深く頭を下げた。


「どうか、私たちの国を……聖獣様を救い、屍となってしまった森の主に慈悲をお与えください!」


 教会の中が静かになった。


 俺は、から揚げの皿を見た。


 ビール缶を見た。


 プリンを舐めるのをやめたギンコを見た。


 そして、床に額をつけるエネを見た。


「……無理やろ」


 俺の口から出たのは、そんな言葉だった。


 エネが顔を上げる。


 エネたち、エルフの境遇には同情する。


 やけど、俺は救世主なんて大層なもんやない。


 三日前まで、ただのサラリーマンやったんや。


 借金を押しつけられて、無理やりこの世界に放り込まれただけの一般人や。


 エルフたちの運命を背負うなんて、俺の小さすぎる器じゃ無理や。


「ですが、あなた様は王を討ち取りました!」


「あれは……まあ、討ったけど」


「ならば、やはり救世主様です」


「ちゃうねん。俺は国を救うために戦ってるんやない。どでかい借金を返すために、死にかけながら働かされとるだけや」


 自分で言っていて、悲しくなった。


 言葉にすると、俺の状況は本当にひどい。


「国を救うとか、聖獣を救うとか、そんな大層なもんを俺に背負わせんといてくれ」


 エネの瞳が揺れた。


 それでも、彼女は頭を下げる。


「それでも、あなた様しかいないのです」


「……」


「私は、この目で見ました。王を打ち倒す姿を。屍の軍勢を退ける姿を。聖域の中心に立つ姿を。そして、聖獣様を従える姿を」


「従えてへん」


「従っていません」


 また俺とギンコの声が重なった。


 だが、エネは引かない。


「たとえご本人が否定されても、私には救世主様にしか見えません」


 彼女の声が震えた。


「どうか……どうか、お願いします」


 エネは額を床にこすりつけるほど深く頭を下げた。


「おひいさまを。聖獣様を。森に残る民を、お救いください」


 俺は何も言えなかった。


 から揚げ一個で救世主扱いされた時は、正直笑えた。


 だが、今は笑えない。


 彼女は本気だ。


 本気で、俺に縋っている。


 俺が断れば、彼女の国は滅びるのかもしれない。


 それでも。


 俺に救えるのか?


 屍の王を倒した。


 だが、それはこの教会と加護とギンコのサポートがあったからだ。


 次は広大な森。


 敵の本拠地に乗り込むみたいなもんや。


 どう考えても、俺一人でどうにかなる話じゃない。


「……ギンコ」


「はい」


「俺が行って、どうにかなると思うか?」


「善一郎様の業務には、生き残った人類の保護も含まれております。ただ……」


「珍しく歯切れが悪いやん」


「不確定要素が多すぎて、リスク管理が不透明です。おすすめはできません。ですが、善一郎様がここで何もしなければ、西の森のエルフたちが壊滅する可能性は高いでしょう」


「重いわ……」


「はい」


「ほんま、重いわ……」


 俺は頭を抱えた。


 その時だった。


 場違いな音が鳴った。


 てれれれれん。


 てれれれれん。


 軽快な電子音。


 教会の中に、まるで現代日本の安っぽい着信音みたいな音が響く。


「……なんや、この空気読まん音」


「着信です」


 ギンコがどこからともなく、黒いスマホを取り出した。


「お前、スマホ持っとったんかい!?」


「業務用です」


「異世界で電波あるんか?」


「企業秘密です」


 ギンコは画面を確認し、すっと姿勢を正した。


「ボスです」


「出るな」


「出ます」


「出るなって!」


 ギンコは俺の制止を無視して、通話をつないだ。


『まだ生きているかねぇ、善一郎く~ん』


 聞こえてきたのは、あの声だった。


 低く、ねっとりとして、聞くだけで胃が重くなる声。


 パンチ親父。


 俺に百億の借金を押しつけ、異世界へ出稼ぎに送った張本人。


「誰のせいで死にかけとると思っとんねん!」


『おぉ、元気そうで何よりだ』


「元気の定義バグっとるぞ!」


 スマホの向こうで、くつくつと笑う声がした。


『ギンコ。報告を』


「はい。善一郎様はボスの見立て通り、非常によい逸材です。ゴブリンの王を単独で討伐。返済金も一部回収済みです」


『素晴らしいじゃないか!』


「褒められても嬉しないわ!」


『そんな優秀な善一郎君に、儂から素晴らしい依頼をしようと思ってね』


「嫌な予感しかせんねやけど」


『西の森のエルフと聖獣救出。そして、屍化した森の主の討伐だ』


 教会の中が、しんと静まり返った。


 エネが顔を上げる。


 ギンコは黙ってスマホを見ている。


 俺は、固まっていた。


「……なんで知っとんねん」


 俺はスマホを睨んだ。


 こいつはどこまで見ている。


 エルフの現状をまるで最初から分かっていたみたいに言うやんけ。


『儂もビジネスマンなのでね。金と仕事の匂いには敏感なのだよ。儂の商売道具は、ギンコだけではないということだ』


「怖すぎるやろ」


 ギンコが眼鏡を押し上げる。


「ボス。大商いですか?」


『ああ』


 パンチ親父の声が、少し楽しそうに響いた。


『さるお方からのご依頼だ。成功報酬は十億円』


「十……」


 俺の頭が、一瞬止まった。


「十億?」


『そうだ。成功すれば、十億を返済に充てられるぞ』


「……」


 俺の中の救世主は、一ミリも動かなかった。


 だが、借金持ちの俺は、全力で起き上がりかけた。


「あだだだだだっ!」


「急に動かないでください」


「十億やぞ!?」


『気張りたまえよ、善一郎君』


「ちょっと待てぇ! 俺はまだ了承してへんぞ!?」


『仕事を選んでいられる立場ではあるまい?』


「傭兵扱いやんけ!」


『借金返済とは、そういうものだよ』


「絶対違うやろ!」


 俺は頭を抱えた。


 エネは、涙ぐんだ目で俺を見ている。


 ギンコは、どこか商売人の顔になっている。


 スマホの向こうでは、パンチ親父が楽しそうに笑っている。


 十億。


 西の森。


 エルフと聖獣の救出。


 そして森の主の討伐。


 どうやら俺の次の出稼ぎ先は、もう決まってしまったらしい。

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