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ファンタジー・オブ・デッド~借金100億の社畜、鬼畜な銭ゲバ狐とバット片手に滅びかけの異世界で出稼ぎサバイバル~  作者: おにぎり


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第14話 決算と来訪者

 荒野を見下ろす、高い丘の上。


 そこに、一人の人影が立っていた。


 灰色の外套をまとい、深くフードをかぶった人物。


 その視線の先には、赤黒い朝の荒野が広がっている。


 そして、その中心には――巨大な王を打ち倒した男がいた。


「……まさか」


 フードの奥から、小さな声が漏れる。


「単独で屍の王を打倒する人間が、まだ存在しているなんて」


 風が吹き、外套の裾が揺れた。


 荒野には、すでに無数の屍が灰となって散っている。


 それらを、たった一人の人間が打ち倒した。


 しかも。


「ゾンビ化していない。生きた人間……」


 フードの人物は、震えるように息を吐いた。


 恐怖ではない。


 驚愕。


 そして、希望。


「東方の荒野に、希望の兆し在り……」


 独白のように、言葉がこぼれる。


「おひいさまの予言は、確かなようね」


 フードの人物は、教会の方角を見つめた。


 光の壁に守られた、荒野の中の小さな聖域。


 そこにいる男は、自分たちが求め続けていたものなのかもしれない。


「急がねば」


 そう呟くと、フードの人物は丘を下り始めた。


   ◇


「あがぁぁぁぁぁぁっ!?」


 教会の中に、俺の悲鳴が響き渡った。


 痛い。


 痛い痛い痛い痛い。


 全身が千切れるぐらい痛い。


 骨の芯から、筋肉の奥から、神経そのものを焼かれているみたいに痛い。


「死ぬ! これ死ぬやつや! ギンコ! 俺、勝ったよな!? 勝ったのに死ぬんか!?」


「落ち着いてください、善一郎様」


「落ち着ける痛みちゃうわ!」


 俺は教会の床の上で、芋虫みたいにのたうち回っていた。


 さっきまで荒野で雄叫びを上げていた気がする。


 屍の王を倒した。


 勝った。


 俺は勝ったはずや。


 なのに今、体中が悲鳴を上げている。


 勝利の余韻?


 そんなもんない。


 あるのは、地獄みたいな痛みだけや。


「予想はしていましたが、これは過強化反動ですね」


「なにそれ怖い!」


「短時間での急激なステータス上昇、長時間戦闘、連続したスキル使用、そして加護切れ後の負傷。それらの負荷が、肉体に一気に揺り戻しとして出ています」


「もっと早く言えや!」


「言っても戦うしかありませんでしたので」


「そ、それはそうやけど!」


 俺は床に爪を立てた。


 呼吸が浅い。


 冷汗が止まらない。


 心臓が変な速度で高鳴っている。


 体が熱いのに、指先は冷たい。


「ち、ちなみに、どれくらいヤバいんや……?」


「このまま放置すると、ショック死の可能性があります」


「っ!?」


「なので私が治療します」


 ギンコが前足を上げる。


 その瞬間、淡い光が俺の体を包んだ。


 傷口に染み込むような温かさ。


 焼けるような痛みが、少しずつ引いていく。


 呼吸が、ようやく喉を通る。


「はぁっ……はぁっ……」


「治療費、百万円です」


「お前はどこぞの闇医者か!」


「命の値段としては格安です」


「否定しづらいこと言うな……!」


 俺は床に突っ伏したまま、荒い息を吐いた。


 痛みは消えたわけじゃない。


 体の奥に、まだ鈍い熱が残っている。


 だが、さっきみたいに死ぬほどではない。


「しばらくは安静にしてください」


「安静……ええ響きやな……」


「それと、しばらくステータス強化も控えた方がいいでしょう」


「なんでや。強くなった方が生き残れるやろ」


「肉体が追いついていません。急激に器だけ大きくしても、中身が馴染まなければ壊れます」


「俺、器やったんか……」


「今の善一郎様は、無理やり拡張した器に中身を押し込んだ状態です。数か月かけて体を馴染ませる必要があります」


「つまり、筋肉痛の化け物版?」


「雑に言えば」


「雑でええわ……もう考えるのもしんどい」


 俺は大の字になって、天井を見上げた。


 教会の天井は古く、ところどころひび割れている。


 とても静かだ。


 今の俺には、この教会の静寂がなによりありがたく思えた。


「では、今回の戦闘結果を精算します」


「今やるんか……?」


「今やります。善一郎様の気力が萎える前に、現実を叩き込みます」


「鬼畜ぅ」


 ギンコが前足を振る。


 俺の目の前に、半透明のメニュー画面が開いた。


【三日間戦闘決算】


【総獲得ポイント】

【2,200,000P】


【日本円換算】

【220,000,000円】


「……」


 俺は瞬きした。


 一。


 十。


 百。


 千。


「に……」


 声が裏返る。


「二億二千万!?」


「はい」


「二億二千万って、あの二億二千万!?」


「他の二億二千万を知りませんが、その二億二千万です」


「うおおおおおおおおおっ!」


 俺は痛む体を無理やり起こしかけた。


 起こしかけて、激痛で床に戻った。


「あだだだだだっ!」


「急に動かないでください」


「でも二億やぞ! 二億! 俺、三日で二億稼いだんか!?」


「はい。王の軍勢のお陰ですね」


「二億はすげぇ! 俺、もしかして異世界ドリーム掴んだんちゃうか!?」


「では、支出です」


「……聞きとうない」


「聞いてください」


 画面が切り替わる。


【総支出】


【スキル・加護発動使用料】

【100,000P】

【10,000,000円】


【ステータス強化・指南書・武器購入料】

【300,000P】

【30,000,000円】


【総支出】

【400,000P】

【40,000,000円】


「四千万消えとるぅ……」


「主な内訳は、『鬼軍曹』、ステータス強化、各種スキル、加護の使用料ですね」


「俺の命を守った経費やから文句言いづらい……!」


「では、差し引きです」


【純利益】


【総獲得】2,200,000P

【総支出】400,000P


【差し引き純利益】

【1,800,000P】


【日本円換算】

【180,000,000円】


「一億八千万……」


 俺は床の上で固まった。


 一億八千万。


 サラリーマン時代なら、一生かかっても見ることのない金額。


 いや、見るだけならテレビで見たことはある。


 だが、自分の利益として表示されることなんて絶対になかった。


「……しゅごい」


 言葉が変になってもうた。


「すごいやん!」


「はい。かなりの成果です」


「俺、ほんまに百億返せるかもしれへんやん……」


 胸の奥に、じわっとした熱が広がった。


 それは戦闘中の高揚とは違う。


 もっと現実的な熱。


 希望だ。


 百億。


 あまりにも遠すぎて、数字としてしか見えていなかった借金。


 それが今、初めて少しだけ現実の道として見えた気がした。


「では、これからの準備金を残して返済金を回収します」


「……んん?」


 画面が切り替わる。


【返済処理】


【純利益】

【1,800,000P】


【借金返済分として回収】

【1,700,000P】


【日本円換算】

【170,000,000円】


【善一郎様の残高】

【100,000P】


【日本円換算】

【10,000,000円】


「……」


 俺は無言で画面を見つめた。


「……ちょっと待て」


「待ちません」


「一億七千万、回収された?」


「はい」


「俺の取り分、一千万?」


「はい」


「二億稼いだのに?」


「支出と返済を引いた結果です」


「世知辛ぁぁぁぁぁっ!」


 俺は床の上で叫んだ。


 叫んだら脇腹が痛んだ。


「あだだだだっ!」


「急に動かないでください」


「心が動いたんや!」


「それは仕方ありません」


「一億七千万返した実感、なさすぎるやろ! 数字が一瞬で消えたぞ!」


「借金返済とはそういうものです」


「嫌すぎる!」


 俺は床に転がったまま、天井を見た。


 テンションは一瞬で地面まで落ちた。


 だが。


 それでも。


「……でも」


「はい」


「一億七千万、返したんやな」


「はい」


「百億のうち、一億七千万」


「正確には、細かな端数や以前の増減もありますが、大きく前進したのは間違いありません」


「……そっか」


 俺は目を閉じた。


 まだ遠い。


 百億にはまだ遠すぎる。


 でも、ゼロではない。


 この世界で戦えば、稼げる。


 稼げば、返せる。


 返せば、いつか終わる。


 綱渡りだ。


 一歩間違えれば死ぬ。


 けれど、道はある。


「ほんまに……返せるかもしれへんのか」


「ええ。善一郎様が死ななければ」


「最後に不吉を足すな」


「重要ですので」


 俺は深く息を吐いた。


 体は痛い。


 心も削れている。


 でも、ほんの少しだけ、胸の奥が軽かった。


「なあ、ギンコ」


「はい」


「打ち上げしようや」


「今の状態で?」


「今の状態やからや。酒とから揚げ。あと、できれば焼き鳥も欲しい」


「栄養バランスが悪いですね」


「三日間ゾンビ殴り続けた男に栄養指導すな」


「仕方ありませんね。アルコールは控えめにしてください」


「お前、意外と優しいとこあるやん」


「今後の労働効率を考えての判断です。あと、私もご相伴にあずかります。あなたのおごりで」


「前言撤回や」


 ギンコが尻尾を揺らした。


「スーパーマーケット・ジオンを開きます」


「よっしゃぁ……」


 俺は痛む体を少しだけ起こした。


 目の前にメニューが表示される。


【スーパーマーケット・ジオン】


【弁当】


【総菜】


【酒類】


【飲料】


【日用品】


「から揚げ弁当……いや、今日は豪勢にから揚げ単品も足すか。ビールは……」


「善一郎様」


「なんや。発泡酒にしろとか言うなよ。今日はビールや」


「外に気配があります」


「……」


 俺の手が止まった。


「また屍ゴブリンか?」


「いいえ」


 ギンコの声が、少し変わった。


 いつもの商売口調ではない。


 警戒している。


 だが、敵を見つけた時の冷たさとも違う。


「生きた人間です」


「……生きた?」


 俺はゆっくり体を起こした。


 痛みが走る。


 でも、それどころではなかった。


 生きた人間。


 この世界に来てから、俺が出会った人間は、屍だった。


 殺してくれと言った男。


 生き残りがいるとは聞いていた。


 でも、本当にいるのかと、どこかで疑っていた。


「ほんまに?」


「はい。敵意はありません。ただし、警戒はしてください」


「今の俺、まともに動けへんぞ」


「その場合は私が交渉します」


「お前が交渉したら、相手も借金背負わされそうやな」


「失礼ですね」


「事実やろ」


 俺は『鬼軍曹』を杖代わりにして立ち上がった。


 体中が痛い。


 だが、好奇心の方が勝った。


 ギンコが光の壁へ向かう。


 俺もよたよたと、その後に続いた。


 光の壁の外。


 そこに、一人の人物が立っていた。


 灰色の外套。


 深くかぶったフード。


 細い体。


 手には武器らしいものは見えない。


 その人物は、俺たちを見ると、静かに膝をついた。


「……誰や」


 俺が問いかけると、フードの人物はゆっくりと顔を上げた。


 そして、フードを外す。


 現れたのは、女だった。


 長い耳。


 白に近い金の髪。


 疲れきった顔。


 だが、その瞳だけは強く光っている。


「おぉ、エルフ……?」


 思わず声が漏れた。


 女は胸に手を当て、深く頭を下げた。


「救世主様」


「……はい?」


 俺の口から、間の抜けた声が出た。


「どうか、おひいさまの願いをお聞きください」


 女は地面に膝をついたまま、震える声で続けた。


「我らが聖獣様を、お救いください」


 俺はギンコを見た。


 ギンコは黒ぶち眼鏡の奥で、じっとエルフの女を見ている。


「……なあ、ギンコ」


「はい」


「俺、借金返済の出稼ぎに来ただけやんな?」


「はい」


「なんで救世主扱いされとるん?」


「さあ」


「さあ、やないやろ」


 朝の荒野に、冷たい風が吹いた。


 屍の王を倒したばかりの俺の前に、初めて現れた生きた人間。


 いや、エルフ。


 そして、救いを求める言葉。


 どうやら俺の異世界出稼ぎは、まだまだ終わりそうになかった。

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