誕生日特別編3 最高だ!(7月26日 朝日 陽太)
夏休み、七月末の土曜日。体育館の扉は全開で、夏の光が床を輝かせていた。
朝日 陽太は体育館の真ん中に立って、走り回る子どもたちを見渡した。いつもより参加者が多い。百四十人ほどが体育館と校庭に散らばって、声を上げている。
久我 大輝が初等部の子どもたちとドッジボールをしていた。ボールを投げるふりをしては投げない。子どもたちが笑い転げている。龍崎 剛が校庭で「暑いから、こまめに飲んで」と声をかけている。瀬川 瑞希がタブレットを手に参加者を確認していた。
「朝日先生」
体育館の入口に成瀬 正義が立っていた。その隣に、じゅんがいる。
「朝霧先生、成瀬先生! よく来てくれました!」
朝日は二人のもとへ駆けた。
「よろしくお願いします。陽だまりの活動を見学にきました。今日は、子どもたちの誕生祝いをする日ですね」
成瀬が挨拶し、朝日が応える。
「だから、今日は参加者が多いんですよ。にぎやかですが、是非、ゆっくりしていってください」
成瀬がじゅんに向けて言った。
「夏休み、初等部の子どもたちにとって、陽だまりが遊び場、聖域が勉強の場となっています。特に陽だまりは毎日開催ですから、子どもたちだけでなく、保護者にも喜ばれています」
じゅんが体育館を見渡した。「活気があるな」
「今日は百四十人です! 口コミで増えて——」
朝日は話しながら二人を案内した。校庭のサッカー。体育館のドッジボール。隅のテーブルでは折り紙や工作をしている子たちがいた。若葉 芽衣が、黙々とひまわりを折っている。
「朝日先生!」
初等部の女の子が駆け寄ってきた。膝に絆創膏を貼っている。「見て、転んだけど泣かなかった!」。朝日が「偉いぞ!」と親指を立てると、女の子は満足そうに走って戻っていった。
「あの子は先月から来てくれてるんです。この間まで、転んで泣いていたんですけど」
朝日がじゅんに振り返った。
「今は、自分で起きます」
じゅんと成瀬が並んで歩く。朝日はこの光景を見せたかった。子どもたちが笑って、走って、声を上げている。転んで、起き上がる。陽だまりの里が作っている場所を、見てもらえる。それだけで、今日は最高の日だった。
*
午後。体育館の中央にテーブルが並んだ。
月末の誕生パーティー。七月生まれの児童のお祝いだった。
大輝が「七月生まれのみんな、前に出てこい!」と叫んだ。初等部の子どもたちが七人、照れながら前に出た。大輝と剛がケーキの箱を開け、瑞希がロウソクを立てた。
朝日は七人の前に屈みこんだ。
「誕生日おめでとう。みんな、大きくなったな」
一人ずつ名前を呼んで、頭を撫でた。子どもたちが笑った。
陽だまりのみんなから、一人ひとりに、お祝いのバースデーソングが歌われた。
ロウソクを吹き消すのに三回かかった子がいて、体育館が笑い声で満ちた。朝日が四回目を手伝おうとしたら、隣の子が先に吹いてしまい、本人が「ぼくのー!」と怒って、また笑いが起きた。
七人のうちの一人が、ケーキの皿を持ったまま朝日のそばに来た。「先生、ありがとう」。小さな声だった。朝日が「おう」と笑って、もう一度頭を撫でた。
「いい先生ですね」
成瀬が小さく言った。
じゅんが頷いた。「ああ」。
それ以上の言葉は、二人の間には要らなかった。
*
七人の子どもたちが席に戻った。
大輝が体育館の中央に立った。
「最後にもう一人!」
朝日は首をかしげた。
「七月生まれ、もう一人いるだろ!」
剛が一歩前に出て、敬礼した。「朝日先生、おめでとうございます!」
瑞希がタブレットを閉じて、拍手を始めた。みんなが一斉に立ち上がった。
大輝が腕を振り上げた。
百四十人の声が重なった。
「朝日先生——誕生日おめでとうございます!」
初等部の子どもたちが、続いて、中等部、高等部の生徒たちが、バースデーソングを歌い始めた。歌詞の「おなまえ」のところで「あさひせんせい」と入れた。瑞希が拍子を取りながら、初等部の列を手で導いた。百四十人の声が体育館の天井に跳ね返って、夏の空気を震わせた。
朝日は動けなかった。
自分が祝われる側になるとは思っていなかった。子どもたちの顔が涙で滲んだ。
「おまえら……」
声が詰まった。
陽花が走ってきた。手に紙袋を持っている。
「朝日先生! はい、プレゼント!」
紙袋の中身はクッキーだった。ハート型。少し潰れている。
「私が焼いたの!」
朝日はクッキーを一枚取った。
「陽花——最高のプレゼントだ!」
口に入れた。
「……」
陽花が「あれっ」と目を丸くした。朝日が慌てて「いや、噛みごたえがあって最高だ!」とフォローした。体育館が笑いに包まれた。
大輝が色紙を差し出した。陽だまりのみんなからの寄せ書きだった。初等部の子たちのたどたどしい字。高等部の丁寧な字。剛の太い字。瑞希の端正な字。大輝の、紙からはみ出しそうな字。
色紙の右下の隅に、小さなひまわりの折り紙が貼ってあった。
朝日は色紙を胸の前に持った。涙が止まらなかった。
「おまえら……最高だ!」
同じ言葉しか出てこなかった。
*
じゅんが歩いてきた。
「朝日先生、おめでとう。いつも頼りにしてるよ」
朝日の涙がまた溢れた。子どもたちの声も、大輝の色紙も、陽花のクッキーも、全部が最高だった。でも、この一言が一番重かった。
「ボス!」
百四十人が振り向いた。
「ボス……?」
ざわめきが広がった。
成瀬が微笑んだまま、一語だけ発した。
「朝日先生」
朝日の背筋が伸びた。涙を拭い、頬がまだ濡れたまま、敬礼した。
「朝霧先生! ありがとうございます!」
言い直した。が、声は裏返っていた。体育館がまた笑いに包まれた。大輝が「朝日先生が慕ってるってことだろ!」と叫んで、さらに笑いが広がった。じゅんが苦笑した。
朝日は成瀬を振り返った。涙を拭きながら笑った。
「朝霧先生! 成瀬先生! 一緒にケーキ食べましょうよ!」
成瀬が穏やかに応じた。「いただきます」。
陽花がじゅんの腕にしがみついていた。「お兄ちゃんも食べて!」。
みんなにケーキが配られた。初等部の子には大きめのケーキ。「先生、えこひいきです!」と声が飛び、朝日が「子どもの特権だ!」と笑った。
朝日は体育館を見渡した。
百四十人の声と笑いと夏の光。じゅんが陽花の隣でケーキを受け取っている。成瀬が穏やかに食べている。校庭側の入口から風が入ってきて、子どもたちの歓声を運んだ。
さっき絆創膏を見せに来た女の子が、また走っていた。芽衣が隅のテーブルで、新しいひまわりを折っていた。
色紙を、もう一度見た。右下の隅の、小さなひまわり。
最高の夏だ、いや、最高の場所だ、と思った。




