8.ジーランティア到着1年目①
カンッ。
乾いた高い音が空に抜ける。同時に男たちの「やっちまえ!」「そこだ!」などの物騒な声が飛び交う。
練兵場―――と呼ぶにはささやかな広さの空き地で、男たちが盛んに野次を飛ばしていた。
山間を抜ける谷間の風に、少しだけ冷たい空気が混ざり始めた。燃えるようだった夏の日差しは弱まり、過ごしやすい秋の陽気が訪れようとしていた。破壊された家や道は復元され、また新たな災害の痕跡を残しながら、日々の営みの中で少しずつ元に戻ろうとしていた。
村の名前は『ルーメン』、以前は知らなかったことだ。長く過ごす間に、自然とその名が頭にこびりついた。生き残るための、当座の仮宿程度に思っていたはずが、今では村の面々の名前も、ほとんど間違わずに言うことが出来る。
「殺せ!」
チャムが太い毛むくじゃらの腕を突き上げた。木こりで生計を立てる気のいい男で、普段はもっと優しい口調だ。
「キンタマを潰しちまえ!」
笑顔で野次を飛ばすのは、硬い鱗が全身を覆うリザードマンのケルプ。最近新しく嫁をもらった。
熱気の中心でタカオとホブリムが訓練用の槍を打ち合った。
カンッ。
木が触れ合う独特の音。穂先も石突きもないただの棒だ。しかし当たれば大怪我を負うこともある。ゴムや緩衝材のないこの場所では、それでも安全に配慮した”無害な”道具だった。しかし、ホブリムにかかれば、その無害な道具も致死性の鋭い刃となる。老いたりといえども、かつては戦場に立った本物の戦士だった。そうライリーから聞いた。
ホブリムの体がほとんど見えないくらい少し傾く。槍を短く持って体の影に長さを隠すと、複雑な足さばきで間合いを詰めた。予備動作はほとんどない。
タカオは一瞬、反応が遅れるも、振り抜かれた槍を上からはたき落とす。
カンッ。
音が響く。弾かれた槍が、力に逆らわずにくるりと回って、石突きの部分が斜め上から振り下ろされた。それをすんでのところでかわすと、タカオは肩から素早く間合いを詰めて、ホブリムに密着した。”ここだ!”タカオは体の影に隠した槍を、短く使ってホブリムの体に突きこんだ。
少しだけ先端が体に触れる。「当たった」そう思った瞬間だった。ホブリムの胴体が風に揺れる枝のようにわずかに回転し、槍の先端はいなされ、その勢いだけを奪われる。タカオの視界は空を向いていた。顎先に槍の先端が突きつけられた。
周囲からワッと歓声が上がった。
「参りました」
「まだ課題があるな。狙いは良い。技術の差を工夫で埋めようとしている。だが肝心の技術がからきしだ」
「精進します」
立ち去っていくホブリムの背中に答えると、リザードマンのケルプがタカオの手を掴んで引き起こした。手の甲の鱗が指に食い込んだ。
「まあ、こんなもんだろうな。あの爺さん団員でもないのに、毎日なんでお前をしごきに来るんだろうな?」
「さあ、愛情ってやつかな」
それについてはタカオも皆目見当がつかなかった。あれから自警団に入って、しばらく基礎的な体力作りをしていると、ある日ホブリムがやってきてタカオに稽古をつけ始めた。体内の神経端末の時間がまだ正しければ、毎日十分ほど、ほぼ欠かさず彼はやってくる。そして最初からわずかしかないタカオの自信を、完膚なきまでにへし折っていくのだ。
そんな日々がもう一年近く続いた。ライリーとともに農作業を行い。空いた時間で訓練をする。時には村の警備に立ち、大樹林から出てきた怪物を山に殺しに行くこともある。ここでの生活に体が馴染み始めていた。
だが忘れたわけじゃない。あのトンチキなAIとアカデミア号のことを。
新たな戦士が二人、練兵場の真ん中で槍を打ち合い始めた。新米のアダーと、古株のビョルンだ。ここにも一つの師弟の形があった。彼らが激しく動き始めると、またぞろ汚い野次が飛び交い始めた。
タカオはそれをまぶしそうに眺める。
いつにしよう。いつかは船で知り合った皆を、探しに行かなければならないだろう。それがいつになるのか、―――それが問題だ。この場所でずっと生活するわけにはいかない。なぜなら帰る場所があるからだ。今でも森で死にかけたことや、あの声―――帰還の予定はありません。あの声を思い出すと、まだ胸のうちに冷たい怒りが湧き上がる。
気付かないうちに顔に出ていたらしい、心配そうなライリーの声が聞こえた。
「どうしたタカオ」
「いや、なんでもない。ちょっとお腹が減ってね」
「さっき食ったばっかだろ?」
怪訝な表情が返ってきた。
彼とは相変わらず友人のままだ。今は別々の住居で暮らしている。あの時に破壊された家には、もう住めなかった。それで丁度いいということで、前の居住者が居なくなった家へそのまま移り住むことになった。だから、前ほど一緒の時間を過ごすことはなくなった。それでも時々、お互いに声を掛け合う。そうすることが自然で、そうしないほうが不自然だから。
ほんの少しだけは距離は遠くなった。でも絆は深まったような気がする。
もしこの村を出ていくと言ったら、彼はなんて言うだろう。
そんな事を考えていた。
ふと視線の先に小さな影が見えた。練兵場で騒ぐ戦士たちの体の隙間から、村の外に続く粗末な道が見える。その道の上、遠く北の山間から、馬車のようなものが見えた。視覚が自動補正される。嫌な浮遊感が、胃を少しだけふわりと持ち上げた。かなり遠くなのにくっきりと見えた。間違いない、馬車だ。
馬に曳かれた先史時代の遺物。コロニーでは絶対に見ることのない、大昔の移動手段。タカオは歴史のホロディスクで見たことがあった。
この村に住み始めてから、今日初めて馬車を見たというわけではない。今までにも何度か、この村の徴税官や、行商人の馬車が通りがかるのを見たことがある。でも今は時期が違う。徴税官も行商人も、来るのは決まって収穫の後だと、鍛冶屋の女将が言っていた。今は村に何もない。じゃあなんだ?
「馬車だ」
今気づいたかのようにタカオは言った。すると隣で模擬戦を見ていたケルプが鼻梁にシワを寄せた。
「あん?」
そうして少しだけ身を乗り出す。ケルプにも見えたらしい。
「ほんとだぜ。馬車だ。こんな時期になんだろうな」
周囲も気づき出す。
「おい、なんか来てるぞ。誰か槍をもってこい」
「俺は今日は非番だ」
「んなこと言ってる場合か、誰でも良いからさっさと腰を上げやがれ」
「チッ、テメーでいけよ」
そんなやり取りの後、数人が武器庫の方に走っていった。戻ってきた頃には、馬車は道の中ほどまで来ていた。
この村の北の道は、ずっと前に森の出口で見た、あの大きな街に繋がっている。名前は『トレディア』。何度かその道を街の方に行こうとして、タカオは引き返したことがある。というのも、大きな街ならアカデミア号の誰か一人くらいいるかも知れないと思ったからだ。結局、タカオが『トレディア』に行くことはなかった。ルーメンから外に出ても、都市で使える貨幣がないことに気づいたからだ。
今も財産を何か持っているわけではない。すかんぴんだ。だから外から来た馬車は、ちょっとした機会を提供してくれるかもしれない。タカオはそう考えた。
村の皆はそう考えなかった。
誰も声を荒げない。しかし、さっきまで笑い声に包まれていた練兵場から、少しずつ音が消えていった。槍を武器庫から持ってきた三人の団員は、武器を握る手に力を込め、道の先を見つめる。
馬車が村の入口の前に到着すると、木こりのチャムが槍をかざして誰何した。
「何者だ!」
それは仕立てのいい馬車だった。黒塗りの車体は手入れが行き届いており、窓にはひだの付いた遮光布が内側から覗く。御者台に座るのはホビットのような小男で、車体を曳く馬はかなり大きい。それが二頭いた。
御者が答える。
「怪しいものではありません。依頼に向かう冒険者を乗せているところです」
冒険者?タカオの頭が一瞬フリーズした。再起動するのに少し時間がかかった。そうだった。あまりにも現実的な生活の中で忘れていた。あのAIが言っていたじゃないか。ここは体験型RPG惑星だとかなんとか。
意外と早く書けちゃった。




