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アトラクション  作者: 藤臣


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9.ジーランティア到着1年目②

 馬車の扉が静かに開くと、現れたのは華美な装飾のない軽装の男女が二人。一人は線の細い身体に、それが薄っすらと透けて見える青いローブを纏っており、隙間から使い込まれた黒灰色の革鎧が覗いていた。もう一人も同様に、夏の強い日差しから身を守るための薄くてゆったりとしたローブを頭から被っていた。身に帯びた武器は腰にある小さな短刀のみで、一見すれば村の住人と大差はない。しかし大樹林の怪物から感じるような強い気配を放っているのが、タカオには分かった。


 馬車の外に降り立った女のほうが、御者台のホビットに声をかけた。


「なぜ馬を止めたの?」


「それがご覧のとおりでして」


 女はそこで初めて顔を半分隠していたフードを取り払った。その顔は宇宙時代の基準で言えば、モデルや女優のように整っていたわけではない。しかし切れ長の瞳が特徴的な油断のない顔つきには、十分に魅力的な要素が揃っていた。小さな村の男衆が浅く吐息を漏らす程度には。しかし、槍を持つ手から力が失われることはなかった。


「なるほど、歓迎されていないというわけね」


 慣れた様子で女は言った。


 冒険者。―――宇宙時代の辞書に、そのようなアホらしい職業はない。未知の恒星系や惑星に最初に向かうのは、様々な種類のセンサーを搭載した宇宙探査船であり、それを制御するのは人間ではなくAIだ。そして十分に利用可能な資源と環境があれば、探査船は簡易なジャンプゲートを建造する。そしてそこからさらなるAI制御の宇宙船の一団がやってきて、その宙域を利用可能な状態になるまで開発するのだ。人間が訪れるのは順番として最後になる。十分に発達した社会には、冒険など存在する余地はない。


 もっとも、幻想そのものが消えたわけではない。異世界ファンタジーと呼ばれる娯楽作品は、今でも一定の人気があった。タカオはそれにあまり興味を持てなかったが、試しに二、三見てみたことがある。


 目の前にいる二人が、物語の中だけのはずだった『冒険者』なのだということを、タカオはすぐに理解した。もうすっかり体に馴染んでしまった新しい感覚が、巨大な力を持った存在が近くにいることを教えていた。ホブリムや村長のガルドのような熟練の戦士とは違う、もっと異質で抗いがたい圧力をもった力場のような存在。


 その一人がゆっくりと歩みを進め、槍を構えたチャムのすぐ手前で止まった。フードの奥から聞こえた声は、青年らしい穏やかな響きを帯びていた。


「安心してくれ。我々は大樹林に向かっている。もし可能なら、一晩の宿と食事を分けてほしい。ちゃんとカネは払う」


 それは友好的で害のない提案だった。仕草や表情には淡々とした手続きのような気配があり、そこに敵意や害意を見つけることは出来なかった。しかし、「左様ですか、じゃあどうぞお通り下さい」とはならなかった。チャムはまだ訝るように目を眇め、どうすべきか判断に迷っているように見えた。このまま押し問答を続ければ、両者に無用な対立感情を生みかねない。タカオはチャムの耳元に、小さな声で耳打ちした。


「一度通して、僕の家に来てもらおう。うちは子供も居ないし、部屋も十分ある。いざとなっても僕だけだ。その間に長老か村長に知らせて、彼らと話をしてくれるように手筈を整えてくれ」


 チャムの表情が安堵で緩んだのが分かった。責任の重さは時に判断を鈍らせる。タカオも山で何度も経験していたから、それがどういうものかは心得ていた。


 自警団の面々が、身内にしか分からない小さな目線の動きで相談し、最後にタカオを見た。そしてチャムが頷く。


「いいだろう。通れ」顎でタカオを示した。「ここにいるタカオの案内に従うように。後ほど村の代表者が要件を聞きに来る」


 それを聞いて、冒険者の方も静かに漂わせていた警戒を解いた。本当に僅かな変化だったが、それまで感じていた壁のような圧力が、立板程度の無害なものに変わった。青年がフードの奥からこちらに目を向ける。


「タカオ。よろしく頼む」


 タカオは顔に笑みを貼り付けた。彼らは依然として危険物だ。しかし、村の外の情報を教えてくれる貴重な存在かもしれない。少しでも印象よくしておくに越したことはない。


 二人の冒険者と馬車を後ろに連れて、タカオは簡単に村の中を案内した。土を踏み固めただけの道を歩くと、何人かの村人がこちらを指さして話しているのが見えた。狭いコミュニティ特有の排他的な雰囲気が、この村にはたしかにある。かつてはタカオも同じ様に指をさされたものだった。


 御者を畜舎に連れていき、ちょうど飼葉を運んでいたエドワルおばさんに馬二頭分を用意してくれるように頼む。おばさんは笑顔で引き受けたが、通りすがりに耳打ちしてきた。


「誰だい?」


「後で」


 タカオも小声で返した。


 冒険者は馬車の屋根に積まれていた荷物を下ろすと、それを重そうに担いだ。荷物から長剣とクロスボウがはみ出していた。一応誘ってはみたものの、御者はそこで一晩過ごすことに決めたようで、てこでも馬車から離れようとはしなかった。


 そのまま二人を連れ、道すがらあそこが雑貨屋と鍛冶屋だと教えながら、自宅へと向かった。道中で女の冒険者が近づいてきて、小さく礼を言った。


「入口では助かった」


 それだけ言うと、すぐに男の冒険者の横に並んだ。


 村の中心の広場からやや外れた川岸に、木の柱と積石で作られた簡素な家がある。かつてはボードリンとマルカ夫婦が暮らしていたその家は、先の怪物騒ぎで空き家となり、今ではタカオのものになっていた。彼らの遺産はもうほとんど整理済みだったが、家具や道具類に夫婦の生活の記憶がこびりついていた。主寝室として使われていたであろう部屋はそのまま残し、他人が暮らした痕跡を踏み荒らす気にもなれず、タカオ自身は別の部屋で寝泊まりしている。


「ここは僕の家です。宿屋のように整ってはいませんが、部屋も二つ空いているのでどうぞ使って下さい」


 そこまで言って、タカオは別の可能性に気がついた。


「えーと、もしお二人がそういう関係なら、夫婦が使っていた寝室を使って下さい」


 男の冒険者が慌てたように口を挟んだ。


「いや違う。俺とジリーはそういう関係じゃない。だが部屋は一つで十分だ。野営じゃいつものことだからな」


 ジリーと呼ばれた女は、露骨に嫌そうな顔をした。


「人様の家で贅沢を言う気はないけど、二部屋借りましょう。寝具がある部屋はもらうわ」


 これもよくあることなのだろう。二人は家の中を一通り見回し、安全を確かめるように視線を巡らせると、それぞれ空き部屋へ荷物を運び込んだ。何も置かれていない空き部屋をぐるりと見回し、男は当然のように床へ荷物を置いた。床に広げた薄い毛布を寝床にするつもりらしかった。


 タカオがその間に、村で飲まれているカルバリエ茶を用意すると、身支度を整えて居間に戻っていたのは男だけだった。茶を差し出すと、フードの影でその顔がほころんだ。


「ありがとう。ところで夫婦がどうとか言ってたけど、その人達はどこに?」


 どうやらそれなりに話好きらしい。しかしこれはあまり愉快な話題ではない。どう答えても気を遣わせてしまうと分かりつつも、正直に答えるしかなかった。


「去年、大樹林から出てきた怪物にやられて」


「それは......すまないことを聞いた」


「いえ、お構いなく。実は僕も顔すら知らないんです。まだここに来て日が浅いもので」


 気まずい沈黙が嫌で、素早く付け足した。男が少し首を傾げたせいで、フードが頭からずり落ちた。年齢はまだ一〇代の後半くらいに見える。日焼けした顔は幼いが、どこか達観したような年齢にそぐわない落ち着きがあった。


「あれ、君はここの村人じゃないのか。ずいぶん馴染んでいるようだったが」


「あー...」


 さてなんと答えたものだろう、タカオは少し考えた。馬鹿正直に空の彼方からやってきたとでも言えば、きっと面白い反応が見られるかもしれない。でもきっと信じてはもらえない。だから必要最低限の真実だけ話すことにした。


「去年の今ごろ、大樹林から歩いてここに来たんです。村人たちに保護してもらいました」


 さり気なく言ったつもりが、男はさっと顔を上げた。


「えっ、大樹林から?」


「どういうことか詳しく話してもらえる?」


 後ろから声をかけられて振り向くと、いつの間にかドア枠に体を預けたジリーが立っていた。

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