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アトラクション  作者: 藤臣


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2/11

1.ボビー・レーン

 午前九時過ぎ。


 探偵社アーク・リサーチの窓からは、コロニー中央区の人工公園が見えた。整えられた芝生に人影は少ない。コロニー内での植物や生鮮食品は、金持ち向けの贅沢品だ。こういったオフィス街にある公園は、契約した金持ちしか立ち入ることができない。噴水の周囲では身なりの良い老人たちが将棋に似た盤上遊戯を楽しんでいる。


 人工の青空は今日もよく晴れていた。


 ボビー・レーンはマグカップを置き、ネクタイを少しだけ緩めた。


「ボビー」


 受付の女性が応接室を指差した。彼女の声は短く、無駄がない。外見だけで採用された人間ではない。ひょっとすると、彼女は受付なんかより探偵のほうが向いているのかもしれない、そんなことをボビーはときどき考える。


 彼女は顎をしゃくって、もう一度応接室を示す。端的で短い声。


「指名!」


「珍しいな」


「失踪事件だって。しかも大規模なやつに巻き込まれたみたい」


 ボビーは軽く肩をすくめた。


「ちょっと前にニュースになってたな。ジャンプゲートで学生が大量に消えたってやつ」


「あらあら、あなたちょっと仕事中毒なんじゃない、もう予習済みだなんて」


「当てずっぽうがあたっただけだよ」


「あらそう」


 新しいおもちゃを手に入れた犬みたいね。彼女の目がそう語っていた。


 資料を渡されて応接室へ入ると、一人の女性が立ち上がった。


 五十代半ばほどだろうか。上品で洗練された所作だが、少し顎の位置が高い。


 身なりは落ち着いているが、一目で上質と分かる仕立ての服だった。たぶん『クレールモンテ』の今シーズンの新作だ。小さなショルダーバッグは人工皮革製ではない。こっちは『ロルヴィエル』の限定モデルだろう。身に付けているものは高級だが、流行だけを追っているわけではないようだ。


 目の下には薄い隈があった。それでも彼女は、やや見下ろすようにボビーを見た。


「初めまして」


「ロバート・レーンです」


「マーガレット・ロッシです」


 差し出された名刺を受け取る。ちらりと指先が目に入った。爪が少しだけ荒れている。高級な服装とは不釣り合いだった。身だしなみに気を使う余裕を失うほど、最近の生活が乱れているのかもしれない。


 名刺に目を移す。


 ロッシ財団 理事長


 ボビーは表情を変えなかったが、内心で少しだけ依頼料の期待値を修正した。依頼料の殆どは探偵社の取り分だが、それでもいくらかは懐が温まる。願わくば難しい依頼であってほしい。難しい依頼は面白い。長引けば報酬も増える。


 ボビーは彼女に座席に座るように促すと、自分も深く腰掛けた。指先を組み、それで?と眉を上げた。


「息子を探してください」


 テーブルへ立体ホロ写真が置かれる。


 青年が笑っていた。金色のウェーブを巻いた髪。白い歯。無邪気な青い目。日焼けした肌。まるでコマーシャル用の宣材写真だ。どうやら彼女の息子は容姿に恵まれたらしい。自信と未来への希望が表情からうかがえる。


「エミール・ロッシ」彼女は少し目を伏せた。「教育研究船アカデミア号の乗客でした」


 ボビーはあらかじめ用意された資料を開く。―――十九歳。学生。古代文明研究課程。高校時代は無重力(ゼロG)フットボール部に所属しており、ポジションはボトムサイドハーフ。地味な学科とちぐはぐなスポーツ履歴だ。前科はなく、トラブルも起こさない。世の一般的な母親であれば、自慢の息子といったところだろう。


 十日前、エミール・ロッシの乗船していたアカデミア号との通信が途絶えた。アカデミア号は航路上のジャンプゲートを何度か通過し、いくつかの宇宙コロニーで113名の学生と、24名の教授と研究員を乗せたようだ。元々乗っていた船の乗員が15名。全部で152名。


 その後、遠い昔に人類が入植した宇宙文明初期の宙域へ向かうため、この船が確認できる()()のジャンプを行った。ゲートへの進入直前まで、通常手順の通信記録が残されていた。


「警察には?」


「相談しました」


「管理AIは?」


「異常なしと回答されました」マーガレットは自分の言葉に苦笑した。「異常がないのなら、息子は今どこにいるのでしょうね」


 ボビーは答えなかった。探偵に答えられる問いではない。希望を持たせるような発言をしてマダム・ロッシを慰めてもいいが、きっと彼女が求めているのはそんな形ばかりの同情ではない。


「他の探偵社にも相談されましたか」


「ええ、ですが皆さん、事故として処理される可能性が高いと」


「それで私どもへ?」


「あなたのお名前だけは、何人もの方から聞きました」


 ボビーは少しだけ困ったように笑う。


「悪い評判も一緒に聞かれたでしょう」


 女性も初めて硬さが抜けた表情で笑った。


「ええ。女性同性愛者(レズビアン)しか居住できない<ビスク・オンタリオ>コロニーに、どうやってあなたが不法侵入したのか、未だに誰も分からないと聞いたわ」


 ボビーはぐるりと目を回して見せた。


「あー、あれにはちょっとした独自の法解釈が必要でした。それにかなり斬新な性的解釈も。ともかく依頼は達成しました」


 暗かったマーガレットの表情が、少しだけ明るくなった。


「ええ、そうね。あなたは法執行機関からするとかなり厄介な人物のようね。でも同時に調査はとても得意だと聞いたわ」


 応接室が少しだけ静かになった。ボビーは資料を閉じる。プラスチック薄用紙がパシリと音を立てた。これ以上のユーモアは、今は蛇足になってしまうだろう。


「一つだけ確認します」


「はい」


「調査は長くなる可能性があります。特にジャンプゲート絡みだと、数週間では終わらないかもしれません。費用も、それ相応になります」


「構いません」


 返事は早かった。


「息子を探してください」


「ええ、任せてください」そう安請け合いをしそうになって、ボビーは一旦言葉を飲み込んだ。そして現実的な話しをした。


「ジャンプゲートでの転移事故だった場合、生存の可能性は低く見積もられています。最悪の事態も想定しておいてください」


 マーガレットは目を伏せる。


「それでも何も分からないよりはマシです。何が起きたのかくらいは知りたい」


 ボビーは数秒だけ彼女を見つめた。身近な人間が失踪した場合、感情的になる人は多い。だが、彼女は努めて冷静に振る舞っていた。震える指先が、努力の程度を示していた。


「分かりました」ボビーは契約端末を差し出した。「正式にお受けします」


 契約が成立すると、マーガレットは深々と頭を下げて部屋を出ていった。


 同僚が入れ替わるように顔を出す。


「ロッシ財団か。でかい依頼だな」


「そうだな」


「事故じゃないのか?」


 ボビーは資料を眺めながら答える。


「まだ分からない。でも、とっかかりはあるよ」


「何だ?」


 ボビーはデータ端末でアカデミア号の運航ログを開いた。―――ジャンプゲート通過。その時刻を境に、船内AI群の観測記録が完全に途切れている。故障記録はない。異常報告もない。通信障害でもない。


 ただ、観測だけが終わっていた。


 同僚は眉をひそめる。


「ログが飛んだだけじゃないか?」


「飛んでない」


 ボビーは画面を拡大した。


「飛んだなら、飛んだ痕跡が残る。これは違う。……まるで」彼は画面を指で軽く叩いた。「最初から、そこに何も存在しなかったみたいだ」


 同僚は首を傾げた。


「そんなことあるか?」


「今まで聞いたこともない。本当にゲートの彼方に消えたか、記録が改ざんされたか、いや、他にも可能性はある」ボビーは立ち上がる。「調べる必要がある」


 彼はジャケットを羽織り、ボールペンとメモ帳を内ポケットへ滑り込ませた。まず向かうべき場所は決まっていた。公式記録には載らない情報なら、それを手に入れるためにはちょっとした伝手と工夫が必要になる。


 上司に短く許可を取って外に出ると、忘れていたとでもいうようにその上司から神経端末に連絡が来た。


「何人か人手は必要か?何しろロッシ財団だ。ちょっとばかり無駄に費用を請求しても、たいして懐は傷まんだろ」


「所長。この通話も管理AIに監視されてるんですよ。職業倫理規定に違反したら、どんな罰金を命じられるか……」


「なに、AIにユーモアを教えてやってるのさ。それで、一人で大丈夫か?」


 念を押すような声は、なにもボビーの身を案じていることだけが理由ではないだろう。巧妙に隠された感情が、通話のノイズのようにたしかに感じられた。


「やっかいな仕事はいつも一人でやってきました。それにもう十分大人です。任せてください」


「―――、くれぐれも慎重にな」


 何かまだ言いたげに通話は切れた。


 手を上げると、無人フロートタクシーがビルのエントランス前にふわりと止まった。乗り込むと行き先のデータを提示するように求められる。


 ボビーは行き先を設定した。数秒後、タクシーの音声ナビゲーションが応答する。


『警告。目的地周辺は、標準居住区域安全基準を下回っています。窃盗、暴力事件、違法取引への遭遇率が平均値を超過しています』


 少し間を置いて、さらに続ける。


『また、目的地周辺には、より危険度の高い区域が存在します。そちらへ立ち入る予定がある場合、護身用装備の携帯を推奨します。尚、違法区域での購入行為は信用スコアに影響します。将来的な居住区アクセス制限につながる可能性があります』


 さらに小さな警告音。


『市民登録名ロバート・レーン。あなたの信用スコアは平均的な優良市民より低いため、今後の生活には注意が必要です』


「余計なお世話だ」


 苛立ったように決済画面を押すと、ボビーを乗せたフロートタクシーは滑るように高度を上げた。

 

 海外ではニックネームと、行政上の本名を使い分けます。例えばロバートが本名でも、友人や家族など、親しい人はボビーと呼んだり、有名人などは愛称を芸名のように使います。マーガレットなら、普段はマギーという名前を使っているでしょう。

 それにフォーマルな場では、普通は本名を使っているはずです。

 この辺りは海外の小説を呼んでいるか、文化を知っていないと少々わかりにくい表現だったかもしれません。海外小説の翻訳版などでは、この辺の表現は、混乱がないように完全に統一されることもあります。今後修正するかもしれません。

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