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依頼達成金は後日貰う事にし、とりあえず俺も帰る事にした。
「はぁ」
が、足取りが重い。
「どうなるかねえ······」
ヴィオラは怒ってそのまま帰ってしまった。やはり、俺がモンスター討伐を有料で請け負っていたのが許せなかったらしい。
一応、ちゃんとした許可も取ってあるし、違法な営業という訳でもないから、すぐにでも衛兵にしょっぴかれる事はないだろうが、これからはどうなるか分からない。
ヴィオラがラインフォース伯爵にちくって『善良なる市民の足下を見て金を巻き上げている!』と訴えて、営業停止にすべきだと言えば圧力がかかってその内役所の方から営業停止命令が来るかもしれない。
あるいは、関係各所に注意喚起などをして依頼が来ないようにするかもしれない。
ただ怒って軽蔑しただけなら良いのだが、これと決めたら我を通しきる奴だ。もし、俺のやり方が気に入らないと思ったら容赦なく潰しにくるだろう。
今後の事を考えると憂鬱だ。
「帰ったぞー」
「あ、お帰りなさい」
拠点に戻ると、庭先でナズとフランの二人が昼飯の用意をしていた。
「お帰りー、トレイル。なんか緊急の依頼が入ったって聞いたけど、どうだったの?」
鍋をコポコポとかき回しながら、フランがのんびりと尋ねてくる。
「大変だった?」
「いや、楽勝だったぞ。報酬金はどのくらいのモンスターを倒したか調べてから渡してくれるそうだ」
「そうなんだ。楽しみだねー。あ、でも。前にも言ってた細かい料金表とか、依頼金とかをちゃんとした書類に残していった方がいいね。私達もちゃんとしたお店なんだって思われたいしね」
「ああ、そうだな······」
「トレイル?」
フランがオタマの手をふっと止める。
「どうかした?」
「ああ、いや。うん、やる事がたくさんあってこれから忙しくなりそうだなって」
「?」
どうやら俺の不安が顔に出てしまっていたらしい。フランが訝しげにこちらを見ている。
「トレイル、何かあったの? もしかして、怪我してるとか」
「いや、そんな事ないぞ。ほら、今日も元気バリバリだ」
「······」
「トレイルさん?」
さすがにワザとらし過ぎた空元気だったのか、ナズも心配そうな顔をした。
「何かありましたか? もしかして、あのご令嬢さんと何かあったとか?」
「令嬢?」
ピクリとフランが反応する。
「何その話。ナズちゃん、詳しく」
「あ、フラン、変な話じゃなくてな、普通に──」
「私はナズちゃんに聞いてるのっ!」
「はい······」
ヒリついてきたフランに少し怯えながらナズがさっきの事を話す。
「そっか。そのラインフォース令嬢と会ったんだ」
「はい。トレイルさんの言うように、なんだか風変わりな方でした」
でも、悪い人でははさそうです。と付け加えるナズ。
フランがチラッと俺へ目を向ける。
「それで? その令嬢と何かあったの?」
「あー、いやー。その、何て言うのかな。怒らしちまったと言うか、軽蔑されたって言うか······」
「そうなの?」
意外そうに目を丸くするフラン。
「え、なに? 何かエッチな事でもしたの?」
「俺がそんな事する訳ないだろ。ここ最近、女にセクハラした事なんかないぞ」
「コホンッ······」
ナズの咳払いとジト目。
「いや、した事はあるかもしれんが、少なくともヴィオラにはしてない」
「なら、どうして?」
「えーっと、実はだなあ······」
「あれ? トレイルさん、フランさん。誰か来たみたいですよ?」
事情を話そうとしたところで、ナズがそう言った。
振り返ると、庭先に馬車が来て停まっているところであった。
その馬車にはラインフォース家の紋章が刻印されていた。
「あちゃー。噂をすれば、だな」
「······」
俺らが見守る中、ドアが開かれて一人の人物が降りて来た。執事のマルセであった。
そして、そのマルセがうやうやしく頭を下げている中から当の悩みの本人が降りてきた。
「あの人が······」
呟くフランの横で、ナズが小さく「はい」と言う。
当然、地面に優雅に舞い降りたのはヴィオラだった。さっきと同じ格好のまま、しかし、今度は背中に愛用のドラゴンスレイヤーを背負ってのご登場だ。
──まさか、力ずくでぶっ潰そうってつもりか?──
「これは、皆様ご機嫌よう。お出迎え感謝いたしますわ」
こちらまで歩いてきたヴィオラがふわりとスカートをつまむ。
「そちらのお嬢さんは先ほどお会いしましたわね。ごめんなさい、名乗りもせずに不躾でしたわ。あと、そちらの方がフランさんかしら?」
「え? あ、は、はい」
思ったよりも上品な挨拶に面食らったのか、フランがどもる。
「初めまして。私、ヴァイオレット・ラインフォースと申しますわ。皆様からはヴィオラと呼ばれておりますの。どうぞそう呼んでくださいまし」
「あ、はい。サフラーヌです。フランって言われてます。あ、こっちはナズちゃんです」
「ナ、ナズです」
緊張気味に挨拶を交わす二人。
だが、もっと緊張してるのは俺だぜ。
まさか、いくらなんでもいきなり斬りかかってきたりなんかはしないと思うが······。
ヴィオラが俺に向く。
「······」
どんな動きをするか──油断は出来ない。
「······トレイルさん。私、怒ってますのよ。貴方がモンスターを討伐する事で金銭を稼ぐ商売を始めたという話······」
「······」
「まったく············どうして真っ先に私を誘って下さらなかったのかしら?」
「··················え?」
大きくため息を吐いてから、ヴィオラが後ろのマルセを手招きする。マルセは大きなカバンを持っていた。
「まあ、貴方のおおよその事情は爺やから聞きましたわ。ゴタゴタしてたからそんな暇も無かった。そう理解してあげましてよ」
その大きな荷物を持ったヴィオラが、俺とフラン、ナズの間を通り、酒場を見上げる。
「まあっ、なんて素朴で可愛らしいコテージかしら! うふふ、今日からここが私の家になるのね!」
「は? あ、いや、ちょっ······」
「爺や、残りの荷物をお願い。フランさん、ナズさん、ぜひ中を案内して下さらない?」
「え? あ、は、はい」
「わ、分かりました······」
止める間もなく、ヴィオラは弾むような足取りでフラン達を従えて中へと入って行ってしまった。
お疲れ様です。次話に続きます。




