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目の前に現れたその人物。
それは俺のよく知る人間であった。
「げっ······」
思わず自分の口からそんな声が漏れてしまった。
「あらあら、久しぶりの再会だと言うのに、なんて失礼な第一声でしょう。やっぱり貴方は下品な馬のホネですわ~!」
俺の顔を確認したと同時に、その女はオーッホホホッと高笑いを上げた。
「まさか本当にトレイルさんがパデスにいらしたなんて! おーっほっほっ! そして、相変わらずの品の無い佇まいと態度! ここまで品性が無いとむしろ清々しくて男らしいですわ~!」
「あー。よ、ヴィオラ。久しぶりだな」
「あら、殊勝なご挨拶。ふふ、少しは人並みの文化を学びましたの?」
ふふっと笑って近づいてくる麗しき令嬢。ヴァイオレットことヴィオラ嬢。
ゾッとするような妖艶な切れ長の目や、優美でありながら鋭く整えられた鼻や顎の輪郭。微笑を含んだような唇。
色の濃い見事な金髪はよく手入れがされていてキラキラ輝くよう。
女性にしては高身長で、プロポーションは抜群。これだけはマジで最高だ。胸の張り具合も、腰のくびれ具合も、尻の突き出かたも、全てが男の心を狂わせる黄金律。
派手なギャザーの入った深紅のドレスは彼女の好戦的で自信に満ちた性格をそのまま反映してるかのよう。
その表情や佇まいだけは良家のお嬢様である事を疑いはしない。
そして、特徴的なのは額の上から生える二本の鋭い角。ワイバーンのそれとそっくりな荒々しい双角。
そう、ヴィオラは竜族なのだ。
竜族とは、数ある亜人の中でも特に戦闘能力に特化した人種で、戦闘種族と呼ばれる。
その起源は謎に包まれているが(大体の亜人もそうだが)神話によると、神が悪しき存在を滅するために竜の力を宿した戦士を生み出し、その末裔が竜族なのだそうだ。
そんな逸話もあり、竜族は誇り高い一族としての自負もある。
それにしても、竜族だからなのか、ヴィオラの個人の特性なのか、ほんとに良い身体してやがる。
「あら。貴方のそのやらしい視線はまだ健在でしたの?」
「これくらい堪能しなきゃ俺の目が可哀想だし、お前のナイスバディに失礼だ」
「おほほほっ! 相変わらずお馬鹿さんですわ!」
そこは言い返せない。
ヴィオラは俺が軍に居た時の知り合いだ。
まあ、知り合いっつうか······このご挨拶を見れば誰でも分かるだろうが、ものすごく仲のいいお友達って訳じゃない。
かと言って、特に険悪ってわけでもない。
少なくとも俺はそんなに嫌いじゃない。正直言ってうるさいとは思うし、だるい所はあるが、それはまあ個性と言うか、ご愛嬌って事で納得している。
こいつは何故か俺に挑発的な態度はよく取るし、常に偉そうな発言は多いが、嫌味が無い。上手く言えないが、スティングとかみたいなクズの挑発とかとは本質が違う。
あえて言うなら自信過剰とかそう言うのが限界突破しており、誰かを見下したりしたいのではなく『あら、私が最高であるのが常識でしょう?』くらい行っちゃってるのだ。
「もしかしてだが、今日パデスの町に来る予定の要人ってお前の事か?」
「あら、ご存知でしたの? ええ、そうですわ。要人なんてものではございませんの。正確には超ウルトラスーパー究極で至高の絶世の旅人美女ですの」
たしかに、VIPどころの騒ぎではない肩書きだ。
「ところで。貴方はこんな所で何をしてましたの?」
「実はその超スーパー、究極の絶世ウルトラ······ともかく、お前が危ないんじゃないかって来てみたんだが······」
「まあっ! もしかして、ナイトのおつもりなの? うふふっ、顔によらず可愛い所もあるのね!」
今日一番の笑顔を見せるヴィオラ。
「でもご心配なく。私にナイトは必要ない。それくらいご存知ですわよね?」
「そうだな」
辺りに散らばるゴブリン達。
人間から奪ったであろう鎧や盾を装備していたようだが、それごと叩き切られている。
「相変わらずの怪力だな」
「高貴なる力。と呼んで下さらない?」
不敵に笑うヴィオラ。
その麗しく美しい容姿に、エレガントなドレスにも似合わない武骨な大剣が背中に掛けられている。
彼女のトレードマークでもある“竜殺しの剣”の柄。それを細い指で撫でる。
「自分の身は自分で守る。それが真の貴族でしてよ」
「お前くらい強い貴族はそう居ないとは思うがな」
ヴィオラ。本名はヴァイオレット・“ラインフォース”。
そう。ヴィオラはこのパデスを含んだこの辺り一帯を治めるラインフォース伯爵の娘なのだ。
「怪我人とかは居ないか? かなりの数に襲われたようだが」
「ええ、大丈夫ですわよ。でも、感心しましたわトレイルさん」
「何がだ?」
「貴方、軍を除隊になったと聞きましたのに、ちゃんと衛兵みたいに救助に来たのですわね」
「ああ、実はだな──」
モンスター討伐の専門業者をしている。と言いそうになるのを寸前で飲み込んだ。
「······」
ヴィオラの事は別に嫌いではない。
が、うるせえし、めんどくさいのも事実。
俺の現状を話して『まあっ! なんて野蛮なの!? 善良なる人々からお金をむしり取るなんて! そんな商売、私の家の力で禁止にしますわ~!』なんてなったら厄介だ。
「あら、どうしましたの?」
「いや。そう、たまたま衛兵達の立ち話を聞いてな。困ってる人が居るんじゃないかと慌てて飛んできたんだ」
「まあ!」
色っぽい目元を、子供っぽく丸めて、ヴィオラがニコッと笑った。
「まさか貴方のような下品な方からそんな言葉が出るなんて! 私、感激しましたわ!」
そう言うなり、そそっと俺のすぐ前まで来て、手の甲を差し出してきた。
「なんだよ」
「跪いて口づけする事を許しますわ。さ、遠慮なさらないで」
「手じゃなくて俺の好みの部分でいいか?」
「おーっほっほっほ! 感心した私が愚かでしたわ~! 駄目に決まってるでしょう、お馬鹿さん」
ヴィオラはくるりと背を向けて馬車に向かった。すでに落ち着いた御者がスタンバイしている。
「トレイルさん、貴方、徒歩かしら?」
「そうだ」
「それならお乗りなさいな。パデスに向かうのでしょう? 遠慮いりませんわ。ただ、私の身体に気安く触ろうとしたら降りて貰いますけど」
「なら、降りるの確定だから遠慮しとこう」
「おーっほっほっほ! ホントに下品ですわ!」
愉快そうに笑いながら馬車へと乗り込むヴィオラ。
そして、動き出した馬車が俺の横に止まり、顔を覗かせた。
「トレイルさん。貴方、どこに泊まってらっしゃるの?」
「あー······。宿だ。転々としていてな」
「あら、そう。私は中枢区のラインフォース家のゲストハウスに居ますわ。後でいらっしゃい」
こちらの返事も待たずに、鞭の音と共に馬車は町へと走って行ってしまった。
お疲れ様です。次話に続きます。




