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 その日のパデスはよく晴れていた。

 初夏は雨が多くなるが、カラリと晴れた青空には白い雲が呑気に浮いているだけで、泣き出しそうな気配は微塵も無かった。



「どこかで時間を潰していて。少し長くなるから」

「分かりました」


 馬車から降りて、御者に気遣った言葉を与えてから、執行議員のオリヴィエは庭先から冒険者ギルドを見上げた。



「あっ、もしかして、あれが執行議員さんじゃないかずら?」


 庭の風景として馴染んだ焚き火の周りに二人の少女が居り、オリヴィエに気づいた。ターナとナズの二人であった。


「こんにちは。私はオリヴィエと言うのだけれど、トレイルさんは居るかしら?」

「やっぱオリヴィエさんずらっ。あっ、ようこそおいでまし冒険者ギルドへ~。ふつつか者ですが、心行くまで存分に余興をご賞味あれずら~」

「タ、ターナちゃん。リサちゃんの教えてくれた挨拶が全部ごちゃ混ぜになってるよ」

「し、しまったずら。やっぱオラにお出迎えは無理だったかや~」


 あたふたと賑やかに表情を変える二人の様子に、オリヴィエは思わずクスリと小さく笑った。


「ここは賑やかなのね」

「す、すみません。お騒がせして」

「ごめんだよ~」

「いいえ。とっても楽しくて良いわ。中へ案内してもらえるかしら?」

「あ、はいっ」

「一名様ご案内ずら~」


 二人に連れられて、オリヴィエは真昼の冒険者ギルドへと入った。

 入った瞬間──


「おーいっ、酒だ、酒~! 酒追加で~!」

「リサちゃーんっ、こっちにはツマミ追加だ~!」

「腹減った~っ、追加頼むー!」


「まあ······」


 中には十人以上は居るであろう冒険者が居り、やかましく賑わっていた。

 酒や肉が盆の上で踊り、やがては冒険者達の口の中へとフィナーレを飾っていく。


「すごいわね」

「今日は冒険者の方が多くて」

「みんな、アレを見に来てるずら」


 そう言ってターナが壁を指差す。

 そこには、カーペットのように広げられた灰色の毛皮が掛けられてあった。


「フェンリルの毛皮なんて滅多に見れるもんじゃねえって、たった数日でわんさか見物人が来るだよ」

「そうでしょうね」


 その毛皮はやがては売却されるか、研究素材として消費される運命であったが、それまでの間は飾っておく事になったのだ。


「いくら体の出来がデスウルフとそんなに変わんないって言われても、解体する時は緊張しただよ~。傷付けたら商品価値はどんどん下がってくだに」


 あの大きさで売れば8,000ゴールド以上はするんですよ。と、ナズが誇らしげに付け足した。




 ナズ達に案内され、オリヴィエは一つの部屋の前に着いた。


「トレイルさん、オリヴィエさんが見えてます」


 ナズがノックして呼び掛けると『おーう。どうぞー』という伸びやかな声が返ってきた。


 三人が中に入る。


 そこには、窓を大きく開けて光と風を吸い込みながら、ベッドの中に沈むトレイルの姿があった。横にはフランが椅子に座って編み物をしていた。


「あ、こんにちは、オリヴィエさん」

「こんにちは。どうかしら、具合は?」

「はい、大丈夫ですよ。私のヒールとナズちゃんのポーションで快調です。ねっ、トレイル」

「添い寝して、お目覚めのチューをしてくれたらすぐに全回復するんだがな」

「もーうっ、お客さんの前で変な事言わないの!」


 額をバシっと叩かれたトレイルが小さな悲鳴を上げる。


「いって! おいっ、病人はもっと丁寧に扱え!」

「なーに言ってんの。もう大分よくなってるくせに」


 フランがそう言うと、トレイルもニヤリと笑った。


「それなのに心配性な幼馴染みが退院許可を下ろしてくんないからな」

「当たり前でしょ、あんな大怪我してたんだから」


「あ、あの~。オリヴィエさんも待ってますし、そろそろ······」

「あ、そっか、ごめんごめんっ」


 何時もの惚気が始まりそうな気配を敏感に察知したナズが制すると、フランは側で控えた。


 オリヴィエがベッドの横に立つ。


「どうやら大分よくなったようね」

「ああ。まだ安静にしてるのが大袈裟なくらいさ」


 はにかむように笑うトレイルであったが、ほんの数日前、彼は激戦の中に身を投じていた事はオリヴィエも当然知っていた。









 4日前。トレイル達はルゴダの町の戦いから全員帰還を果たした。


 トレイルがフェンリルを倒した直後、各地からの援軍が到着し、町に残っていた他のモンスターを全て撃破した。


 町の被害は大きかったものの、トレイル達の活躍もあり事態は速く収拾がついた。


 当の首謀者である黒魔道士の男は既に死亡しており、その目的や動機は詳細が分からないまま事件が幕を閉じてしまったが、賢者などの高名な魔術師達が集まり、事件の真相を調査中。いずれ多くの事が分かると言われている。


 いずれにせよ、ルゴダを襲った惨劇はひとまず解決し、脅威は消えたのである。



 その第一の功労者であるトレイルは、フェンリルとの一騎討ちで相当な怪我を負ったが、仲間達の迅速な手当てと、軍医による治療の甲斐もあって後遺症も残らずに回復中だ。




「けど、凄かったよなあ。まさかあんなに大部隊で駆けつけてくるなんてな」

「魔王の復活かどうかもあの時点では判明してなかったから。今となっては真相は闇の中だけど」


 魔道士の男についてはほとんど一切が謎のまま。名前すら判明していない。


「恐らくなんだけど、戦時中に流行った浄化論支持の元魔術師だと思うわ。もう一人の()()()にも話は聴くつもりだけど」

「そうか。あいつも助かったのか」

「一応。でも、片腕と片足は失くしたけどね」

「······」


 スティングも一命を取り留めた。パーヴォンの手当てと、トレイルの施したポーションにより出血を抑えられたからである。

 しかし、傷口が大きかったため、右腕と右足は切除するしかなく、彼は手術を受けた。


「まだまともに口を効ける状態じゃないから尋問は先になるわ」

「あいつもロクな事知ってるとは思えないけどな」

「それは同感ね」


 ため息が同意する。


「ここからは政治的な話になるけど······今回の事件は一人の愚かな人間が起こした幼稚な騒動では済まされないわ。禁忌である黒魔術が使われ、大勢の人間が命を落とした。しかもそれに保守派の議員の息子が関わっていたとなると······」

「政治家のお偉いさん達が忙しくなりそうだな」

「ええ、まあね」


 これにはオリヴィエも苦笑で返すしかなかった。


「この一件によって保守派はあらゆる裏側を掘り下げられるでしょうね。黒魔術との関係が無いかどうか······と言う建前で、汚職や賄賂などの流れを堂々と調べられるでしょう」

「ある意味、スティングのお陰で膿が出せるってとこか」

「ええ。彼は······彼の家は多分爵位を取り上げられるでしょう。その権限は未だに王家にあるから、確かな事は言えないけど」

「······自業自得とは言え、あいつも悲惨だな」



 その後は事後処理の話や、追加報酬の話などを淡々と交わし、オリヴィエは帰る事になった。



「それではお気をつけて」

「また来るだよ~」

「ええ、またお邪魔するわ」


 オリヴィエは一人その宿を見上げ、ふっと独り言を漏らした。


「冒険者······勇者の血は絶えてなかったのね」


 馬車が動き出し、若き政治家はこれからの社会に前向きな気持ちを抱きながら去っていった。



お疲れ様です。次話に続きます。

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