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「こっ、これは!?」
驚愕する黒魔道士にトレイルがニヤリと笑う。
「予想してたタイミングドンピシャなんてな。ほんと、俺の同僚はとんでもなく優秀な人間ばっかりだな」
「?! まさか、貴様がっ······」
「俺の仲間が、な」
トレイルの居る場所。そこから少し離れた地点では、フランが杖をついて荒い息を上げていた。
ヴィオラの額にも疲労の汗が滲み出し、フルトも膝をついていた。
その三人の周囲には下級モンスターの死骸と、ケンタウロイの亡骸も横たわっており、所々に激戦の爪痕が刻まれていた。
そして、その地面の上に小さく砕けた黒い宝石。
それこそ、このルゴダに構築された魔方陣の核であり、モンスターを統率するのに必要な意思の発信装置でもあった。
「俺の頼りになる仲間達がお前さんご自慢の結界を破壊したのさ。もう思い通りにはならん」
「き、貴様っ!」
激昂する男。しかし、トレイルはそっちよりも目の前に意識を集中させていた。
『グルオオオッ』
『ギャギイイッ······』
『ブモオッ······』
『グケエエッ······』
統率を失ったモンスター達。彼らは既に元の野生へと帰化していた。
異なる種との間には補食関係や敵対意識を持つモンスター達は、すぐ隣に居る相手を殺し始めた。
だが、一際強力なモンスターは、そんな小競り合いなど纏めて全て蹂躙していた。
『ウオオォォォォォォンッ』
フェンリルの遠吠えに、多くのモンスターは野生そのままに逃げ出した。
そして、残った者はズタズタに食いちぎられた。
そう。
例え組織化されていなくとも、モンスターの脅威その物まで消えた訳ではないのだ。
トレイルがジリジリと距離をとる。
「パーヴォンっ! 逃げられるか?!」
「駄目だっ、彼の傷が大きい!」
「ひぃ~、マ、ママぁ! い、嫌だあっ、し、死ぬウゥっ、ママあぁ!」
痛みに泣き声を上げるスティング。その横に滑り込んだトレイルは思わず息を飲んだ。
スティングの右腕は既に肘から千切れかかっており、足も同様にくるぶしから先は残りそうにもなかった。
「いぎゃああっ! し、死ぬうっ! あがああっ!」
段々と麻痺していた痛みが感覚となり始めて絶叫するスティング。
トレイルがポーションのビンを出して中身を注ぐ。
「あがああっ! ひいいいいっ!」
「おいっ、動くな!!」
ポーションの効力は出血を和らげていったが、大きな傷口までは治しきれない。
「た、助け、助けてくれえぇ······」
血と涙に汚れたスティングの顔に、トレイルは哀れみの目を向けるしかなかった。
「おのれ、おのれっ、貴様あああ!」
そんな三人の元へ黒魔道士が迫る。
星の光が生まれ始めた闇夜の風を切って、凄まじい殺気がほとばしる。
「よくも、よくもおお! 殺してやるぞおお!」
「っ!」
トレイルが立ち上がり、剣を構える。
しかし──
『ガウウウッ』
「へ──?」
灰色の巨体が、横から飛び出してきて、恐ろしい牙の連なった顎を大きく開けた。
「あっ············ぎゃあああああああ!!?」
男の体がフェンリルの牙の中へと消える。
凄まじい絶叫が上がり、フェンリルの唸り声が強くなる。
メキメキと、何かが軋む音と共に血が宙へと吹き荒れ、濡れた布が引きちぎられるような音と共に男の首と腕と足が、それぞれ別々に地面へと落ちた。
フェンリルの顎から滝のように流れた血が、夜の空気を吸いながら地面に真っ黒な湖面を生み出す。
『グルルルル······』
低い唸り声が、血で汚れた口から這い出て、トレイル達に向けられる。
「せいやあ!!」
瞬時に判断を下したトレイルが鋭く駆ける。一瞬でフェンリルとの間合いを詰めると、また銀の閃光を数回走らせた。
『ガルルルッ』
フェンリルが飛び退く。その前足から僅かに血が流れた。
『グルルルル······ウオオォォォォォォンッッ』
一番星の疼く夜の底に遠吠えが木霊すると、それが合図となったかのように二つの影は同時に駆け出した。
『グルオオオッ』
「はああああっ!!」
光り輝く剣が夜の空気を切り裂く。
灰色の巨体はその淀んだ空気の中を弾くように身を踊らせ、鋭い牙を光らせた。
鋭い剣閃が瞬きをして、獣の咆哮が辺りを震わせる。
「ライトレイ・バニッシュ!」
一際大きく輝いた太刀筋がフェンリルの頬を掠めた。
『ギャオオンッッ』
鮮血が宙を舞い、地面を汚した。
『グオオッ』
地面を蹴って跳ね返るように反転する巨体から、荒々しい一撃が繰り出される。
トレイルがそれを紙一重に躱すと、今度は淡い光がフェンリルから滲んだ。
「!! はああ!」
それに合わせるようにトレイルの剣にも光が滲んだ。
両者から風の刃が放たれ、それが交差する。
空にいくつもの血の滴が舞った。
『グオオンッッ』
「ぐっ······!」
地面に叩きつけられるように転がるフェンリル。思わず膝を地面につけるトレイル。
トレイルの左腕から血がポタポタと流れた。
「フゥ、フゥ、フゥ、フウッ······」
痛みを耐えるために呼吸を整え、精神を強く保つトレイル。
フェンリルの足からもおびだたしい出血が見られたが、依然として殺気を纏い、力強く起き上がった。
「くそっ······肉を切らせて骨を断つつもりだったんだが······」
痛みに唸りながらも、無傷の方の手で剣を構え直すトレイル。
「お前はタフだな······」
『グルルルル······グオオオオオオッ』
再び躍動する灰色の獣。爪と牙が、獲物に止めを刺すために闇夜を切り裂いて唸りを上げる。
「······っ──我が意思よ、光の波動よ、彼と我を繋げ、剣に宿れ······『フォトン・ブレイズ』!!」
トレイルの声と共に、全身から光の波動が溢れる。
その波紋は形を変え、彼の掲げる剣へと集約していき、その剣は目も眩むような光を放ち始めた。
『グルオオオオオオッッッ』
「『ライトレイ・ブレイザー』!!」
両雄が雄叫びと共に空中で交わる。
光の刃が世界を切り裂く。
光の輝きが流星のように町の影を駆けていき、涼やかな鈴の音が木霊して、夜空へと吸い込まれていった。
その音の後は静かになり、町の外から騒がしい騎兵隊のラッパの音がよく響いてきた。
お疲れ様です。次話に続きます。




