ウルフよ吠えろ
俺の出番がやって来る事はなく、コボルトの殲滅が完了した。
後ろの影からおもむろに現れる人狼を見て、全員が警戒心を上げる。
俺達の知る最初の人狼は殺しに長けており、弱い者から順番に狙う程の知性があった。
今回遭遇した人狼は⋯⋯そいつと同じように賢いのか?
刹那、俺達を睨んだ人狼は踵を返して逃げ出した。戦力差で勝てないと踏んだか。
「ダイヤ?」
俺が疑問を口にするよりも速く、ウルフ達は人狼の背を追いかけた。
人狼よりもウルフ達の方がスピードは上であり、すぐに追いついて攻撃をしかける。
相手も防戦一方ではなく、きちんと反撃を繰り出す。
ウルフ達もしっかりと成長しているようで、攻撃を躱して数体で噛み付く反撃を決めている。
「ご主人様、見守ってみませんか」
落ち着かない様子の俺にユリが言葉を投げかける。
見守ってやりたいのは山々だが、もしも何かの危険があったらと思うと⋯⋯。
「あれ?」
冷静に今の俺を分析する。嫌な感じがしないのだ。
一応、魔眼で確認するが勝つ確率が示された。
「ウルフ達で勝てる、のか?」
その疑問を証明するかのように、何回か攻撃を受けながらも立ち上がったウルフ達。
致命傷になる攻撃は受けず、逆に爪の攻撃によって深い一撃を与える。
俺の知らない間に、全ての仲間が全員その力を上げていた。
俺だって訓練した身ではある。俺が成長しているように、彼らも成長しているのだ。
それを思い知らされる。
「大丈夫!」
だから俺はただ一言、そう口にした。
数分の戦闘の後、力尽きた人狼は前のめりに倒れる。その上にダイヤが乗る。
ウルフチームのボス。勝利の証かな?
「ワオオオオオ!」
その雄叫びが周りに伝染するかのように、他のウルフも吠える。
禍々しい光に包み込まれ、皆が姿を変える。
“進化か!”
“でもなんかユリちゃん達とは違うね”
“なんかどす黒いけど大丈夫か?”
光が収まり、現れたダイヤは大型犬並の大きさから二倍くらいのサイズになっていた。
体毛は夜空の如き黒に染まり、瞳は満月のように金色に輝いている。目を引かれるのは額から伸びる三日月のような角だろう。
ダイヤ以外のウルフも同様の見た目をしているが、角は生えておらず体躯も大型犬の1.5倍くらいだ。
「主よ。我々もローズ殿達と同様に進化いたしましたぞ!」
いきなり俺の影から出て来たダイヤに驚いた。⋯⋯え、喋るの?
「喋れるの?」
「はい。まだ我だけですが、同胞もいずれ言葉を交わすと思いますっ!」
褒めて褒めて、と言う眼差しを向けながら尻尾を振っている。
とりあえず撫でながら状況を整理しよう。⋯⋯毛並みめっちゃ良いな。ふわふわでもふもふで触っているだけで幸福感に包まれる。
じゃないな。
ダイヤが喋れるようになった事で、魅了会議の言葉が増えてしまった。しかも流暢に喋れてるし!
なんでだよ! ユリやローズも最初はそんなスラスラ言葉を出せなかったぞ!
能力を軽く検証した結果、影と影を移動できる能力があるらしい。
しかも、影空間に入れるのは本体だけではなく、ユリ達も入れて運べる。
「何より便利なのは、物を運べる事だよな」
これで荷物をホブゴブリンの誰かに預けて移動する必要も無い訳だ。
『影操作』と言う能力もあるらしく、影を自在に操れている。
斬るや殴る、縛るなど色々とできるが、そこまで強い攻撃力は秘めてないので実用化は先か。
“シャドウウルフかな?”
“ダークウルフじゃないよな? アイツよりも黒い”
“てか、角生えているからダイヤは少しだけ違う?”
ダイヤは何か特別な力でもあるのかな?
「ダイヤは角があるけど、何ができるの?」
「はい。我だけは【月光弾】が使えますぞ!」
なるほど。俺の使える魔法を一部引き継いだ感じか。
「影狼と月影狼?」
“安直だな”
“シャドウウルフって事で良いのかな?”
“モチーフが月と影なのはなんとなく分かる”
“サキュバスと言ったら夜だもんな”
さて、進化したウルフ達の実力を調べたいところではあるんだが。
ユリ達の目が視聴者の心に変わって来ている事に気づいた。
「いやー。今日はレアモンスターと二回も遭遇したし、ウルフ達も進化したし、キリが良いからここで終わり⋯⋯」
ユリがスマホを全力で隠し、ローズがドローンカメラを持って俺にレンズを向ける。
「まだコボルトとゾンビ達の数が少ないですぞ主!」
「ダイヤ⋯⋯俺の味方をしてくれたら甘えてあげよう」
「魅了している主が見られないのなら、我は地獄へでも潜る覚悟ですぞ!」
ちくしょうがっ!
さて、魅了会議は新たに喋られるようになったウルフのリーダーであるダイヤが加わった。
ローズと仲の良いウルフであるオニキスを撫でながら時間が過ぎるを待っている。
「ライムのぷにぷにボディも良いけど、動物感のあるこの体毛も捨て難いよなぁ」
あぁ癒される。毛量が増えたので手が毛の中に沈む沈む。
オニキスは撫でると目を細めてそっぽを向くが、嫌がってないのは横にブンブン振っている尻尾を見れば分かる。
ツンデレっぽいのを感じながら、会議の終了が告げられ、俺の地獄への扉は開かれた。
「さて、行ってやりますか! 今日のお代はなんだろね!」
ユリ達から詳細を聞いた。
「嘘だよなユリ⋯⋯俺にそんな事させないよな?」
「ご主人様の勇姿、我々は画面を通じて正面から見させてもらいますっ!」
「悪魔! 鬼!」
「悪魔は分かりませんが、鬼はそうかもしれませんね」
素直に受け取るのかよ。
俺はコボルトの前に出て、膝を地面に預ける。
太ももを露出させ、軽く横たわる。
心を⋯⋯燃やせっ!
覚悟を決めて自分の尻から伸びる、先端がハート型をしている独特な尻尾を口元に伸ばす。
「⋯⋯ペロッ」
それを優しく手で包み、ぺろりとハートの部分を舐める。⋯⋯くすぐったい。それと苦い。
「はむ」
甘噛みしながら、言葉を出す。
サキュバスは自分の理想とする声を出す事が可能な種族だ。『身体調整』の能力でね!
甘えるような、それでいて誘うような、妖艶なお姉さんボイス。
「アナタ⋯⋯みょ、味わゆ?」
“尻尾の甘噛みのせいでちゃんとセリフ言えてない! だがそれが良い!”
“ちょっと削ったなセリフ”
“あ、少しだけ肩が震えているわ”
“武者震いをしてらっしゃる”
“背徳感が半端ない”
“ティッシュ買ってて良かったですはい”
“カワエロやな”
“次こそは着エロをさせてみせる!”
“デュフフ”
“サキュ兄の良い所よな”
“もっとズームしてくれ!”
“サキュ兄の尻尾になりたい”
ぶっちゃけこれは俺が恥ずかしいだけだと思うんだが⋯⋯魅了できるの?
尻尾を舐めて甘噛みにして誘っただけで魅了できるの? 魅力感じるの? 興奮するの?
結果? ああ、成功だよ。成功しちゃったよ。
ちょろいなコボルト。
「今後は尻尾も悪用される前例を作ってるんじゃねぇ!」
地面に額をぶつけ、先程魅了したコボルトが尻尾を舐めようとしたところをユリがぶん殴った。粛清かな?
この子、魅了を望むくせに終わった後の対応が酷いよな。俺にとってはありがたいけど。
その一撃で上下関係も植え付けができるので、効率的ではある。
⋯⋯あれ? ありがたがって良いのか?
「ご主人様。時間が残り僅かです。ゾンビの魅了を終えてから帰還しましょう」
時間管理を覚えたユリは必ず、魅了の時間を用意するようになっている。
帰るまでの限界時間を覚えやがって。でも、ちゃんと精神的休息の時間もあるんだよなぁ。
心を無にして、ダイヤの背で運ばれる俺。次の魅了会議は移動しながら行われている。
ライムが鉄板っぽいのになり、それをホブゴブリン数体が持ち上げる、その上にユリ達が乗って会議だ。
五層へと到着して、早速ゾンビを発見してしまう。
「すぐにエンカウントするのやめてくんないかな」
“ガチ怒で草”
原点回帰したかのようなシンプルな魅了方法だった。
ゾンビの前に出て、胸元に人差し指を通す。
中腰で胸を強調しながら、言葉を出す。清楚系の声音でね。
「熱いな。服、脱ぎたいな」
上目遣いからの、中心の谷間に通していた指を右側にスライドさせる。
見えてないよね? 大丈夫だよね? なんとか言えよゾンビ!
あるいは正面のドローンカメラ映像で楽しんでいる仲間達よ!
不安と羞恥心を抱きつつ、言葉を続ける。
「誰か、着替えを外から見られないように守ってくれる、臭いの強烈な殿方はいないかしら」
“やっぱり言葉が長かったかな?”
“なんかドキッ! って感じ”
“ゾンビとのラブコメが始まる”
“あざとさに重点を置いているので問題ないね”
“サキュ兄にはえろ以外も必要だよ”
“それでも恥ずかしいんだろうね。顔がトマト”
“ゾンビに好意を持つサキュバスって感じ?”
“良いですねぇ”
これでも魅了は成功するらしい。なんかイタイタしいので物語的な魅了はやめて欲しい。
スラスラ言えた自分にも驚きだよ。後もう一つだけ言わせて。
「このゾンビ、メスじゃんか!」
魅了しないと性別分かんないや。
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