名も無きスライムの孤独な日常
吾輩はスライムである。名前はたぶん無い。
そもそも一人称が『吾輩』なのかも怪しい。ならばなぜそうしているか?
理由は簡単である。
自己ナレーション的な事で遊んでいないと暇だからだ。続けてたら定着したがこだわりは無い。
退屈な時間は長きに続く。
そうそう。吾輩はスライムでもただのスライムではないぞ?
例えば、目の前を何も考えずにぴょんぴょんと跳ねている水色のモンスター、それが普通のスライムだ。
しかし、吾輩は銀と赤を混ぜた色をしている。
普通のスライムとは大きく違う。
自我を持ち、このように考え事ができ、何よりも愛すべき主がいるのだ。
そんな主に吾輩は生まれてから一度も会ってないのは言うまでもない。
そもそもなぜ吾輩がこうしているのか、皆は分かってないのだろう。
本来なら、主がダンジョンから足を出すと吾輩は本体へと強制的に戻り自我など芽生えない。
しかし、主が魔法を覚えた日、その時から吾輩は本体に戻される事はなかった。
スライムを程よく食べて大きくなると言う使命を持ち行動していた吾輩はずっとダンジョンをさまよい、自我が芽生えた訳だ。
吾輩の存在はまだ知られてない。それと数を増やすのも面倒だろうと判断し、分裂体もしっかり吾輩が回収している。
溜め込んだスライムの肉体を本体へと譲渡する日がいずれ来るのは明白。それまでには吾輩の存在は皆に知らせないとならない。
⋯⋯それにしても退屈だ。
毎日変わらない景色、毎日変わらない作業。
自我が芽生えたからこそ感じるこの退屈と言う気持ち。どうしたモノか。
「ね、見て見て。変わった色のスライムが居るよ。レアモンスターかな?」
「⋯⋯違うぞ。あれはサキュ兄って言う配信者のスライムだな。今配信してるのかな? 人のモンスターだから手を出すなよ?」
新人冒険者なのだろう。
木製の武器と初期の防具を着ている男女二人組の人間が吾輩を指さした。
吾輩の知名度は主のおかげで少しばかりあり、襲われる事は少ない。
退屈が減りそうだ。
吾輩が普段やっている事をご紹介しよう。
あ、ちなみにこのように脳内ナレーションをしているのは吾輩も配信者に憧れていて、その練習でもある。
主の背を憧れるのは低俗なモンスターだからだろうか。
「写真撮って良いのかな?」
「良いんじゃないか? 記念物として色んな人が撮ってるし」
吾輩は近くに来る人間の女の方に跳ねた。
驚いた彼女は咄嗟に剣を抜こうとしたが、軽めに体当たりをすると瞬時にキャッチする体勢へと変わる。
「え、⋯⋯あ、ぷにぷに」
最初は状況を理解できなかった女だったが、すぐに慣れたのか、吾輩の身体をニギニギする。
⋯⋯ふむ。防具越しからでも分かるこの感触。
コヤツはまな板じゃな。
「なんだろう。なぜか知らないけど腹が立ちます」
あまり力を込めないでくれよ。痛いではないか。
「ちょ、止めろって」
「あ、ごめん。なんか無性に腹が立って」
その後、男の方がスマホのカメラを向けるが距離感を感じた。
顔を見ると、チラチラと女の方を見ているので意識しているのがもろ分かりだ。
どれ、ここは吾輩が手伝ってやろう。
ソイヤッ!
「わっ!」
「えっ」
吾輩がいきなり身体を動かして、反応できず流れるがままにその方向に倒れ込む女。
当然、その先には男がおり密着する形となる。
すかさず身体を伸ばしてシャッターを押す。
カシャ、と言う音が鳴り響き撮影は完了した。
中身を確認すると、慌ただしい写真となった。仕方ないがこれも思い出ってやつよ。
「あはは。なんかごめんね」
「あ、いや。大丈夫?」
「うん。それじゃ、次行こっか」
吾輩は人間の手を再現し、親指だけを上げるグッジョブをして見せた。男は吾輩の意図的にやった事を理解したのか、笑顔で親指を上げる。
このように恋路を手助けするのはとても気持ちが良い。吾輩の数少ない娯楽の一つよ。
「あ、ちょっと待て」
男はお礼なのか、携帯食であろう食べ物を差し出してくれる。
ありがたい。味覚はあるのでな。こう言うのも楽しみなのだ。
お礼を身体で表現して受け取り、食べる。
吾輩は時々こうして探索者からお礼を貰う時がある。
要らなくなった武具など、基本はゴミ処理だが、それも今後には役立つ事だろう。
吾輩は暇な時、己の擬態能力や身体を自在に操る力を伸ばしている。
愚直に訓練し強くなる、それが主の方針だから吾輩もそしているのだ。
吾輩は常に暇の時間を過ごしている。故にその時間を鍛錬に使う。
いずれ本体と合体した時、吾輩の自我は同時に消滅するだろう。
だけど構わない。
本体が吾輩の歩んだ生き様を覚え、何かを感じてくれたのならば。
⋯⋯でも少しだけ、寂しいと感じる時もあるがな。
さて、このようにして吾輩はダンジョンの一層をさまよい、スライムを食べているのだ。
日は流れて行く。
時間の感覚なんて無いに等しいが、それでも時間の流れは感じたりする。
身体の一部を剣のような鋼にしてスライムを斬ってみたりと、吾輩も訓練を怠ってはいない。
最近吾輩はある事を覚えた。
それは取引だ。
吾輩が食らったスライムの魔石と人間の持つ情報や物と交換する。
吾輩の提供する魔石の価値は低いようだが、初心者の人間からはそれでもありがたいのか取引に応じてくれる。
言葉を身体で表現して会話しないとならないから、とても大変だったが。
自分なりの努力の結果、吾輩は大雑把な物なら見ただけで擬態できるまで成長できた。
例えばダンジョンの壁、それに身体を広げて薄くなりつつ張り付いて擬態する。
吾輩が壁になっているなんてのは気づかれず、人間達が過ぎ去って行く。
このように隠れる術を覚えたのだ。
スライム足るもの、必要に応じた能力は身につけねばなるまい。
実は最近、吾輩を付け狙う人間が少しばかりいるのだ。
厄介極まりない。
最初の方は最小サイズの分裂体を身代わりにして逃げていたが、いつまでも通じるとは思えん。
その分裂体は時間が経つと蒸発する仕組みである。
能力の向上や様々な擬態先のデータも手に入れている。
吾輩が本体と合流すれば、さぞかし主の役に立てる事だろう。
そして最近では魔法を会得しようと努力している。
その魔法とは【念話】である。
この魔法を吾輩が覚える事がこの先必ず重要であると判断したのだ。
これを利用した連携をこの目でしっかりと見た。
スライム相手に大袈裟な連携だったが、吾輩は感動した。
魔法を会得するのは難しいらしく、種族によっても覚えられる魔法に違いがあるらしい。
だが吾輩はそもそも人間ではなくスライム!
その辺はなんとかなると楽観的に考えている。
最初から深く考えても分からぬしな。
いまさらだが、吾輩が人間と呼んでおる奴らの見た目は千差万別である。
角が生えている者も居れば耳が長い者もおる。
中には人型ではない者もな。
色々な人間と出会い関わった我の経験、主達は喜んでくれるだろうか?
楽しみな反面、終わりが近いと考えるとやはり寂しい。
吾輩が生み出された理由を考えれば、この思いも邪魔なのだろうな。
◆
「さて、六層に行くかの会議なんだけど⋯⋯」
俺の見立てでは六層に行けるだけの十分な戦力は持っている。
個々の能力で劣っていようが、それを補えるだけの仲間と技術がある。
「少し良いですか?」
「なに?」
ユリが疑問を投げかける。
「今の戦力で問題ない、ご主人様の見立てを信じてます。それを踏まえてた上で、その想定を超えてくる出来事が起こる可能性があります。⋯⋯少なくとも、今まではそうでした」
確かに。
色々と大変な目にあっているな。
「ご主人様の目で実力が足りていると判断されて、個々の力を伸ばすべきだと思うんです」
「つまり?」
「五層で金稼ぎを今後は優先して、全員の武器防具が完全に揃ってから六層に向かうべきだと、私は思います」
確かにそうだな。
皆防具は初期装備のままだし、武器も人間製のでは無い。
六層では今まで以上の想定外の出来事に遭遇する可能性が無いとは言えない。
今までがそうだった。
ユリの考えに同意を皆から求めて、決断を下す。
「次に行きたい気持ちもあるけど、命大事に。当分は金稼ぎを優先して皆の装備を整えよう」
その方針を固めて、俺達は帰還する。
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