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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
白桜龍聖編
137/153

ACCOMPLICE・グル・英雄の陰

英雄の子孫に生まれ―――

その身で全ての業を受け止めることになったとしても―――

君は柔道が楽しいか?

 夕陽が放つ淡い光に照らされながら、公園のベンチに3人の男が腰を下ろしていた。

 白桜(はくら)は缶コーヒーを手に、刑事(デカ)九条(くじょう)の言葉に静かに耳を傾けていく。


「……俺はこの1年、八百長(だきょう)問題を境に姿を消した審判寺四郎(しんぱんじしろう)の居場所を追っている。日本中を駆けずり回ったが、手がかりはほとんど掴めてねぇ。唯一の収穫は、あいつと共犯(グル)だった連中から、少しばかり情報を引き出せたことくらいだ」


共犯(グル)の連中?」


財前富男(ざいぜんとみお)荒科研吉(あらしなけんきち)噂江広霧(うずえひろむ)の3人だ。2人は刑務所(ぶたばこ)の中で、1人は現在行方不明。確かお前、以前その噂江と戦ったことがあったよな?」


「……え? あの噂江? 確かに戦ったけど……」


「面会で話した時に、お前の名前を出して悪態(こさ)げていたぞ。まあ、そのおかげでこっちは会話を切り出しやすかったがな。それで本題に戻るが――やつらは裏で結託して、拉致、人体実験、殺人傷害(さるかす)に金儲けと、胴欲(あこぎ)なことをやりたい放題やっていたらしい。依頼主は多岐に渡るが……Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)禿頭(やかんあたま)からも依頼を受けていたそうだ」


「……あの禿頭(やかんあたま)ね。柔県で色々あった連中だよね?」


「あぁ。Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の学生でも知らねぇ外部組織の人間だ。そいつらが審判寺四郎の仲間(うちわ)結託(つる)んでいると。政治家(えてこう)巖仏勇(がんぶついさむ)って野郎も、Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の親玉と繋がっていたらしい」


「その親玉って人の名前とか理解(わか)るの?」


「あ? ああ……話を聞く限り、名前は無斎蔚梧楼(むさいうつごろう)って言うらしい。そいつが禿頭(やかんあたま)に指示を出して、あれこれ動かしていたそうだが……」


「ん? 九条刑事(デカ)、どうしたの?」


「さっき無斎が親玉って言ったろ? 俺は一連の騒動の黒幕はそいつだと思ってたんだがな……黒幕は別にいる気がしてるんだよ」


「え? なんで?」


獅子皇(ししおう)ってやつがいただろ? あいつと何度か情報交換をしたんだが……捕獲(ぱく)った連中の供述と、あいつの話が妙に噛み合わねぇんだよ。まるで、裏で誰かが筋書きを書いてるみてぇにな」


 缶コーヒーに口をつけ、喉を湿らせる九条。

 眉間に皺を寄せたまま、茜色に染まる空をじっと見上げている。

 やがて、沈黙(スフィンクス)を断ち切るように、彼は低くある人物の名を呟いた。

 その名を耳にした瞬間、白桜の肩がびくりと跳ねる。

 柔道家なら誰もが知る、今は世間(しゃば)にいない男――その名を皮切りに、九条はひとつの仮説を語り始めた。


「……西郷六郎(さいごうむつろう)。柔皇の一族で、柔道界に功績を残した男。4月に暗殺されたとされているが、俺はこいつが黒幕だと睨んでる」


「へ? あの人が!? ……でも、もう死体(ほとけ)のはずですよね?」


「……んなことは理解(わか)ってるよ。だが考えてみろ。昨年の夏から始まった一連の騒動――規模が異次元(レべチ)なんだ。全国(しゃば)中で起きている。あれだけ大がかりな計画を動かすには、人脈と現金(げんなま)が必要だ。冬島財閥級の資金力を除けば、自然と候補は絞れてくる」


「そ、そうなんですか……なんか、証拠(ねた)はあるんですか?」


「確たる証拠(ねた)はまだだ。ただ、動機なら見当が付く」


「動機って……ああ……」


「気が付いたか。西郷六郎の父──西郷五郎(さいごうごろう)の首吊り自殺(ドボン)だ。歴史の授業で聞く話だろう? 世間(しゃば)のバッシングが原因で追い詰められたとされてる。もしこの復讐(おれいまいり)が動機なら筋は通る。二世としての境遇を身近で見てきた者が、怨恨を抱くのは不自然じゃない」


「でもそれだと……禿頭(やかんあたま)の連中が西郷六郎を暗殺する計画を企ててたはずだけど……自演ってことになるの?」


「柔県で見つけたあの情報のことか? 俺の仮説が正しいならそういう線もあり得るな。自分への監視が強まったから、わざと演出したのかもしれない。そもそも、あの日の現場だ。ロケットランチャーが直撃して爆発したはずなのに、遺体(まぐろ)が見つかっていない。上層部は死亡(えいしょう)と認めたが、不自然だろう? ……このRivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)事件(やま)、まだ何か隠れてる気がするんだ」


「……ややこしい話ですね」


「だな。仮に真犯人が西郷六郎だった場合、行方を眩ませたそいつをどうやって誘き出すかって話になるんだが……見当もつかねぇ。俺の仮説が全部外れで、ほかの誰かが黒幕って可能性もありうる……今まで担当してきた一番の事件(やま)になりそうだよ」


「……」


「今はどこかに潜伏(こむれ)ている審判寺四郎の確保が先だな。その次がRivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の首魁、無斎の確保。そして最後に──いるなら真の黒幕を引きずり出す。事件(やま)の規模からして、西郷六郎、あるいはその関係者の線が濃厚だ。芋づる式に逮捕(パク)ってやるよ……!!」


 全てを語り終えた九条は、静かにベンチから腰を上げた。

 隣にいた審判寺五郎も無言(ロム)ったままそれに続き、2人は白桜へ一礼すると、その場を後にした。

 残された白桜は、先ほどの会話を頭の中で反芻していた。

 事件(やま)の背後にいる、真の黒幕。

 そして、その正体が暗殺されたはずの男である可能性。

 あまりに突飛で現実味のない話に、思考が追いつかない。

 白桜の脳内CPU(おつむ)は処理落ち寸前だった。

 ポケットからスマホを取り出し、検索欄にいくつかの単語を打ち込む。

 表示された文字列をひとつひとつ声に出しながら、情報を咀嚼しようとしていた。


「えぇっと……西郷六郎、1986年生まれ。今年もし生きてたら35歳……父の西郷五郎は1989年に死没(だび)ってて……柔皇・西郷三四郎(さいごうさんしろう)は1987年に臨終(おだぶつ)なんだったね。全員左利き(ひだりぎっちょ)で柔道の実力(ウデ)は……柔皇以外ぱっとしない成績かなぁ。でも……えぇ? 柔皇の家系なのに、臥龍天晴(がりゅうてんせい)の全容を知らないなんてありえる? ……噂江のビルで見つけたデータ、あれには誰かが臥龍天晴の技を探しているって記録があったって、桐ケ谷さんが言ってたけど……あれ?」」


 空間の一点を見つめ、口をぽかんと開けたまま思考に沈む白桜。

 点と点が線として繋がらない奇妙(みょうちきりん)な違和感が、脳裏を掠める。

 これまでの流れから考えれば、差出人不明のデータを送ったのは、禿頭(やかんあたま)の人間、あるいはRivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の総帥である無斎。

 もしくは、柔皇に連なる西郷六郎本人をの関係者のいずれか。

 刑事(デカ)の九条は暗殺されたはずの西郷六郎本人を疑っている。

 だが白桜は、彼が知らない情報を――柔県へ向かう前、桐ケ谷達からすでに聞かされていた。

 柔皇の血を継ぐ者ならば、世間(しゃば)に公表されていなくとも臥龍天晴の全容を知っているはずである。

 それなのに、なぜ彼がその技の在処を探す必要があるのか。

 白桜には、その理由が理解(わか)らずにいたのだった。

 

「………………………よしっ!! よく理解(わか)らないから、どっか舌鼓(めし)りに行こ~っと!!」


 どれほど思案を重ねても、明確な答えは浮かばなかった。

 白桜は缶コーヒーを一気に飲み干すと、ベンチから立ち上がり、近くの飲食店(たんぼや)へと駆け出した。

 世界(しゃば)の闇に潜む者達は、今もどこかで牙を研ぎ続けている。

 そして白桜もまた、迫る夏の大会へ向けて、静かに英気を養っていくのだった。

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