ACCOMPLICE・グル・英雄の陰
英雄の子孫に生まれ―――
その身で全ての業を受け止めることになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
夕陽が放つ淡い光に照らされながら、公園のベンチに3人の男が腰を下ろしていた。
白桜は缶コーヒーを手に、刑事の九条の言葉に静かに耳を傾けていく。
「……俺はこの1年、八百長問題を境に姿を消した審判寺四郎の居場所を追っている。日本中を駆けずり回ったが、手がかりはほとんど掴めてねぇ。唯一の収穫は、あいつと共犯だった連中から、少しばかり情報を引き出せたことくらいだ」
「共犯の連中?」
「財前富男、荒科研吉、噂江広霧の3人だ。2人は刑務所の中で、1人は現在行方不明。確かお前、以前その噂江と戦ったことがあったよな?」
「……え? あの噂江? 確かに戦ったけど……」
「面会で話した時に、お前の名前を出して悪態げていたぞ。まあ、そのおかげでこっちは会話を切り出しやすかったがな。それで本題に戻るが――やつらは裏で結託して、拉致、人体実験、殺人傷害に金儲けと、胴欲なことをやりたい放題やっていたらしい。依頼主は多岐に渡るが……Rivoluzioneの禿頭からも依頼を受けていたそうだ」
「……あの禿頭ね。柔県で色々あった連中だよね?」
「あぁ。Rivoluzioneの学生でも知らねぇ外部組織の人間だ。そいつらが審判寺四郎の仲間と結託んでいると。政治家の巖仏勇って野郎も、Rivoluzioneの親玉と繋がっていたらしい」
「その親玉って人の名前とか理解るの?」
「あ? ああ……話を聞く限り、名前は無斎蔚梧楼って言うらしい。そいつが禿頭に指示を出して、あれこれ動かしていたそうだが……」
「ん? 九条刑事、どうしたの?」
「さっき無斎が親玉って言ったろ? 俺は一連の騒動の黒幕はそいつだと思ってたんだがな……黒幕は別にいる気がしてるんだよ」
「え? なんで?」
「獅子皇ってやつがいただろ? あいつと何度か情報交換をしたんだが……捕獲った連中の供述と、あいつの話が妙に噛み合わねぇんだよ。まるで、裏で誰かが筋書きを書いてるみてぇにな」
缶コーヒーに口をつけ、喉を湿らせる九条。
眉間に皺を寄せたまま、茜色に染まる空をじっと見上げている。
やがて、沈黙を断ち切るように、彼は低くある人物の名を呟いた。
その名を耳にした瞬間、白桜の肩がびくりと跳ねる。
柔道家なら誰もが知る、今は世間にいない男――その名を皮切りに、九条はひとつの仮説を語り始めた。
「……西郷六郎。柔皇の一族で、柔道界に功績を残した男。4月に暗殺されたとされているが、俺はこいつが黒幕だと睨んでる」
「へ? あの人が!? ……でも、もう死体のはずですよね?」
「……んなことは理解ってるよ。だが考えてみろ。昨年の夏から始まった一連の騒動――規模が異次元なんだ。全国中で起きている。あれだけ大がかりな計画を動かすには、人脈と現金が必要だ。冬島財閥級の資金力を除けば、自然と候補は絞れてくる」
「そ、そうなんですか……なんか、証拠はあるんですか?」
「確たる証拠はまだだ。ただ、動機なら見当が付く」
「動機って……ああ……」
「気が付いたか。西郷六郎の父──西郷五郎の首吊り自殺だ。歴史の授業で聞く話だろう? 世間のバッシングが原因で追い詰められたとされてる。もしこの復讐が動機なら筋は通る。二世としての境遇を身近で見てきた者が、怨恨を抱くのは不自然じゃない」
「でもそれだと……禿頭の連中が西郷六郎を暗殺する計画を企ててたはずだけど……自演ってことになるの?」
「柔県で見つけたあの情報のことか? 俺の仮説が正しいならそういう線もあり得るな。自分への監視が強まったから、わざと演出したのかもしれない。そもそも、あの日の現場だ。ロケットランチャーが直撃して爆発したはずなのに、遺体が見つかっていない。上層部は死亡と認めたが、不自然だろう? ……このRivoluzioneの事件、まだ何か隠れてる気がするんだ」
「……ややこしい話ですね」
「だな。仮に真犯人が西郷六郎だった場合、行方を眩ませたそいつをどうやって誘き出すかって話になるんだが……見当もつかねぇ。俺の仮説が全部外れで、ほかの誰かが黒幕って可能性もありうる……今まで担当してきた一番の事件になりそうだよ」
「……」
「今はどこかに潜伏ている審判寺四郎の確保が先だな。その次がRivoluzioneの首魁、無斎の確保。そして最後に──いるなら真の黒幕を引きずり出す。事件の規模からして、西郷六郎、あるいはその関係者の線が濃厚だ。芋づる式に逮捕ってやるよ……!!」
全てを語り終えた九条は、静かにベンチから腰を上げた。
隣にいた審判寺五郎も無言ったままそれに続き、2人は白桜へ一礼すると、その場を後にした。
残された白桜は、先ほどの会話を頭の中で反芻していた。
事件の背後にいる、真の黒幕。
そして、その正体が暗殺されたはずの男である可能性。
あまりに突飛で現実味のない話に、思考が追いつかない。
白桜の脳内CPUは処理落ち寸前だった。
ポケットからスマホを取り出し、検索欄にいくつかの単語を打ち込む。
表示された文字列をひとつひとつ声に出しながら、情報を咀嚼しようとしていた。
「えぇっと……西郷六郎、1986年生まれ。今年もし生きてたら35歳……父の西郷五郎は1989年に死没ってて……柔皇・西郷三四郎は1987年に臨終なんだったね。全員左利きで柔道の実力は……柔皇以外ぱっとしない成績かなぁ。でも……えぇ? 柔皇の家系なのに、臥龍天晴の全容を知らないなんてありえる? ……噂江のビルで見つけたデータ、あれには誰かが臥龍天晴の技を探しているって記録があったって、桐ケ谷さんが言ってたけど……あれ?」」
空間の一点を見つめ、口をぽかんと開けたまま思考に沈む白桜。
点と点が線として繋がらない奇妙な違和感が、脳裏を掠める。
これまでの流れから考えれば、差出人不明のデータを送ったのは、禿頭の人間、あるいはRivoluzioneの総帥である無斎。
もしくは、柔皇に連なる西郷六郎本人をの関係者のいずれか。
刑事の九条は暗殺されたはずの西郷六郎本人を疑っている。
だが白桜は、彼が知らない情報を――柔県へ向かう前、桐ケ谷達からすでに聞かされていた。
柔皇の血を継ぐ者ならば、世間に公表されていなくとも臥龍天晴の全容を知っているはずである。
それなのに、なぜ彼がその技の在処を探す必要があるのか。
白桜には、その理由が理解らずにいたのだった。
「………………………よしっ!! よく理解らないから、どっか舌鼓りに行こ~っと!!」
どれほど思案を重ねても、明確な答えは浮かばなかった。
白桜は缶コーヒーを一気に飲み干すと、ベンチから立ち上がり、近くの飲食店へと駆け出した。
世界の闇に潜む者達は、今もどこかで牙を研ぎ続けている。
そして白桜もまた、迫る夏の大会へ向けて、静かに英気を養っていくのだった。




