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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
白桜龍聖編
135/153

UNBELIEVABLE・シンジー・回帰する次元

何度追い詰めても倒しきれず―――

信じられない執念を垣間見たとしても―――

君は柔道が楽しいか?

 間もなく蛇島(へびしま)の背中が畳に触れようとしていた。

 飛翔する水しぶきが、白桜(はくら)の勝利を祝福するかのように輝きを放つ。

 観客(パンピー)の誰もが、試合の結末を確信していた。

 ――白桜を除いて。

 死に体となったはずの黒衣の柔道家。

 その瞳はなおも濁らず、獲物を射抜く蛇めいて白桜を見据えている。

 その異様(ひょん)な光を前に、白桜の胸に走ったのは、歓喜(ワッショイ)ではなく警鐘だった。


(……え? まだやる気なの……? だってもう投げられる寸前……)


「No.86……零境(れいきょう)っ!!」


 なんたる光景、吃驚仰天(おったまげ)!!

 今まさに倒れかけていた蛇島の体が、ノイズめいた歪みとともに瞬時に立ち戻る。

 崩壊したはずの姿勢が、時間そのものを巻き戻したかのように、瞬時に正常な態勢へと復元されていくのだった!!

 ――態勢が崩壊した瞬間にのみ発動可能な、己の肉体を正常域へと強制回帰させる技。

 No.86零境。

 白桜が死力を尽くして剥奪(がめ)た重心を、蛇島は力ずくで剥奪(がめ)返したのだった!!

 驚天動地(しんじー)な光景に、白桜の瞳がかすかに震える。

 白桜は今、衰弱者(かんこどり)になりながらも迫りくる蛇島の姿を、鮮明に見据えていたのだった!!


「まだ……手札持ってんの!?」


「ぜぇ……!! ぜぇ……!! わ、るい、かよっ!? 」


「くぅ……No.」


牛歩(とろ)いっ!!」


 強引に再開された試合。

 白桜は動揺を押し殺し、泡食(とちめんぼう)で気を引き締め直す。

 だが、その一瞬の隙を突くように、執念(ねち)さで突き動かされた蛇島の両腕が、白桜の道着(まとい)を鷲掴みにした!!

 持ち返される前に畳みかける怒涛の猛攻。

 水が足場を覆い、飛沫が視界を乱す中、蛇島は水を裂きながら白桜の軸を足技で切り崩していく。

 防戦一方を悟った白桜は、己の肉体を一瞬だけ透過させるNo.44蜃気楼(しんきろう)を発動。

 技を失中(すか)した後に反撃に移ろうとしたのだが、蛇島の途切れることのない連撃が、その反撃の目すらも容赦なく摘み取っていったのだった!!


「はぁ……く、このぉ!!」


(この人、もう限界点(おたまりこぼし)来てんじゃないの!? なんでまだこんなに動けんのさ!? 何かカラクリが……)


「あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"!!」


「っ!!」


(違う……完全に気力だけで戦ってる……!! (うそ)でしょ……夏の新人(ぺーぺー)戦から怪我が明けて、死に物狂いで鍛えて来たのに……まだこんなに差があんの!?)


「あ……」


「やぁ"ぁ""ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!!」


 自身の許容量(キャパ)をはるかに凌駕する猛攻。

 気づけば白桜の身体は水面の上へと浮かび上がり、蛇島の背に担がれたまま、地面へ叩きつけられる寸前だった。

 一時は優勢に立っていた白桜達だったが、蛇島の常軌を逸した執念(ねち)と粘りが、流れを再び呑み込み、形勢をひっくり返していた!!

 審判の手が静かに真上へと伸びる。

 その瞬間、試合の行方を決定づける判定が下され、会場全体が大きなどよめきに包まれたのだった!!


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」


「うぉ……!? 現実(マジ)かよ、あの蛇島ってやつ!! 1対2から逆転しやがったぞ!?」


「信じられねぇ……相手は白桜と仁王だぞ!? どうなってんだよあいつ……」


 観客(パンピー)喧々囂々(ちゃかちゃか)する中、蛇島は静かに一礼し、試合場を後にした。

 待合スペースへ歩みを進め、椅子に腰を下ろすと、荒れた呼吸をどうにか整えようとする。

 しかし息はなかなか戻らない。

 そのとき、鶸茶色の髪に黒いマスクをした男が、足音も小さく蛇島のそばへ近づいてきた。

 男は右手に酸素ボンベめいた器具を、左手にメモ帳を握っている。

 酸素ボンベを蛇島に差し出すと、同時にメモ帳を開き、そこに記された言葉を無言(ロム)ったまま見せた。


『酸素ボンベ。それと無理しすぎ』


「ぜぇ……ぜぇ……ゲホゲホ!! じ、神宮寺(じんぐうじ)先輩、酸素ボンベ……あ、感謝(あざっす)っす……」


『それで……どうだった?』


「そうっすね……1対2って状況もあったんすけど……思った以上に手札を切らされたって感じっすね」


『そう……あいつらと俺達の実力(ウデ)、思った以上に差が縮まって来たってことだね』


「まぁ……認めたくないっすけどね」


『……あの技、相手に見せちゃってよかったの? 禁制(いぼたのき)はされてないけど……』


「……まだ未完成だからいいっすよ。完成すれば別物になりそうですし。それに……」


『?』


「ああいうやつに負けるとか、俺のプライドが許さないんで」


『……そうだね。まぁ、今後はもう少し自分の体を大事にしてね? ヒサ姉、憤怒(げきおこぷんぷんまる)になっちゃうから』


「うぅ……!! まぁ、それもそうっすね……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 蛇島と、その仲間(つれ)と思しき男が人目の少ない場所で反省会をしている一方で、敗れた白桜と仁王もまた、試合会場を後にし、先ほどの試合を振り返っていた。

 そこへ監督の金田一(きんだいち)や主将の狐塚(こづか)が合流し、夏の大会で最大の脅威となるであろう黒衣の柔道家――蛇島の戦いぶりについて、淡々と分析を重ねていく。


「あぁ~もう!! 負けちゃったんだけど!?」


「ほれ白桜!! ぐずついてないで、反省会するぞい!! ……まず確認じゃが、あの蛇島って男が使ってた技……ワシらが使う技とは何か違うよな?」


「ん~? ん~……練度は違うね、確実に」


「じゃろうなぁ……さっき狐塚と話してな、その話題になったんじゃよ。どうもな、あの黒い柔道着(まとい)の集団が使う柔皇の技は、ワシらのとは規格が違うみたいなんじゃよ」


「えぇ!? 金田一監督、それどういうこと!?」


「……皮は同じじゃが、中身が違うってことじゃ。鍛え方の差もあるじゃろうが、それにしても奴らの技は性能が格段(だんち)じゃ。この謎を解かん限り、勝ち筋は薄いのう……」


「うえぇ~……? 現実(マジ)でぇ~……?」


「おまけにじゃ。足場を水で満たすあの謎の技……ENoかどうかは知らんが、まだ隠し玉を持っとる可能性が高い。底が見えん以上、対策も立てづらくなってきたわい……」


 頭を抱える金田一の横で、白桜もまた肩を落としていた。

 解けぬ難問を前に鉛筆を止めた受験生めいて、聖鏡(せいきょう)高校柔道部の背には、重すぎる課題が圧し掛かっている。

 新米(いしや)苦情対応(ひっこし)である。

 誰も余計な言葉を発することなく、道着(まとい)を畳み、汗を拭い、淡々と撤収の作業を進めていた。

 天方も他の部員と同じく片付けに取りかかっていたが、不意に鳴り響いたスマホの着信音に手が止まる。

 左手でスマホを取り出し通話に応じると、その相手は――つい先日、転校していったあの男だった。


「もしも~し~上の方の仁王~どうしたの~?」


『おう、天方(あまかた)!! 久しいな、元気にしてたか!?』


「久しいって……昨日ぶりでしょ~? んで、用件は~?」


『あぁ、それなんだが……阿錬(あれん)の様子はどうだ?』


「阿錬~? 別になんとも……あぁ~いや? ちょっと気が立ってる感じはあったかも〜さっきタッグ柔道でリヴォルツィオーネの蛇島に負けた時も、なんか考えてるっぽかったし〜」


『そうか……まああれだ。邪魔じゃなければ、阿錬のことは気にかけてやっててくれるか? あいつ、無茶しないか心配でな……』


「はいはい~理解(わか)ってるよ~俺も最高学年だし~その辺は気にかけとく~」


『助かる。悪いな』


「いいよいいよ~知らない仲じゃないんだし~……んでさ、仁王。昨日聞きそびれたんだけどさ~仁王ってどこの高校に転入したの~?」


『ん? あぁ、言ってなかったな、そういえば……俺は―――』


「…………………………え? 現実(マジ)~? うわっ北海道大会の決勝で当たりそうじゃん、そこ~」

 

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