UNKNOWN・ズキナ・超越する力
属性を超越する技―――
未知の技を相手に苦戦したとしても―――
君は柔道が楽しいか?
白桜と仁王の試合を、聖鏡高校柔道部の面々は神妙な面持ちで見守っていた。
監督の金田一を中心に、主将の狐塚、そして団体戦レギュラー候補の天方と罪炎が肩を並べる。
そのすぐ傍らでは、マネージャーの秋沢と姫浦がハンドカメラを回し、異端のの強敵である蛇島の動きを、一瞬も逃すまいと記録していた。
時折、金田一が目を細め、低く唸る。
その表情には、黒衣の柔道家をいかに攻略するか――
その答えを探しあぐねる指導者の苦悩がにじんでいた。
「……五分五分の試合展開じゃな」
「そうですなぁ。ま、こっちは2人おるんやし、押し切れんのが不思議なくらいやけど」
「そうじゃのう……あの蛇島って男、やはり只者ではないのう……それとだ、狐塚。あの蛇島って男が使う柔皇の技なんじゃが……」
「……ウチらのとは、なんか違いますわな」
「やっぱりそう思うよなぁ? 八雲刈り、珠玉廻し、泡包み、絶海、波浪さばき、静謐の構え……どれも水属性の技じゃが、どうにも同じ系統の匂いがせんのじゃ」
「別物っちゅうことですか?……それなら、ENoやろか?」
「いや……進化したというより、根っこが違うように見える。どうじゃ、天方に……あぁー……罪炎は? なにか気づいたことはあるかのう?」
「ん~? 技の練度が違うとかじゃない~? 誤差レベルじゃなくて異次元で練度が高いとか~」
「……そうですね。俺達がまだ理解っていない、技の核みたいなものを、あいつらは掴んでるのかもしれないですね……」
「核か……雅趣る推察じゃの。なんにせよ――この均衡が崩れれば、劣勢になるのはこっちじゃ。白桜、仁王……気を抜くんじゃないぞ……!!」
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「ぜぇ……ぜぇ……ゲホっ!! ゲホっ!! ……おえっ!!」
「はぁ……はぁ……!! 白桜、まだいけるな……!?」
「うん、なんとかね……!!」
敵の持久力に難があることを、そこはかとなく見抜いた白桜の策略のもと、呼吸1つの差で揺れる攻防を繰り広げていた3人。
気づけば試合時間は、まもなく3分を超えようとしている。
フルマラソンを全力疾走するような苛烈な戦いに、3人の肉体はすでに限界へと追い詰められていた。
細胞は酸素を求めて悲鳴を上げ、意識は霞の奥に沈みかけている。
限界点で動きが鈍った蛇島を仕留めるため、白桜と仁王は息を合わせて猛攻を仕掛けた!!
無数の技が交錯する中、蛇島は最小限の動きでそれらをいなし、なおも仁王の道着を離さない。
白桜は周囲から隙を探るが、放つ技はすべて読み切られ、手札はすでに尽きかけていた。
「……くぅ」
(ねぇ、全然投げれる気がしないんだけど!? どうなってんのこの人の対応力!?)
「ぜぇ……ぜぇ……ダメ、だな。この人数差は、流石に……ちっ!! 仕方が、ないか……!! ……No.1■■―――」
「ん!? 仁王先輩、なんかくるよ!!」
「ぜぇ……ぜぇ……理解ってるよ!! ちっ!!」
(体格は俺より小せぇのに……なんで、抑え込まれてんだよ!? 道着の持ち方か? ポジション取りか? ……いや、技量が違いすぎる!! クソ、こんなんじゃ後で兄貴にごちゃごちゃ言われちまう……!!)
何かを仕掛けようとする蛇島の圧に、白桜と仁王の体がわずかに強張る。
次の瞬間、場の空気がひときわ澄み渡り――大気中に無数の水塊が、まるで意志を持つかのように姿を現した!!
それらは重力を無視するようにふわりと浮かび、青白い光を帯びながら、静かに宙を漂う。
やがて一斉に落下し、床を叩いた水が四方へと波紋を広げていく。
膝下まで水位が迫るその光景は、潮が満ちていく海岸めいており、会場は一瞬にして姿を変えていった!!
なんたる変貌、吃驚仰天!!
観客達は突如水に包まれた足元に悲鳴を上げ、足を取られてよろめく。
そして白桜と仁王もまた、まとわりつく水の抵抗に、動きを剥奪られ牛歩くなる!!
一歩踏み出すたびに水しぶきが弾け、冷たい滴が頬を打つ。
その感触が、これは幻ではなく現実……
蛇島が作り出した水の領域なのだと、白桜の本能に告げていた。
「はぁ、え!? なにこれ!? 仁王先輩!!」
「いや、俺が理解るわけねぇだろが!?」
「ぜぇ……ゲホっ、おえぇぇぇぇ……!! ……流石に、この技、は、きついなぁ……!!」
「この、お前!! この技は一体……」
「ぜぇ……教える、わけ……ないだ、ろ!? とっておきの技、なんだから、なぁ!? ぜぇ……まだ、未完成、だけど……!!」
一変した試合環境に、仁王はたじろいだ。
誰も見たことのない未知の技。
それが放たれた瞬間、3分間保たれていた均衡は音を立てて崩れ始めた!!
水の抵抗など存在しないかのように、蛇島の足取りは滑らかに流れ、仁王の足を刈り取る軌跡を描く。
浅瀬に足を取られたままでは埒が明かないと判断した仁王は、足元に岩塊を生じさせるNo.27星礫を発動し、即席の足場を作り出した!!
だがその背後――マンション4階にも達するほどの巨大な水壁が、轟音を立てて迫ってくる!!
蛇島の姿は、いつの間にか水面から掻き消えていた。
気づけば周囲は、月夜が照らすウユニ湖めいた幻想的な光景へと変貌し、桜がひらひらと舞い踊っている。
仁王は悟る。
いま自分の首を狙うのは――水属性最強の技であると!!
「っ!! この技……桜花水月か!?」
「ぜぇ……ぜぇ……気が付くの……遅すぎ、なんだよ!!」
「ちっ!! ……あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!?」
幾重にも押し寄せる津波に揉み潰され、仁王は体勢を大きく崩した。
荒れ狂う波間を裂くように姿を現した蛇島が、再び仁王の道着を強く掴み取る。
左肩を先行させて体を左へとひねり、その小柄な背に仁王の巨体を背負い上げた。
背負い投げの強化技。
高校柔道において、蒼海の青桐を除けば使い手がいないはずだった、水属性最強の技―――No.91 桜花水月。
仁王の身体は鮮やかな放物線を描き、静まり返った水平線へと叩きつけられていく。
沈黙を裂く衝撃音。
水面が爆ぜ、戦場に白い飛沫が咲き乱れた!!
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
「現実……かぁ!?」
「ぜぇ……ゲホゲホっ!! こ、これで……あと……」
「……雹針っ!!」
「っ!?」
仁王が畳に叩きつけられ、審判が蛇島の勝利を示したその刹那。
間を置かず、白桜は細く鋭い氷柱めいた数本の針を、蛇島の左腕の関節めがけて突き立てた!!
仲間の敗北を無駄にせず、勝利への布石を静かに積み上げていく。
その瞳は対岸の火事であった!!
「……っ!! はぁ……ぜぇ……!! ちっ!! 悪童が、面倒ぇ技を……!!」
「へっへ~ん!! 仁王先輩の水死体は無駄にしないもんねぇ!!」
「おい!! 勝手に殺害てんじゃねぇぞ!? ……くっ」
(クソ……!! やられた……足場に気を取られすぎた……!! せめて1発攻撃しとけばよかったか? こんなんじゃ兄貴になんて言われるか……まだまだ、実力が足りねぇ……!!)
蛇島に投げ飛ばされた仁王は、奥歯を噛み締めたまま、無情に転がる体を起こし、場外へと退場していく。
その間、兄である仁王吽錬への劣等感が、胸の奥で鈍く疼く。
己の無力さを噛み潰すように飲み込みながらも、彼はただ、戦場に立ち続ける後輩の背中を無言って見つめていた。
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「ぜぇ……はぁ……!! あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!」
「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
試合はついに佳境へと突入していた。
互いの仲間を失い、残されたのは1人づつの1対1。
両者ともに消耗りが激しかったが、仁王と交代を重ねて戦っていた白桜に比べ、相棒を早々に欠いた蛇島は明らかに疲労していた。
その顔色は血の気を失い青白く、顔面蒼白な様子は、周囲の観客達が息を呑むほどだった。
何が彼の身に起きているのか――白桜には理解らない。
だが、たとえどんな事情があろうと、戦いの手を緩めるつもりはなかった。
白桜は容赦なく間合いを詰め、勝負を決するべく踏み込む。
左手が蛇島の道着を掴み取ろうと伸び、肩で荒く息を吐く蛇島は、関節の伸びきった右腕でその手を払いのけ、正面から白桜を迎え撃つ!!
次の瞬間、彼の全身から放たれた殺気が場内を震わせた―――
「これ、でっ!! 終わりだぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!」
「……あ」
「あ"ぁ"?」
「もらうね、その勢い……!!」
常人ならば一歩退くであろう場面。
白桜はあえて、真正面へと踏み込んだのだった!!
蛇島の右足が白桜の足を刈り取ろうとした瞬間、白桜は体と右足をわずかに引き、攻撃の間合いを外す。
失中し空を切った蛇島の右足が水面を裂き、白い飛沫を散らした!!
その軌跡をなぞるように、白桜の左足が滑らかに動く。
返し技―――燕返しによって、蛇島の体勢が一瞬で崩れ、水面を割って背中から沈んでいったのだった!!
「なぁ……にっ!?」
「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"!!」




