VINDICTIVE・スネーク・泡沫統べし黒衣の超越者
一歩動けば肺が焼かれ―――
息苦しさに溺れていったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
息を詰まらせるほどの圧を放ち、空間そのものを支配する黒衣の男。
その傍らには、今日一日を共に戦ってきた名もなき平凡な柔道家が、全身を震わせながら立ち尽くしていた。
決勝戦まではどうにか辿り着いたが、彼の胸中には、勝利の実感など微塵もない。
この場に自分が立っていること自体が場違いに思えてならず、鼓動は乱れ、息は浅くなる。
「はぁ……はぁ……!!」
(俺、完全に場違いなんですけどぉ~~~!? 対戦相手、聖鏡の白桜と仁王じゃん!? どっちもトップランカーじゃん!? 俺、なんでここにいんの!?)
「……あ? なに見てんだよ」
「ひ、ひぃ"ぃ"ぃ"!?」
(そんでもってこっちはRivoluzioneの人間なんですけどぉ!? あぁ……初戦から決勝まで蛇島ってやつの、他賴男だったからなぁ……俺だけ負けるのが目に見えてんだけどなぁ……やらないとダメ? え、帰宅っていいこれ? あぁ~~~……)
審判が両選手を試合会場へと招き入れる。
虚ろな目をした平凡な柔道家は、まるで処刑台へと昇るかのように足を進めた。
互いに礼を交わし、殺気を放つ3人の動きを模倣て、自らも気迫を作ってみるが、折れた心が灯す闘志の炎は、消えかけの蝋燭めいて頼りなく揺らいでいる。
やがて腹をくくったその男は、憑き物が落ちたような晴れやかな笑みを浮かべ、静かに試合の開始を待つのだった。
(……昇天ってきます、俺―――)
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聖鏡高校柔道部
高校生ランク27位 白龍 「白桜龍聖」
聖鏡高校柔道部
高校生ランク90位 阿形像 「仁王阿錬」
VS
RivoluzioneSquadraγ
高校生ランク7位 泡沫統べし黒衣の超越者 「蛇島雅水」
平島高校柔道部
高校生ランク594542位 二つ名無し 「岡田勇気」
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「開始!!」
「こぉ"ぉ"ぉ"い!!」
「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「……こいっ!!」
「……………………うぇ~い」
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「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「うぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"い!!」
平凡な柔道家は、音を立てて畳に沈められた!!
その引導を渡したのは、仁王だった。
初めから相手が勝負を諦めていたことなど、仁王も薄々感じ取っていた。
それでも容赦などしない彼は、平凡な柔道家の道着を強く握り込み、体を右へと鋭くひねりながら、左足を股の内側に差し入れ、勢いよく払い上げる。
炸裂したのは内股。
その容赦のなさ―――血の雨を降らせ大地を赤く染め上げたという逸話を残した、ワークマン・ベルノーゼを彷彿とさせるものだった!!
「ちっ……!! 開始早々に2対1かよ……つっかえねぇ駄物だなぁ。期待してなかったけどさぁ……!!」
蛇島の顔の右半分が、一瞬だけ歪んだ。
次の瞬間には、白桜との間合いを一気に詰め、組み手争いへと突入する。
迫りくる蛇島の右腕をいなし、先に主導権を握ろうと、白桜は差し返すように素早く左腕を伸ばし、間断なく責め立てた!!
だがその左腕は、弧を描くように空間を撫でる水のベールによって、意図しない方向へと押し流されていった!!
No.73―――
「波浪さばき……!!」
「うげぇ!?」
「おい、白桜!! 怪我明けだからって、加減するつもりはないぞ!?」
「お気遣い、どうも感謝~!! そっちこそ、自分の心配した方がいいんじゃないの!?」
「あぁ? ……っ!! これは―――」
白桜に意識を奪われ、足元への注意が疎かになっていた蛇島。
その右足が、畳の上に薄く散った砂状の銀粒を踏み――わずかに滑った。
1対1の柔道であれば、決して起こらないはずの一瞬の乱れ。
タッグ柔道という特殊レギュレーションが引き起こした影響を、蛇島はもろに受けることになったのだった!!
彼は今、視界の前方に立つ白桜だけでなく、周囲で獲物を狙うもう1人の敵にも意識を配らねばならない。
白桜の援護に回った仁王が発動していた、No.46銀砂。
その技の対処に蛇島が手間取っている中、波に呑まれ、体勢を崩していた白桜は、その隙に呼吸を整えると、蛇島の道着を素早く掴み取る!!
蛇島も即座に舌打ちひとつで応じ、白桜の襟を掴み返した。
右利きと左利きの利き腕が交差する喧嘩四つの構え。
互いの息遣いも交差する中、2人は次の一手を探り合う。
「ぜぇ……ぜぇ……!!」
(ちっ!! こっちは白桜に集中してぇのに、横やりが入ってきて面倒ぇんだけど!? とっとと白桜か仁王のどっちか投げとばさないとな……)
試合開始直後から、息が上がっている蛇島。
早期決着を狙い、彼はためらうことなくカードを切り続ける。
発動したのはNo.80静謐の構え。
彼の周囲に、澄みきった水がゆるやかに広がる。
その水は蛇島の体を包み込み、呼吸するかのように揺らめきながら、彼の消耗った体力を静かに満たしていく。
同時に、無駄な動作が削ぎ落とされ、蛇島の動きには精密機械めいて研ぎ澄まされた滑らかさが宿っていた。
ギアを一段上げた蛇島の変化を察知し、白桜は無意識に肩へ力を込める。
同時にその緊張の中で、ひとつの疑念が、白桜の脳裏をかすめていく。
(……あれ? この蛇島って人、息が上がるの早くない? 体力ないのかな? ……ふ~ん)
白桜は左足で畳を強く踏みしめた。
刹那――翠色の風が、蛇島の周囲で唸りを上げる!!
空気が裂け、光が反転するような一瞬の入れ替わり。
そこにいたはずの蛇島が消え、代わりに仁王の姿が現れていた。
No.41空蝉を発動した白桜。
思いもよらぬ入れ替わりに、仁王は反射的に顔を仰け反らせ、目を見開いた。
目前には、さっきまで遠くにいた白桜の姿。
予想外の展開に、仁王の喉から驚愕りの息が漏れた。
「おぉっ!? 何やってんだ白桜!?」
「仁王先輩!! ちょっと話聞いて!! 耳、耳!!」
「あぁ!? ……んだよ」
「えっとね……あの蛇島って人なんだけど、多分だけど体力が貧弱いんだよね」
「言い方ぁ!! ……んで?」
「持久戦仕掛けて磨り潰すよ。ヘロヘロになったところを一気にやっちゃおう!!」
「血も涙もねぇな、その作戦!? つ~かさ、そんなちんたらやる必要あんのか? こっちは2対1なんだし……」
「いや、それは止めた方がいいよ」
「あ? なんで?」
「瞬殺されるから」
「……あ? いやいや、それは流石に……」
「さっき僕さ、あの蛇島って人と組み合ったじゃん?」
「あぁ」
「で、仁王先輩が横やり入れたじゃん?」
「あぁ」
「あれがなかったらさ。投げ飛ばされてたよ、僕」
「……現実?」
「現実、現実!! いや~困っちゃうよね。なんか結構、実力に開きがあるっていうかさぁ~普通にやってたんじゃ多分勝てな」
「……試合中に喋るなんて、随分余裕なんだな?」
「うげぇ!?」
「白桜、来るぞ!!」
試合のわずかな隙を縫い、白桜と仁王は即席の作戦を練っていた。
その間、仁王と位置を入れ替えていた蛇島は、攻め急ぐことなく呼吸を整えていたらしく、先ほどまでの荒い息は影を潜めている。
視線は再び白桜へ――
仁王には目もくれず、蛇島は一直線に突っ込んできた!!
白桜は消耗るのを待つべく、応戦することなく伸びてきた腕を的確に払い、後方へと下がりながら間合いを取っていく。
「ぜぇ……ぜぇ……」
(白桜のやつ……明らかに引き気味に戦ってんな。持久戦でもやる気か? ……ちっ!! 俺が体力ないのを察してやってやがるな。狡猾い真似をしやがって……!!)
「白桜ぁ"!!」
「はぁ~い!!」
「っ!? ちっ!! スイッチか!!」
仁王の鋭い掛け声と同時に、白桜が真横へと滑るように動く。
すれ違いざま、仁王が2人の間に割って入り、蛇島との組手争いを断ち切った。
一回り小柄な蛇島の奥襟を左手でつかむと、仁王は腰を沈め、右へと強く体をひねる。
その勢いのまま、左足が閃光めいて蛇島の右足内側を払い上げた!!
内股によって一瞬、蛇島の体が宙にふわりと浮き上がり、観客達は目を見開き、会場がどよめいていった!!
しかし、決着には至らない―――
蛇島は空中で瞬時に腰を切り、体勢をねじって技の拘束を逃れると、猫めいた身のこなしで畳に着地した。
見た目には意表を突いた攻防なのだが、その鋭さをもってしても、蛇島を仕留めるには僅かに届かなかった……!!
「く……おぉ!? 現実かよ!?」
「ぜぇ……ぜぇ……なに仰天てんだよ……!! それ、くらで……俺が投げられるわけないだろ……が!! ……そこっ!!」
「うっ……!?」
仁王と掴み合いながらも、蛇島の視線は背後の白桜を射抜いていた。
その眼差しは、獲物を逃さぬ蛇めいて宿執で、冷ややかな光を放っている。
白桜はその執念さに肌を粟立たせ、思わず息を呑んだ。
「ぜぇ……ぜぇ……お前みたいなのには負けてられねぇん……だよ!! こんな浅い作戦で……俺に勝てる、と、思うなよっ……!!」




