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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
白桜龍聖編
131/154

DISSATISFACTION・ゴテクサ・気遣い相手に届かず

兄弟の確執が表面化し―――

互いにすれ違いが生まれたとしても―――

君は柔道が楽しいか?

 別れは唐突に訪れた。

 胸を抉るような荒涼感(かなぴっぴ)な報せに、柔道部員達は言葉を失い、ただ互いの(つら)を見合わせる。

 その輪の中には仁王吽錬(におうごうれん)の弟である仁王阿錬(におうあれん)の姿もあり、彼自身も兄の転校を初めて知らされたかのように、言行狼狽(しどろもどろ)さを隠しきれずにいた。


「はっ!? 兄貴、ど、どういうことだよ!?」


「え? 下の方の仁王先輩、何も知らなかったの?」


「あぁ……ってか白桜(はくら)!! その言い方いい加減やめろって言ってんだろ!?」


 白桜の問いかけに応じていた阿錬。

 だが2人の意識はすぐに吽錬へと向かい、彼が口を開く瞬間を固唾をのんで見守っていた。

 その弟の視線を受け止めながら、吽錬は金田一(きんだいち)監督の傍らでどこか申し訳なさげに佇み、転校の理由を簡潔に語り始める。


「えぇー……両親が離婚することになってだな……話し合いの結果、俺は母親についていくことになった。住家(かご)も実家に戻るらしくてな……そこからここに通うには遠すぎる。それで、転校することになったんだ」


「……えぇ~? 仁王、この前言ってたこと、現実(マジ)になっちゃたの~……?」


「あぁ……色々説得もしたんだが、空転(すっぺい)だったな」


「え? 天方(あまかた)先輩、なんか知ってたんすか?」


「え~? あ……あぁ~……まぁ、話半分くらいにはね~」


「……俺、そんなこと一言も聞いてねぇんだけど? おい兄貴!! これどういうことだよ!? なんで俺以外の人間は知ってんだよ!? つかさ、父さんと母さんは俺に何か言ってなかったのかよ!?」


「あぁー……阿錬、それはだな……一応阿錬にも話すかどうか、3人で相談(ジュネブ)ったんだが……結局、俺の判断で止めておいたんだ……」


「はぁっ!? ……んだよ、いつもいつも俺には大事なこと隠してよぉ……!! いつまで俺を子供(じゃり)扱いしてんだよ!?」


「い、いや!! 子供(じゃり)扱いはしてないぞ!? ただこういうのはな、変に先走ると余計に不安(すこたん)を煽るだろ? それに最近お前、ちょっと反抗期気味だから……正直に話しても説得(こませ)るとは……」


「あぁ!? 反抗期じゃねぇよ!! つか、それが子供(じゃり)扱いだっつってんだろが!! クソ兄貴が……俺より精悍(ごつ)いからって、あれこれ勝手に決めやがってよぉ!!」


「ちょ、いったんお前ら落ち着けぇや!!」


 狐塚(こづか)の制止の声も虚しく、苛苛(あったま)りを露わにした阿錬は、さらに語気を強めて不平不満(ごてくさ)をぶつけ続けた。

 家庭の事情を知らない周囲の部員達は、主将の狐塚を先頭に、素手喧嘩(ステゴロ)へと発展しないよう慌ただしく仲裁に入る。

 それでも阿錬の勢いは収まる気配を見せない。

 何事もなく別れられるはずがないと覚悟していた吽錬は、ただ気まずげに黙り込むこころばえを発揮していた。

 やがて一通りの別れの言葉を述べ終えると、深く一礼し、その場を静かに後にする。

 労いの声を掛ける部員達の中で、ただ一人、阿錬だけが忌々しげにその背中を見送っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2021年4月17日、土曜日の早朝。

 昇格戦当日とあって、柔道家達の目覚めはいつも以上に早い。

 聖鏡(せいきょう)高校柔道部の面々も札幌の柔道タワーに集まり、柔道着(まとい)着衣(きめ)て、試合開始までの時間を入念なウォーミングアップに費やしていた。

 今回の試合のレギュレーションは例を見ないほど特殊なようで、運営がランダムに組んだペアが、会場内に数多く存在している。

 白桜の組み合わせ相手は仁王阿錬だった。

 彼はいまだ兄の転校に、憤怒(げきおこぷんぷんまる)を募らせており、隣で柔軟をしている白桜も声をかけづらい。

 阿錬はしきりに目をこすり、眠気を引きずっているようにも見える。

 白桜は、そんな様子を伺いながら、なるべく普段どおりの調子で会話を切り出そうとしていた。


「………」


「仁王先輩~……今日の昇格戦って、どんな感じになるの? 2人組(ニコイチ)ばっかだけど、団体戦とかあるのかな?」


「あぁ? 知らねぇよ……」


「仁王先輩~……なんか眠そうだけど、昨日寝れてないの~?」


「あぁ? ……あぁー……ちょっとやることがあってさ。寝る時間がいつもより遅かったんだよ」


「………………ねぇねぇ~仁王先輩~」


「あぁ? んだよ」


「……やっぱり反抗期なの?」


「ちげぇよ!! クソ……兄貴が余計なこと言いやがったから……!!」


 不機嫌(はまあれ)そうに左手で拳を握りしめた仁王。

 白桜と向き合うと、毅然とした態度で口を開く。

 昨日、住家(かご)に帰った際に両親から正式に離婚を告げられたこと。

 そして現在、自分が暮らすマンションでは家具の搬入作業が進められており、その手伝いに追われていたこと――

 それらを淡々と語る仁王の声が、静かに白桜へと届いていった。


「……昨日、住家(かご)に帰ったらさ、段ボールの山ができててよ。引っ越しの手伝いをさせられて、夜遅くまでかかったんだよ」


「それで眠そうなんだ」


「あぁ。つか信じられねぇ……離婚なんて大事なこと、今の今まで黙ってたなんてな」


「……仁王先輩、これからどうなるの?」


「大して変わらねぇさ。父さんが働いてるから収入の心配はねぇし。たまに夕飯作る手伝いするくらいだろ。柔道も今まで通り続けられるってよ」


「そうなんだ……えっと……」


「……兄貴のことか? あの野郎は母さんの実家に行くらしい。昨日、道場で話した通りだ。住家(かご)じゃほとんど口もきかなかったし、いなくなったところでどうってことねぇよ。母さんも……あの(あま)は普通に面倒(ウゼ)ぇし、いなくなっても問題ねぇよ」


「ふ~ん」


(あれ? なんか最後の方の発言、棘があったような……? 僕の気のせい?)


「はっ!! むしろ清々したぜ。兄貴っつ~(こごとこうべい)めいた奴がいなくなったんだからな。レギュラー争いで一番の壁も消えたし? ……ま、転校のおかげで団体戦のレギュラーになれたなんて言われるのは癪だから、今まで以上に鍛えねぇといけねぇけどな。ちっ……住家(かご)でもアレコレ心配してきやがって、本気(マジ)で過保護なんだよあの野郎……」


「……」


「あ? どうした白桜」


「寂しくなったら、いつでも懇談(たくば)るよ?」


「なんでお前まで保護者面すんだよっ!? くぅ……俺、そんなに心配されるようなことしてっか……?」


 今までの自分の言動を省みる仁王は、眉間にしわを寄せ、視線を宙にさまよわせていた。

 その隣で腕を組む白桜もまた、彼の過去の振る舞いを思い返している。

 やがて脳裏に浮かんだ記憶を、そのまま口にした。


「うぅ~ん……上の方の仁王先輩に投げ飛ばされたら、(パな)(つら)睥睨(がんづけ)たりしたしぃ~」


「そりゃ、負けたら普通は苛苛(あったま)るだろ」


戯事(ちょけ)られたら(パな)逆上(きれ)てたしぃ~」


「そりゃ、嘲弄(こみや)られたら逆上(きれ)るだろ」


「……」


 白桜の脳裏に浮かぶのは、これまで幾度となく目にしてきた仁王兄弟のいざこざだった。

 思い返せば、その多くは兄の言動に対し、弟が過剰に反応していた場面ばかりだ。

 昨日、吽錬が語った通り――阿錬はまさに思春期の反抗期にあるように思える。

 いちいち突っかかる言動が、兄にはいじらしく感じていたのだろうか。

 仁王兄弟の行動原理についての疑念が解けた白桜。

 安堵の笑みを浮かべながら阿錬へと視線を向け、甘言(おべっか)を一切含まない言葉を言い放って行った。


「やっぱ仁王先輩、反抗期じゃ~ん!! あっはっはっは……ぎゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!? 待って、待って!! 首絞めないでぇ……」


 反抗期であることを認めまいとする阿錬は、(つら)に青筋を浮かべながら白桜の道着(まとい)の襟を両手でつかみ、力任せに締め上げた。

 血流を断たれた白桜の意識は急速に霞み、首は赤子めいて力なく揺れ始める。

 その緊迫した空気を切り裂くように、会場のスピーカーから運営スタッフのアナウンスが響き渡った。

 今回の試合の特殊なレギュレーションについても告げられながら――


『えー、これより30分後に試合を開始いたします。本大会の特別レギュレーションは――2対2で同時に戦う形式、いわばタッグ柔道となります! 選手の皆さまは準備(スタンバ)って整えてお待ちください!!』

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