表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
白桜龍聖編
130/154

PARADISELOST・シツラクエン・崩壊する家庭

家庭が冷え切り修復されず―――

転校することになったとしても―――

君は柔道が楽しいか?

『次のニュースです。本日、4月8日木曜日、株式会社文藝夏冬の代表取締役社長である噂江広霧(うずえひろむ)氏が、脅迫(たかり)罪および偽計業務妨害の容疑で逮捕(ぱく)られました。検察(ぶた)によりますと、噂江氏は以前からも同様の犯行を繰り返していたとされ、本人も容疑を認めているということです。この事件は―――』


 どこかで鳴り続けるラジオが、本日のニュースを通行人(パンピー)の耳へと届けていた。

 この日は聖鏡高校の入学式。

 普段よりも人通りは多く、昨日、白桜(はくら)達との戦いに敗れた男の末路が、街行く人々に広く知れ渡っていく。

 人知れず繰り広げられた戦いの当事者達は、放課後になると道場に集まり、新入部員(ペーペー)を交えた練習を始めていた。

 白桜もまた、自主的な参加から正式に部員となり、その意気揚々(イケイケ)さがあふれる輪の中心に立っている。

 いま彼は狐塚(こづか)と乱取りを行い、身につけたばかりの柔皇の技を試している最中だった。


「うりゃぁぁぁ……あれっ?」


「……甘いなぁ、白桜。噂江は欺瞞(こま)せても、ウチには通用せんわ。その様子やと……幻術はまだまだやな」


「えぇ!? なんでぇ!?」


「技を身につけるだけなら、誰にでもできるんよ。せやけどな、それを試合で自在に使えるかは別の問題やねん。幻術自体は、高校柔道でも使い手はぼちぼちおるんやで?」


「え? そうなの?」


「せや。けど、幻術使いとして名が知れとるんは、ウチと蒼海の花染(はなぞめ)くらいやろ? ……なんでやと思う?」


「うーん……?」


「単純に扱いが難しいんよ。幻術ちゅうのはな、将棋と囲碁を同時に行う行為に等しいねん。普通に戦うのでさえ頭を使うのに、そこから更に考えることが増えてみぃや。練習やと盤面は止まっとるから落ち着いて考えられる。けどな、試合はそうはいかへん。時間も相手も動き続けとるんやで? 並の人間が、切羽詰まった場面でそんなごちゃごちゃ考えられるかいな? 風属性は相手を欺瞞(こま)すぶん、思考が複雑になりやすいねん。今の白桜やったら……まぁ、混乱(ウニ)って自滅するのが関の山やな。せやから大人しく来年まで待っとき」


「はぁ~い……」


 試合中に自身の欠点(あら)を告げられ、悄気(しょげ)た様子の白桜。

 試合時間4分の戦いを終えた彼は、狐塚に一礼すると、試合会場内を後にする。

 そのままの足で道場の隅に置いてあった自分の水筒を手に取ると、水分補給をしながら、先ほどの練習試合の反省を行うのだった。


「む~……」


(やっぱ流石に間に合わないかぁ~……あと3か月ちょっとだもんなぁ。ま、ほかの技はけっこう形になってきたし、とりあえず良しとしとこっと~!! ……駄目だ、やっぱ不安になってきた。本番、これでほんとに勝てるのかな? ……金田一(きんだいち)監督には諦めろって言われたけど……白龍(はくりゅう)呼応(こおう)、ちょっとだけでも練習してみようかな?)


 数か月後に控えた公式戦を見据えながら、自分の立ち位置を見つめていた白桜。

 強敵達がひしめく夏の舞台で、本当(マジ)で勝てるのか――その不安に突き動かされ、彼はかつて監督から習得を諦めるよう告げられたNo.96白龍の呼応の練習に手を伸ばそうとしていた。

 誰か手伝ってくれる人間はいないかと視線を巡らせた白桜は、ふとマネージャーの秋沢(あきざわ)の姿を見つける。

 そして訓練の付き添いを頼もうと、そろそろと歩み寄っていった。


「ねぇ~秋沢先輩~~~ちょっといい~?」


「駄目や」


「僕まだ何も言ってないんですけどっ!? ……あのさ、白龍の呼応って技、あるでしょ? 僕、それを使いこなすための特訓を、ちょっとだけやりたいんだけどぉ~……」


「……前に金田一監督と話して、習得は諦めるって決めとったやろ。駄目や、約束(ちぎり)約束(ちぎり)や」


熱望(おねがいしゃっす)!! 練習終わりに一回だけ試すだけ! もし僕が倒れたら、そのときの補助役になってよぉ~……」


「駄目や」


「むぅ~!! 狭量(みみっちい)!! 安本丹(ぼんくら)!! せっかく手伝ってくれたら、円山のどらやき屋を紹介してあげようと思ったのにぃ~!!」


「……白桜、今なんて言うた? 円山のどらやき屋やと……!?」


 まともに相手をしていなかった秋沢の反応が目に見えて変わる。

 狙い通りの展開に内心ほくそ笑む白桜は、たたみかけるように秋沢を掻乱(ゆす)っていく。


「僕の実家、和菓子屋じゃん? そのどらやき屋の店主と、僕のおじいちゃんが仲良しなんだよね。僕が頼めば、あの限定品、取り寄せてもらえるかもしれないよ?」


「…………ふん。なんやアンタ、ウチを見くびっとらへんか? そんな賄賂(おひねり)で釣られるわけ……」


「毎週取り寄せてもらえるよ?」


「ま、毎週やと……!? くっ……!」


 食欲と理性のはざまで揺れる秋沢。

 (つら)には出さぬものの、その胸中は相当に悩ましいに違いない。

 握りしめた左拳は力を帯び、爪が肌に深々と食い込んでいた。

 やがて、1分間の沈黙(スフィンクス)を破り、座ったままの目つきで口を開く。

 その声音には、迷いを振り切った者の開き直りだけが宿っていた。


「……交渉成立やな」


「うん、理解(わか)った!! そういうことで、よろしく熱望(おねがいしゃっす)!!」


(やった!! やった~大成功!! こっちの京都弁クソ容易(ちょろ)~い!! 


 互いに表情(つら)を崩さぬまま、無言(ロム)りつつ握手が交わされる。

 その異様(ひょん)な光景が、練習試合の最中に罪炎(ざいえん)の視界へと飛び込んだ。

 一瞬だけ目の前の相手から意識が逸れるが、すぐに気を取り直し、試合へ集中を戻す。

 彼の脳裏には、かつて怪我(じき)を負わせた記憶が常に巣食っていた。

 罪悪感を抱えつつも、今はただ一心不乱(おおあつあつ)に、己の実力(ウデ)を高めることだけに心を注いでいく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 白桜達が条約締結を進めていたその頃、別の場所では仁王吽錬(におうごうれん)天方(あまかた)が乱取りに臨んでいた。

 大柄な二人の激しいぶつかり合いは、周囲の視線を奪うほど迫力に満ちていたが、天方の表情(つら)にはどこか物足りなさが漂っている。

 乱取りの時間が終わり、部員達が次の相手を探し始める中、天方は仁王へと問いを投げかけた。


「ねぇ~仁王~今日風邪でも引いてんの~? なんかピリッとしてないって言うかさ~」


「ん? あぁ……風邪とかではないんだが……」


「ん~? 言いづらいことな感じ~?」


「まぁ、そうだな……なぁ天方、お前、口は堅い方か?」


「どうだろうね~……俺、頭は(えず)いから、漏らしちゃいけない情報くらいは区別つくよ~」


「そうか……なら話すが、阿錬(あれん)だけには絶対に知られないようにしてくれ」


了解(ういっす)~」


「……家族のことなんだがな。冷戦家庭(しつらくえん)で、離婚するかもしれないんだ」


「……ま?」


「あぁ。夜中にな、たまたま聞こえてきたんだ。両親がリビングで向き合って話し合っていて……トイレに起きた時、寝ぼけながら耳にしたんだが……現実(マジ)かどうかは理解(わか)らない」


現実(マジ)なら、大変だね~」


「そうだな。離婚しないように、俺も上手く立ち回るつもりだが……もし何かあったら、阿錬のことを頼むぞ」


「えぇ~……? 一生の別れみたいに聞こえるんだけど~?」


「いやいや、もしものことがあったらって話だ」


 冗談(あまの)めかして天方へ頼みごとをした仁王。

 そのときの彼には、それが現実で一生の別れに繋がるとは想像すらできなかった。

 悲報が届いたのは、2021年4月16日金曜日の放課後。

 翌日に恒例の昇格戦を控えた道場で、監督の金田一が部員全員を集め、仁王吽錬を傍らに呼び寄せる。

 残念さを隠しきれぬ面持ちで、彼は静かに口を開いた。


「えぇー…………今日は、残念な知らせじゃ。仁王吽錬が――聖鏡高校を転校することになった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ