「名前」
城の広間。
きらりは、じっと虎次郎の顔を見ていた。
「虎次郎」
「はい」
「お主の名前、虎次郎じゃったな?」
「はい」
「そうか」
「……はい」
「では、今日から虎三郎にしよう」
「なぜでございますか?」
「なんとなく強そうじゃ」
「名前を変える理由が雑すぎます」
「虎次郎より虎三郎のほうが、三倍くらい強そうじゃ」
「名前が一つ増えただけで、三倍にはなりません」
「そうか?」
「はい」
「では、虎四郎」
「増えましたね」
「虎五郎」
「どんどん増えております」
「虎六郎」
「もう何でもよろしいのでは?」
「虎七郎」
「聞いておられますか?」
「虎八郎」
「九まで行くおつもりですか?」
「虎九郎」
「……」
「どうじゃ?」
「九の国だから虎九郎、ということでございますか?」
「うむ」
「安直でございます」
「虎十郎」
「十まで行きましたね」
「虎十一郎」
「もう数えるのが面倒になってきました」
「虎百郎」
「もう虎ではなく数字の話になっております」
「虎千郎」
「それは名前として成立するのでございますか?」
「虎万郎」
「国の帳簿みたいになっております」
「虎億郎」
「姫様」
「なんじゃ?」
「私は何人いるのでございますか?」
「一人じゃろ?」
「なら、名前も一つでよろしいのでは?」
「それもそうじゃな」
きらりは少し考える。
「では、虎次郎でよいか」
「最初からそうでございます」
「そうだったか?」
「はい」
「では、安心した」
「何がでございますか?」
「お主を見失わずに済んだ」
「名前を変えたくらいで見失わないでください」
「でも、虎百郎になったら分からなくなるかもしれん」
「私自身も分からなくなります」
「虎次郎」
「はい」
「やっぱり虎次郎が一番じゃな」
「ありがとうございます」
「呼びやすい」
「それが理由でございますか?」
「うむ」
「強そうだからではなく?」
「強そうなのは虎三郎じゃ」
「私は強さで名前を決めてほしくありません」
「では、何がよい?」
「今のままで結構でございます」
「虎次郎?」
「はい」
「虎次郎」
「はい」
「虎次郎」
「……はい」
「ちゃんと返事をするな」
「呼ばれたのでございますから」
「面白いのう」
「姫様が呼んでいるだけでございます」
「もう一度呼んでよいか?」
「どうぞ」
「虎次郎」
「はい」
「虎次郎」
「はい」
「虎次郎」
「はい」
「……」
「何でございますか?」
「やはり虎次郎じゃな」
「何を確認されているのでございますか?」
「お主がちゃんと虎次郎であることを」
「ずっと虎次郎でございます」
「よかった」
「……」
「虎次郎」
「はい」
「団子を買ってきてくれ」
「急にいつもの仕事に戻りましたね」
「虎次郎だから頼める」
「それは嬉しいような、複雑なような……」
「三本な」
「何本でございますか?」
「虎次郎の分と」
「はい」
「私の分」
「はい」
「それから虎三郎の分」
「虎三郎は誰でございますか?」
「お主じゃ」
「結局、私の分が二本ではありませんか」
「そうとも言う」
「……姫様」
「なんじゃ?」
「やはり名前を変えなくて正解でございます」
「そうか?」
「はい。これ以上ややこしくなると、私が仕事を忘れそうです」
「それはいかん」
「はい」
「では、団子を買ってきてくれ」
「承知いたしました、姫様」
「虎次郎」
「はい」
「走るのじゃ」
「なぜでございますか?」
「団子が売り切れる」
「そこだけは急ぐのでございますね」
「当たり前じゃ」
「……承知いたしました」
「虎次郎!」
「はい!」
「転ぶなよ!」
「姫様が急がせたのでございます!」




