「九の国」
城の広間。
窓の外から、城下の音が聞こえている。
きらりはいつものように文机に座り、団子を食べていた。
虎次郎は書状をまとめながら、ふと外を見る。
「姫様」
「なんじゃ?」
「以前より、九の国はずいぶん変わりましたね」
「そうか?」
「はい」
「何が?」
「城下に人が増えました」
「そういえば、最近少し騒がしいのう」
「新しく住み始めた者もおります」
「そうなのか?」
「はい」
「どこから来た?」
「近くの国から来た者もいれば、遠くから来た者もおります」
「へえ」
きらりは団子を一つ口に入れる。
「仕事はあるのか?」
「畑を耕す者、鍛冶をする者、商いを始める者など、少しずつ増えております」
「そうか」
「兵も以前より増えました」
「まだ少ないがのう」
「はい。大きな国と比べれば、まだまだです」
「米は?」
「少しずつ備蓄が増えております」
「武器は?」
「以前より揃ってきました」
「お金は?」
「……そこは、まだ余裕がございません」
「そうか」
「はい」
きらりは団子を見つめる。
「では、あまり変わっておらんな」
「いえ」
「変わったのか?」
「はい」
「でも、兵はまだ少ない」
「はい」
「米も急には増えない」
「はい」
「金もない」
「……そこまで強調されますと困ります」
「事実じゃろ?」
「事実でございます」
「では、どこが変わった?」
虎次郎は少し考える。
「人が、九の国に来るようになりました」
「前から来ておったじゃろ」
「数が違います」
「そうなのか?」
「はい」
「なぜじゃろうな」
「……」
「虎次郎?」
「おそらく」
「うむ」
「九の国なら暮らせる、と思われるようになったのではないでしょうか」
きらりは黙る。
「暮らせる?」
「はい」
「それなら、よい国なのか?」
「私は、そう思います」
「そうか」
きらりは少し嬉しそうに笑う。
「では、頑張っているのじゃな」
「姫様が、でございますか?」
「九の国がじゃ」
「……そうでございますね」
「私は団子を食べていただけじゃ」
「それだけではございません」
「何をした?」
「兵を増やしました」
「うむ」
「農民を戦に出しすぎないようにしました」
「うむ」
「畑を守りました」
「うむ」
「人が来れば住めるようにしました」
「うむ」
「商いもしやすくしました」
「うむ」
「武器を作る者も増やしました」
「……」
「全部、姫様がおっしゃったことでございます」
「そうだったか?」
「はい」
「覚えておらん」
「私は覚えております」
きらりは少し笑う。
「では、虎次郎が覚えておればよい」
「私が?」
「うむ」
「姫様は?」
「私は次を考える」
「……それが一番大変なのでございますが」
「そうか?」
「はい」
二人はしばらく窓の外を見る。
城下では、人の声が以前より少しだけ多くなっていた。
大きな国になったわけではない。
兵が突然増えたわけでもない。
ただ、以前より少しだけ、人が増えている。
少しだけ、米が増えている。
少しだけ、武器が増えている。
そして、九の国を頼ってくる者が、少しずつ増えていた。
「虎次郎」
「はい」
「九の国、もう少し大きくなるかのう」
「なると思います」
「どうして?」
「人が増えておりますから」
「そうか」
きらりは残った団子を見る。
「では、もう一つ食べてもよいな」
「なぜそうなるのでございますか?」
「国が大きくなる祝いじゃ」
「まだ、ほんの少しでございます」
「少しでも大きくなったなら、祝いじゃ」
「……姫様らしいですね」
「そうか?」
「はい」
「では、虎次郎も食べるか?」
「よろしいので?」
「うむ」
「では、いただきます」
「一つだけじゃぞ」
「姫様が二つ食べております」
「私は当主じゃ」
「……その理屈は、以前も聞いた気がいたします」
「便利じゃからな」
「そうでございますね」
虎次郎は笑った。
九の国は、まだ小さい。
けれど、昨日と同じ国ではなかった。




