第二十二話 ネット世論が皆を圧倒する
ネット世論は、この時代において最も恐ろしいものだ。汚水が一瞬にして全てを覆い尽くし、あの異様な動画が寄生虫のようにネット上全体へ急速に広がっていく。
少なくとも準備はできていた。こういうことはいつか必ず起こると分かっていたが、ここまで急で、ここまで激しいとは思わなかった。
上映会の中でマリハ以外は、全て資本の人間だった。金を受け取った制作チーム、金を受け取った観客、姿を現さないメディア、誰一人としてマリハの味方をする者はいなかった。
AIの声は明らかに偽物だった。彼女自身にとってはそうだが、ネット上ではそれが彼女の声だった。
彼女が現場を逃げ出した後、新しいメディアの動画がさらに流出した。彼女が先輩を突き飛ばし、先輩を罵倒し、そして先に退場したという内容だった……
彼女は誰が自分を破滅に追いやろうとしているのか知らなかった。そして藤崎雪先輩にとってもこれは無実の災難だと思っていた……
マリハは完全に部屋に隠れ、スマホの電源を切り、全身をベッドに丸めた。
「マリハはどこに行ったの?」葵はスタジオで焦って電話をかけていた。「彼女のスマホは電源が切れてるわ。」
葵は非常に辛かった。誰かがマリハを叩こうとしていることは予測していたが、相手が直接マリハを追い詰めようとしているとは思わなかった。
彼女は既に辞表を提出していた。
ニュースでは、蟻塚数正がAnthillの入り口で記者のインタビューを受けていた。
「当社は常にネット環境の浄化とアーティストの合法的権益の保護を基本方針としております。当社所属アーティスト、藤崎雪に対する悪意ある誹謗中傷行為については、法に則って厳正に対処し、決して容赦しません。また、当社の内部調査の結果、元所属アーティストの清優マリハ及びそのマネージャーは、会社のアーティスト行動規範に著しく違反し、協力先及び会社の評判に深刻な悪影響を及ぼしました。つきましては、当社は本日付けで正式に解約通知を発行し、本日をもって清優マリハ及びそのマネージャーの一切の個人的行為は当社とは無関係であることをここに宣言いたします。」
典型的な責任回避の声明だった。
新野江口ビルはなぜか人だかりができていた。彼らはどうやってここを見つけたのだろうか。
レイナといずみがここに来た時、入り口はほぼ人で埋め尽くされていた。二人は壁伝いにビルの中に押し込み、エレベーターホールも塞がれていた。
これらの人々は騒ぐでもなく、叫ぶでもなく、自分たちのことに没頭し、ホール全体に広がって、何のために来ているのか全く分からなかった。
薄い灰色のシャツを着てサングラスをかけた女性が、群衆から少し離れた場所に立ち、彼女たちの方を見て、こちらの階段から上がるよう合図した。
「ここで何かあったんですか?」安藤レイナが尋ねた。
「うん……どうやら騒ぎに来たみたいだね……」女性は微かに顔を上げて言った。
「騒ぎに? 警察は対処できないんですか?」
「ただのエキストラさ。何もしてないから、警察も手が出せないんだよ。」女性は体を横にずらし、階段への通路を空けた。「十一階に行くんだろう? また会おう……」
そして女性はすぐに群衆の中に消えていった。
マリハは布団から顔を出した。
涙はとっくに乾いていた。ただ目の周りがぼんやりしている、化粧はぐちゃぐちゃだった――アイラインは滲んで灰黒色になり、ファンデーションが枕に染みついていた、口元には乾いた口紅の跡が残っていた。汗の粒が生え際から首筋に流れ込み、鼻水が上唇に垂れていたが、彼女は手を上げて拭こうともしなかった。
服はまだ着たままで、皺くちゃになって体に絡みついていた。靴も脱いでおらず、靴底がシーツを擦り、片方の足がもう片方の足の上に重なっていた。布団は半分だけかかり、もう半分は床に垂れていた。
彼女は一度も動かなかった。隠れてからずっと、そのままの状態だった。
スマホ? もうどこに投げたのか分からなかった。ベッドの隙間に落ちているのを手探りで見つけ、何度かボタンを押したが電源が入らず、既にバッテリーが切れていた。
空気は静かで、窓の外にも雑音はなく、何も起こらなかったかのようだった。
ベッドから起き上がり、スマホを充電し、電源が入るのを待った。その間に服と靴を脱ぎ、顔の化粧を落とした。彼女を待っていたのは、一分以上にわたる情報の雨あられだった。
未着信は、ほとんどが葵からのものだった。それに、多くの不明な番号からの着信もあった、おそらく彼女を罵るためにかけてきたものだろう。
LINEのメッセージ――この件を知った「友人たち」は次々と関係を断ち切り、集合写真を非表示にし、友達を削除した。
ウェブサイトには次々とマリハに関する項目が現れた。
「清優マリハ 態度悪質」
「清優マリハ 撮影現場での傲慢な態度」
コメント欄の風向きも変わった。数日前の「かわいい」、「応援してる」は次第に「やっぱり一瞬の輝きだったな」、「調子に乗ったんだろ」といった言葉や、さらにいくつかの罵倒の言葉に取って代わられた。
トレンドでは、『寄生バラ』の話題が徐々に上昇していた。マリハの件がかえって映画の注目度を高め、「寄生バラ 先行上映会」、「藤崎雪 レッドカーペット衣装」、「寄生バラ 評判解禁」という三つの項目が並び、マリハの傲慢さの話題を押しのけていた。
『鏡の中の女』の方は悲惨だった。すぐに声明を発表してマリハを解雇し、マリハの出演シーンを全て削除することを発表した。
藤崎雪も声明を発表した。
「最近のネット上での議論について、少々残念に思っております。長年この業界に携わってきた者として、アーティストは作品で語り、役で観客と繋がるべきだと信じております。全ての役、全てのシーンに対して、私は最善を尽くし、胸に恥じるところはありません。今回の『寄生バラ』と『鏡の中の女』での創作体験に感謝しており、皆様にも公開を控えた映画そのものにご注目いただければ幸いです。その他のことについては、多くを語らず、また憶測も避けたいと思います。どうか冷静さと善意を持っていただき、大スクリーンで皆様と再会できることを楽しみにしております。」
マリハは何か違和感を覚えたが、先輩への敬意から、それ以上深く考えるのはやめた。
世論を脇に置くと、昨夜母からかかってきた電話が残っていた。
「母さん!」マリハは電話をかけ直した。声には少し泣き声が混じっていた。
「どうしたの、葉ちゃん。」母が電話の向こうで尋ねた。「昨夜のこと?」
「うん……でも、本当に違うの……」
「大丈夫だよ。お母さんはあんたがそんなことをする子じゃないって分かってるから。お母さんは他の人は分からなくても、あんたのことなら分かるよ。辛くならないでね。」
「母さん〜」感情が高ぶり、また涙が流れ落ちた。
「どうしても無理なら、ちょっと帰っておいで。」
「うん、母さん……」
「お誕生日おめでとう、葉ちゃん。」
電話を切った後、涙がもう止まらなかった。
「彼女の家に行って来るわ……」
葵はエレベーターに乗ろうとしたが、エレベーターは一階で止まったまま上がってこなかった。レイナといずみが階段から駆け上がってきた。
「なぜエレベーターを使わないんだ?」
レイナが階下の状況を説明すると、葵はひとまず直接マリハのところに行くのを諦めざるを得なかった。
葵は玄関に鍵をかけ、オフィスに戻った。
「乃亜、個人情報の検索を一時的にブロックできないか見てみて。舞子、十一階と一階の監視カメラをチェックして。もし誰かが強行しようとしたら教えて。」
皆がほぼ緊張のピークに達していた。下の連中はあの女性が言っていた通り、いわば現実のネット工作員だったが、攻撃性があるかどうかは分からなかった。
「データベースを見ることができます。今私たちが恐れているのは個人情報の暴露です。だから一時的にこれらの情報を封鎖しなければなりません。」乃亜が言った。
「そんな情報、どうやって封鎖するんだ?」葵が尋ねた。
「権限が必要です……あるいはハッキングするか?」乃亜は悩んでいた。
「……」舞子も同様に悩んでおり、時々階下の監視カメラをじっと見ていた。
「ハッキングは犯罪だ。」レイナが反応した。
「それに、私たちは『マトリックス』じゃないんだ。情報を消しても記憶は消せない。」葵が言った。
「これが唯一の方法です。損失を最小限に抑えましょう。」長い間沈黙していたいずみが、しばらくして口を開いた。「権限を取得する方法があります。」
いずみは隣の部屋に飛んで行って電話をかけ、二分も経たないうちに、乃亜のパソコンにネットワーク情報制御システムへの自動接続通知が表示された。
「本当に権限が入った!」乃亜は画面に釘付けになった。
「大丈夫だ。」いずみが隣の部屋から戻ってきた。なぜか彼女の目尻には数滴の涙が輝いていた。レイナだけがそれに気づいた。「葵さんの情報を隠してくれ。」
「三沢葵」葵が言った。「ほとんどが公式サイトの残存情報だろう。私の情報は少ない方だ。」
画面に葵の全ての個人情報、住所、家族情報が表示され、隠すボタンをクリックした。
「次にマリハさんの情報を隠してくれ。」
「このシステムは本名でしか検索できないんじゃないか?」葵が乃亜の操作を止めた。
「そうです。」乃亜は数日前からマリハの本名に関する情報を探していたが、ほとんど何も見つからなかった。「マリハさんの本名は?」
「小笠原……小笠原万里葉です。」
「OK。ではレイナさんといずみさんは?」
「私の本名は安藤麗奈です。」
秋岡いずみは一瞬間を置き、少し気恥ずかしそうに自分の本名を口にした。
「私の本名は……御長亭院千澄です。」
いずみの正体を知っていたレイナ以外の全員が驚愕した。一度も公に姿を現したことのない御長亭院家の次女が、こっそりレスラーをしていたしていたとはね。
「御長亭院家ですか?」乃亜は少しどもった。秋岡いずみはうなずいた。
これにより、皆の完全な情報は検索できなくなった。
調査の結果、昨夜マリハのデマ動画を公開した出所も判明した。それはTelRobotXという工作組織が操り人形アカウントを使って公開したものだった。今の彼女たちの解決策は、プラットフォームに連絡し、誹謗中傷者の情報公開を要求することだった。
しかし、こういうプラットフォームに対して乃亜のような方法で侵入するのは犯罪になるため、この方法は使えなかった。
二つ目の方法は、黒幕を見つけて法的措置を取ることだ。
明らかに、今のところどちらの方法も実現できない。資本の力に対抗する術は、今のところ全くなかった。
「彼らがエレベーターで上がってくる!」舞子が監視カメラをじっと見つめ、声を潜めて言った。
「全室監視カメラを起動し、録画機能が正常に作動していることを確認しろ。舞子、他の者は裏へ。」葵は避難の手配をしながら、リモコンを押して二つのオフィスのドアを施錠した。
「裏口? ここに裏口があるのか?」レイナは一瞬驚いた。乃亜と舞子が協力して壁際の鉄製ロッカーを押しのけると、その裏に隠し扉が現れた。
数人は素早く中に身を滑り込ませ、鉄製ロッカーを元の位置に戻した。
小部屋のスペースはそれほど大きくない――これがどのようにして見つかったのかは、また後で詳しく話そう。
隠し部屋にはエレベーターが設置されており、11階から地下1階のプライベートガレージまで直通していた。
エレベーターのドアが閉まった瞬間、外からガラスの割れる音が聞こえてきた。舞子がスマホの監視アプリを見ると、人々が入り口のガラスドアを壊してスタジオに押し入り、狂ったように破壊活動を始めていた。
「私のドア、あんな厚いガラスをどうやって割ったんだ!」葵は歯ぎしりした。「一体誰だよ、ここまで来るなんて!」
エレベーターはすぐにガレージに到着した。葵の濃い灰色の七人乗りMPVがそこに停まっていた。
「どこへ行く?」レイナが尋ねた。
「まずマリハを迎えに行く。」葵が電話をかけると、数回のコールの後、相手が出た。
「マリハ、やっと出たね。今どこ?」
「家……葵。」
「今から迎えに行く。」葵が言った。
「実家に数日帰ろうと思ってる……」
「じゃあ……送っていくよ。今、人が多いところに行くとすぐにバレるから……」
そう言った後、葵はようやく車に座っている他の人たちに気づいた。乃亜は唇を噛み、舞子はもうシートベルトを締めていた。レイナは窓際に寄りかかり両手を膝の上に置き、いずみの視線はフロントガラスの向こうを見つめていた。
全員が暗黙のうちにマリハを助けることを選んでいた。
「……うん。」マリハは電話口で何も言わず、ただ声だけがゆっくりと受話器から絞り出された。
葵は電話を切り、アクセルを踏み込んだ。車はガレージの出口から出て、幹線道路の車流に合流した。
マリハは自分の物を全てスーツケースに詰め、部屋の隅々まで丁寧に掃除した。
スーツケースが床に広げられ、服は畳んで底に収めた。数えるほどしかなく、押し込めば半分にも満たなかった。充電器は丸めてサイドポケットに、洗面用具は一番上に置いた。机の上にあった、端が丸まった脚本を手に取り一瞥し、それもスーツケースに放り込んだ。
シーツを剥がして畳み、洗濯籠に入れた。枕カバーも二度叩いて畳んで一緒に置いた。ベッドの下を覗き込み、何もないことを確認した。引き出しを閉め、戸棚の扉を閉め、カーテンを開け、窓を少し開けて換気した。
彼女は部屋の中央にしばらく立ち尽くした。壁には何も貼られておらず、机の上は空っぽで、クローゼットの扉は閉まり、カーテンが風に膨らんでは落ちていた。部屋全体は、まるで誰も住んでいなかったかのようだった。
そして彼女は一通の電話をかけた。大家のおばさんに。二度鳴って相手が出た。退去すると伝えた。今日出ていく。鍵はシューラックの上に置いてある。これまでありがとうございました。
向こうは多くを尋ねず、「お大事に」とだけ言って電話を切った。大家もトレンドのニュースを見ていたのだろう。鍵をシューラックの一番目立つ場所に置き、指を一瞬その上で止めてから離した。
スーツケースを引きずり、階段を下り、庭に座った。スーツケースの上に座り、膝を揃え、手を膝の上に置いた。一つの暗い雲が次第にこちらに迫り、風が吹き荒れていた。どうやら雨がすぐに市中心部に到達しそうだった。
大通りから小道に入り、車はスムーズに走って、建物の下で止まった。低くエンジン音を響かせたまま、アイドリングで止まった。。マリハは立ち上がり、しわくちゃになった上着を直して、スーツケースを手に取り、車に乗り込んだ……




