番外編一 隠し扉
乃亜と舞子が部屋に入った。
部屋の中には机が二台、椅子が二脚置かれていた。机の上には分厚い埃が積もり、椅子の脚の一本がぐらついていた。
壁際には空っぽの本棚がぴったりと置かれており、以前は何が入っていたのか分からないが、棚板のいくつかは撓んでいた。
入って右手には空きスペースが残っており、かつてはソファとローテーブルが置かれていた場所かもしれない。
隅にほうきとモップが立てかけてあるのを見て、二人はその部屋の掃除に取り掛かった。
埃の掃除はそれほど難しくなく、たった三十分ほどで部屋の大半はきれいになった。ただ、本当にここで仕事をするとなると、あの二脚の椅子は処分して、新しいものに取り替え、壁際の棚板の撓みも何とかしなければならない。
葵のオフィスにある工具入れは充実しており、ドライバーやレンチなど一通りの道具が揃っていた。
やるなら今だ。二人は工具入れを部屋に持ち込み、まず古い椅子を分解して部品を種類別にまとめ、後で捨てやすいようにした。次に入口に置いてある新しい椅子の段ボールを開け、説明書を見ながら部品を一つ一つ組み立て、ネジを締めた。わずか十分で、新しい椅子が二脚その場に立っていた。
棚板も簡単だった。木片を当て、小さな金槌で下からトントンと叩くと、撓みは徐々に戻っていった。
最後に少し変形が残っていたので、舞子が横に立ち、乃亜が最後の仕上げをしようとしていた。乃亜は半歩下がって棚板を横から眺め、金槌の持ち方を変え、重心を前足に乗せ、手首を少し後ろに引いてから、思い切り振り抜いた。
「ドンッ――」音は非常に鋭く響き、棚板はようやく元の位置に収まり、平らになった。
しかし本棚全体が横に少し滑った。その衝撃でずれたようだ。二人が下を見ると、本棚に覆われていた場所から、床に埋め込まれた一列に並んだ溝が現れていた。
二人は一瞬固まった。
その後、一緒に本棚を横に引っ張った。キャスターが固まっていたのか、床との間に鋭い軋む音が響いた。
その音で葵までもがオフィスから顔を出した。
「何をしているの?」
これを見て、葵も固まってしまった。
この本棚の背後に、半開きになった隠し扉があった。どうやら特別な仕様のようだった。
「隠し扉……?」
葵がこのフロアの賃貸契約を結んだ時、担当者が意味ありげにこう言ったことがある。
「ここの構造の一部は……おそらくお使いになることはないかと……」
当時は気にも留めなかったが、今思えば、その言葉の語尾は妙に低く、言うべきではないことを口にしたかのようだった。
葵は早足で近づき、乃亜と舞子はそれぞれ左右に立った。
壁に埋め込まれた隠し扉で、中は真っ暗だった。スマホのライトを点け、葵はようやく壁のスイッチを見つけてパチンと押した。灯りがついた。
小型のエレベーターが静かに設置されていた。かごの扉は閉ざされ、隣の壁には予備の配電盤が取り付けられている。床には濃い色のカーペットが敷かれ、埃はかぶっているものの、模様ははっきりと残っていた。奥まった場所には、長方形の跡が残っていた、その幅はおそらくベッド一台分の大きさだった。
さらに別の方向を見ると、漆喰で塗られた壁があった。色が周囲と少し異なり、後から造られたように見えた。
これはおそらく、かつて社長室と秘書室を繋ぐために作られた隠し部屋で、後に別の用途へ改修されたのだろう。
エレベーターは埃をかぶっていたが、まだ使えそうだった。階数表示器にも数字が点灯していた。
「不気味すぎるよ、なんでこんなところにエレベーターがあるの?」舞子が尋ねた。
「どうやら、ある社長が誰かのために残した抜け道かもしれないね。あるいは、自分自身の逃走経路か……」葵が答えた。
葵はおおよその見当がついていた――脱税や逃亡用の通路、あるいはもっと別のものに関わっていたかもしれない。乃亜も何かに気づいたようで、その表情を見る限り、おそらく最悪の可能性を考えているようだった。
「乃亜、君は先にここに残っていてくれ。先に下の様子を見てくる……舞子、一緒に来てくれるか?」
葵は乃亜の表情を見て、まずは彼女を下ろさないことにした。万が一の場合、上に残っていてもらったほうが助けを呼べる。しかし正直なところ、一人で下りるのはかなり怖かったので、舞子を誘うことにした。
エレベーターに乗り込むと、ボタンは二つしかなかった。11階と地下1階。地下1階は駐車場で、これがおそらく社長が用意した脱出ルートなのだろう。
乃亜はエレベーターの入り口に立っていた。隠し扉から風が入り込み、背筋に冷たいものが走った。彼女は慌ててエレベーターに飛び込み、扉が閉まる直前に滑り込んだ。
自分の気まずさを隠すため、彼女はずっと二人とは反対の方向を向いていた。
エレベーターはそれほど速くなく、むしろ少し震えていた。三人は無意識に手すりを掴み、体を支えた。
幸い、多少の揺れはあったものの、無事に地下1階の駐車場に到着した。ただ、それは個人用のガレージのように見えた。
ガレージ全体は少なくとも五台は停められる広さだったが、大量の荷物が雑然と積まれていた。
乃亜はエレベーターの入口に残り、舞子は脇の棚の中を調べ、葵はガレージ全体をぐるりと調べた。
「どうやら個人用のガレージみたいだね。外に通じる扉は一つだけだ。」
「でも鍵がなければ、このガレージは使えないね。」
「鍵はあるよ!」葵はポケットから鍵束を取り出し、ボタンを押すと、奥のガレージシャッターがゆっくりと巻き上がった。「このフロアを購入した時に受け取った鍵なんだ。最初はどこに使うのか分からなかったんだよね。」
陽の光がシャッターに沿ってガレージに差し込み、埃が巻き上げられて光の柱の中で舞い上がった。
ビルの裏手は更地になっており、地下一階分掘り下げた場所に通路が作られていた。位置は非常に分かりにくく、真上には窓がなく、室内からは全く見えない。もし車をここに停めておけば、そのまま外に出られ、裏の小道に回ることができた。
ただ、屋内駐車場からここに入ることはできなかった。乃亜と舞子はそれらの物の整理を始め、葵は駐車場に戻って車をガレージの方へ移動させ、ついでに不要な荷物を処分した。
そこには、未記録のCDが入った箱、古着と古い靴が数点、テープで巻かれた壊れた金属ラック、座面が破れた折りたたみ椅子があった。床には空のファイルボックスがいくつか散らばり、壁には数本のハンガーが打ち付けられていた。
すぐにガレージ全体が生まれ変わった。
三人は入口に立ち、誰も口を開かなかった。この場所に対して、彼女たちはまだどう対処すればいいのか戸惑っていた。
葵はひとまず車を中に停め、シャッターを閉め、今は考えないことにした……
ただ、まさかたった一日後に、彼女たちがこの脱出ルートを使うことになるとは思わなかった。
11階に戻ると、隠し扉が本棚の裏側と連動して完全にロックされていることに気づいた。葵が隠し扉の取っ手を力いっぱい引いても、びくともしない。顔を上げると、隠し扉の横に非常に目立つ赤い取っ手があるのに気づいた。力を入れて引くと、隠し扉がかすかに開いた。
取っ手の下には自動施錠装置があり、本棚全体をずらすと自動で作動し、元の位置に戻して隠し扉を閉めると自動で施錠され、内部からしか開けられない仕組みになっていた。
インターホンの音が三人の思考を遮った。
新しく購入したパソコンが二台届いたのだ。葵は立ち上がって受け取りに行き、乃亜と舞子は慌てて隠し扉から出て、本棚を元の位置に押し戻した。
二人は立ち上がって顔を見合わせたが、誰も言葉を発しなかった。
二人の三沢Studioでの仕事は、こうして始まった。




